14歳ー傭兵団『烏の爪』結成編 第13話 初陣と再会


「後衛はアジトの周囲を回り、反対側で俺たちと合流だ! アビゲイルは魔術を使ってマリーゴールドの持っている矢に点火し、マリーゴールドはその火矢をアジトの入り口に向けて放て! 向かい風だ! 着弾すれば炎は一気にアジト全体へと広がっていく! 前衛と中衛! 俺に続いて前へ出ろ! 混乱に乗じて一気に敵を一掃していく!」


「チッ、分かったよ」「は、はい! 了解致しました!」「分かったぜ、大将」「分かったよ!」「あぁ、あんたに従うぜ」


 俺の命令に、背後からついてくるルキナ、モニカ、ガウェイン、ジェイク、ルーカスが返事を返す。


 俺はそんな彼らに肩越しに視線を向けると、そのまま先陣を切ってアジトへと走っていった。


 すると、その時。後方から第一投の火矢がアジトへ向けて放たれた。


 火矢は弧を描いて飛んで行くと、見事に木造建築の屋根に突き刺さった。


 その後、鏃に付いた炎は徐々に建物へ乗り移り、全体へと広がって行く。


 続いて第二の矢が放たれるが、それは小屋には当たらず、手前の地面に突き刺さった。


 後方で悔しそうな声を漏らすマリーゴールドに、俺は振り返り、声を張り上げる。


「焦らなくて良い! 今の一投を見るに、君には間違いなく弓の才能がある! ひたすらリトライを繰り返せ! マリーゴールドはアビゲイルと協力し、続けて火矢を撃ち続けろ! 前は俺たちが切り開く!」


「は、はい!」


 火矢が刺さった建物の前に辿り着く。すると、丁度その時、小屋から『鳶』の団員と思しき男が慌てて出て来る姿が目に入ってきた。


 俺は地面を蹴り上げ、さらに加速していき――跳躍して、すれ違いざまに男の首を剣で切り裂いた。


「あぐぁ!?」


 ピシャと返り血が頬に付いたのと同時に、俺は地面に着地する。


 初めて人を殺してみたが……何も思わないものだな。


 以前までの俺だったのなら、例え悪人であろうとも、人の命を奪えば間違いなく狼狽えたことだろう。


 いや、もう既に俺の心は、あの地下牢での拷問で壊れているのだろうな。


 今更どうでもいい話か。今はただ、目的のために駆け抜けるのみだ。


 俺は立ち上がると、振り返らずに、木造建築の小屋が建ち並んだアジトの中を駆け抜けて行く。


 そんな俺の姿を見て、どうやら背後に居た前衛の三人は驚いて立ち止まった様子だったが……すぐに足音が聞こえてきた。切り替えて俺を追いかけて来ているのだろう。


 人を殺した光景を見て恐れを抱くようだったのなら捨て置いたが……やはり、元騎士の家出身だけあってか、状況判断能力は高いようだ。


 ただの消耗品の駒として利用する腹積もりだったが、意外と失うには惜しいかもしれないな、こいつら。なかなかに有用な兵に育つかもしれない。


 あとは、俺の命令通りに忠実に動くかどうか、試す必要があるな。


「なんだ、このガキどもは!」「敵襲! 敵襲!」


 ブォォォンと角笛が鳴り響き、前方にある十字路に、大勢の盗賊たちが現れる。


 数は目算で六人程度か。俺は恐れず前へと向かって走り、命令を出す。


「ルキナ! 俺が合図をしたら左端にいる男に斬り掛かれ! 良いな!」


「は、ちょ!? アタシに命令してんじゃねぇよ!!!!」


 不機嫌そうに悪態をつくルキナを無視して、俺は盗賊団へと向かって駆け抜ける。

 

 すると、手前右端にいた男が斬り掛かってきた。


 俺は手に持っていた剣を横に振り、その斬撃を弾き飛ばす。


 こちらの動きを見た男は、今度は剣を振り上げ、上段の構えを取ってきた。


 その瞬間、俺は背後に向けて、大きく声を張り上げる。


「モニカ! 俺の脇の下を槍で突け!!」


「は、はい!! とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の脇の下を、槍が通っていく。


 そして、槍はそのまま目の前にいた男の胸を貫いた。


 白目を向き、カハッと吐血をして、男は息絶えた。


 その光景を見て、左端にいた男が、即座に俺に向かって剣を振ってくる。


 勿論、その動きも読めている。


「ルキナ! 今だ! 奴の背後はガラ空きだ!」


「だから命令すんじゃねぇよ、片目野郎!」


 そう言いながらもルキナはすぐに動き、俺に斬り掛かろうとしていた男の首を剣で刎ね飛ばした。


 これで二人。あとは四人。


「な、なんだ、このガキども……!? 連携が取れているぞ!?」


「ガウェイン! 敵は動揺している! 前へと出て、中央にいる敵を倒せ!」


「あいよ、大将!」


 ガウェインは俺の命令通りに前に出ると、動揺している男に斧で斬り掛かった。


 一歩反応が遅れた男は、そのままガウェインによって胸を斬り裂かれていった。


 俺は即座に地面を蹴り上げ、斧を振った直後のガウェインをカバーするべく、彼の傍へと駆け寄る。


 そしてガウェインに攻撃しようと剣を振り上げていた男の首に目掛け、一直線に、剣を振り放った。


 男は首元から血を吹き出し、その場に倒れ伏す。


 敵を倒した俺を見て、ガウェインは笑みを浮かべた。


「口先だけの奴だったのなら後ろからあんたを斬り殺して、盗賊団に詫びを入れることも考えていたが……やるな、大将。この調子だったら、本気であんたについていくのも悪くはなさそうだ」


 ガウェイン、か。他の者たちに比べて、この男は頭が回りそうだな。


 これからのことを考えれば、この男には注意を払っておいた方が得策か。


「!? 大将!! 前だ!!」


 ガウェインのその声に前を振り向くと、こちらに向かって矢が飛んできていた。


 回避しようと、横に逸れようとした、その時。


 ジェイクが走ってきて、俺の前に立った。


 矢はジェイクの持つ板の盾に防がれ、カンと音を鳴らして、地面へと落ちていった。


 その光景を見て、最後に残った男は弓を手に持ちながら、動揺した様子で逃げて行く。


 その時。逃げる彼の頭に目掛け、一直線にナイフが飛んで行き――男の後頭部にナイフが突き刺さった。


 盗賊団の男はバタリと、その場に倒れ伏した。


「中衛は前衛のサポートをする……これで良いんだろ、軍師殿」


 背後を振り返ると、そこには、ナイフを宙に浮かせクルクルと回転させているルーカスの姿があった。


 そして、前には、盾を持ってふぅと息を吐くジェイクの姿があった。


 俺は二人に笑みを浮かべ、声を掛ける。


「素晴らしい連携だった。咄嗟のジェイクの判断力、ルーカスの投げナイフのコントロール、どちらも中衛として文句のない動きだった」


「こんなオイラで役に立てたのなら良かったよ、レイス!」


「ふん。この俺を誰だと思っていやがる。あれくらいの投擲、できて当然だ」


 命令してなくても動ける判断力を持つこの二人は、なかなかに優秀だな。


 俺は中衛のサポート力に関心しながら、前を向く。


 そして剣を掲げ、進軍していった。


「いくぞ! 炎がアジト全体を覆い尽くすまでに、このまま敵を殲滅する!」





      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「やっぱりあの方……すごいですね。剣の腕もさることながら、私たちに的確に指示を出し、迷いなく戦場を駆け抜けている。彼には何か、人を惹き付けるカリスマがあると思います」


 モニカは走りながら、前を行くレイスを見て、感嘆の声を漏らす。


 そんな彼女に、隣を走るガウェインは頷いて同意を示した。


「本当、オレたちと同年代くらいだろうによくやるよな。何となく、大将からは揺るぎない信念ってものが見えるような気がする。きっと、想像も付かないくらいの壮絶な過去を体験しているんだろう。だから大将は剣を振るのに、躊躇がない」


「お前が女以外に興味を抱くなんて珍しいな、ガウェイン」


 少し前を走るルキナの発言に、ガウェインは肩を竦める。


「そりゃないぜ、ルキナちゃん。オレだって人並みくらいには他人に興味を抱くこともあるさ。それよりも、ルキナちゃんこそよくあいつについてここまで来たよな? 貴族出身を抜きにしても苦手だろ? ああいう賢いタイプの男は」


「……アタシは……あいつに敗けたままが嫌なだけだ。それと、誰かにあいつを倒されるのが嫌なんだよ。だから、ここまでついてきた」


「まぁ、ルキナも認めるくらいの不思議なカリスマがあるってことですよね、あの人。何処から来た人なんでしょう? ちょっと気になりますよね」


「おい! アタシはあいつを認めてなんかないぞ、モニカ!」


 ギャーギャーと騒ぐルキナ。


 そんな彼女に小さく笑みを浮かべた後、ガウェインは神妙な面持ちで、先頭を走るレイスの背中を見つめた。


「……何処かで見た覚えがある顔なんだよな、あいつ……」





      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「ど……どうなってんだ、こりゃあ!?」


 小屋から出たエイリークは、目の前の状況に唖然とする。


 何故なら彼の目の前に広がっていたのは……燃え広がる炎の海と、道端に転がる、大量の団員の死体だったからだ。


 準備不足である突然の急襲だとしても、これほどの数の団員が一瞬にして殺されるなど、エイリークは予期していなかった。


 エイリークは燃え広がる炎から逃げるようにして、アジトの入り口とは反対方向へと向かって、走って行く。


 そんな彼の後ろを、屈強な男二人引き連れた小柄な男が、遅れないようについていった。


「エ、エイリークの頭! これはどういうことなんですか!? 敵は相当な数なんですかね!? そ、それとも、まさかアグランテ家が裏切って騎士団を派遣してきたんじゃ……」


「その可能性はゼロじゃねぇ。この火の手の早さは、油を巻いたか、もしくは……」


エイリークは人差し指に唾を付けると、指を立てる。


「風はアジトの入り口、北から吹いている。ってことは、風を利用しやがったか……! くそ! 相手は相当頭が切れるとみえる! 恐らくは、俺たちを入り口とは反対側に向かわせているのも誘導―――」


 ヒュッと風を切る音と同時に、小柄な男の背後にいた屈強な男の肩に、矢が突き刺さる。


 その光景を見て、小柄な男は尻餅をつき、叫び声を上げた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!! 矢、矢が飛んできたぞぉぉぉぉぉ!!」


「ゲイリー! 黙ってろ!」


 エイリークはそう言って矢が飛んできた方向……付近の家の屋根に視線を向ける。


 するとそこには、首元にバンダナを付けた、オレンジ色の外ハネヘアーの少女の姿があった。


 少女は悔しそうに唸り声を上げる。


「うぅぅ、眉間を狙ったのに肩に当たっちゃった……やっぱりコントロールが上手くいかないや……レイスくんに怒られなきゃいいけど……」


「な、何者だ、ガキ! お前がアジトに火を点けたのか!?」


 エイリークは背中に装備していた斧を取り出し、屋根の上の少女に対して、咆哮を上げる。


 すると、その時。ゲイリーと呼ばれた男の側近の首が、背後から掻き斬られた。


「油断してんじゃねぇぞ、盗賊ども」


 背後にいたのは、マントとフードを被った、小柄な銀髪の少年。


 その姿に、肩に矢が刺さったままのもう一人の側近は、剣を抜き斬り掛かる。


 だがその剣を、銀髪の少年は軽やかな身のこなしで避けていく。


「ウスノロ。お前の攻撃なんて、目を瞑ってても避けられるぜ」


 連続して振るわれる剣。それを、少年は避け続ける。


「―――今だ、やれ! マリーゴールド!」


 何者かの声が聞こえた瞬間。今度は男の後頭部に矢が突き刺さった。


「やったー!」と叫ぶ屋根の上の少女と、倒れ伏す二人の男。


 残ったエイリークとゲイリーはその光景を見て、動揺した様子を見せる。


「なんだ、こいつら……ガキのくせして、連携して戦いやがったのか……!?」


「か、カシラ! こいつら、今日みかじめ料を取りにいったスラムのガキですぜ!?」


「な、何!? あの無知なガキどもに、連携して戦うような知能は無かったはずだぞ!? い、いったい、何が―――」


 その時。道の奥から、右目に包帯を巻いた一人の少年と、スラムの孤児たちが姿を現した。


 その光景を見て、エイリークとゲイリーの背後に立っていた銀髪の少年が口を開く。


「あんたの作戦通りに動いてやったぜ、隻眼の軍師殿。どうだった、俺の身のこなしは? 悪くなかっただろ?」


「ルーカス、お前は孤児たちの中でも最も俊敏性があるな。真っ向から戦うというよりは、諜報や暗殺といった分野に才能があると見た」


「俺もお前という人間がここまでの奴だとは思わなかった。まさか俺たちに指示を出すだけで、26名の盗賊団の団員を皆殺しにしてみせるとはな。恐れ入るぜ」


「26名、だと……? まさか、残ったのは俺たちだけ、なのか……?」


 エイリークの背後で、炎に包まれた建物が倒壊する。


 そんな中、まっすぐと伸びる道の向こうから、隻眼の少年が率いる一団が近付いて来る。


 徐々に近付いて来る、右目に包帯を巻いた黒髪の少年。


 その姿をはっきりと視界に捉えると、エイリークは首を傾げた。


「……? お前、何処かで見た覚えのある顔をしているな……?」


 エイリークの顔を視界に留めた黒髪の少年も、驚いた表情を浮かべる。


「……ほう? まさかここでお前と再会するとは思わなかった。今思い返せばあの事件は、ガストンがお前を使って起こしたものだったな。あの時はアルフォンスがいたが……今、俺の傍に奴はいない。しかし今の俺には新しい武器がある。貴様は俺の新しい武器を試すのにふさわしい敵だ、エイリーク」


「俺の名を知っているだと……? そして、ガストン様と俺の繋がりを知っている……? な、何者だ、お前は!? 俺とお前は何処で知り合った!?」


「ククク。お前は俺の正体を知っている。そして、俺と相対した以上、俺の中でお前は絶対に殺さなければならない存在となった。……俺の復讐への道の最初の練習台となってもらうぞ、『鳶』の長よ」


 そう言って黒髪の少年は剣を構え、邪悪な笑みを浮かべるのだった。

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