14歳ー傭兵団『烏の爪』結成編 第12話 自由への一歩目



「あそこが、アンバーランドのスラムを支配している盗賊団『鳶』のアジトか」

 

 領都の外、スラムのはずれ


 荒地が広がるそこには、木造建築の複数の家屋が連なっていた。


 俺は丘に身体を潜ませながらアジトを見つめた後。


 振り返り、背後に立つジェイクに声を掛ける。


「ジェイク。俺が言った通り、君たちの住処からありったけの武器は持ってきたな?」


「あ、あぁ。だけど、オイラたちは孤児みなしごだ。当然ながらこれら全部は盗品だし、刃こぼれしているものもあったり……ろくな武器はあんまりないぞ?」


「使用できる状態であれば構わない。とりあえず、その武器を袋から全部出してもらえるか?」


 俺がそう言うと、ジェイクは頷き、袋の中にあった武器を全て地面に落としていった。


 剣、槍、斧、弓、ナイフ、大きな板の盾、杖。どれも状態は悪かったが、使用するには問題はなさそうな物品だ。


 俺はしゃがみ込むと、武器のひとつひとつを手に取って、検品していく。


「はっ。まさか、そんなボロ武器で『鳶』のアジトに乗り込む気か? 言っておくが、あいつらは三十人もいる武闘派の盗賊団だぞ。反対にアタシらは八人。しかもただのコソドロの子供だ。この絶望的な状況で、お前はいったいどうやって奴らに勝つっていうんだ?」


 そう不機嫌そうに声を掛けてくるルキナ。俺は彼女を無視し、立ち上がると、自分の人差し指をペロリと舐め、その指を天高く伸ばした。


 風は後ろから吹いてきている。北風か。


「おい、無視するな、隻眼!」


 俺は手を下げると、怒るルキナに視線を向け、口を開いた。


「確かに、状況だけで見れば不可能にも等しい戦況だろう。だが、ここまで俺についてきた以上、お前にも戦う意志はあるのだろう? この理不尽な現実を打破するきっかけを、お前は求めていた。だからお前はここにいる」


「そ、それは……お、お前が、どんな死に方をするのか気になっていてだな……」


「奴らに勝ちたければ、俺の言う通りに従え。何かを手に入れたければ、それ相応の覚悟をするのは当然のことだ」


 俺はそう言った後、背後に集まる六人の孤児たちへと視線を向けた。


「マリゴールド。君のことを教えてはくれないか」


「え? な、何、いきなりナンパ? ちょっと困っちゃうかも~……」


「違う。君の能力値を知りたいだけだ。例えば……そうだな。君の趣味、得意なことは何だ?」


「男漁りだな」


「ちょっと、なんてこと言うのよ、ガウェイン! 女好きの貴方には言われたくないわよ!」


 そう言ってガウェインを睨み付けると、マリゴールドはこちらに顔を向け、続けて開口した。


「んー、趣味はお洋服を見ることだけどぉ、孤児になってからはお金もないし、特にないかなぁ。得意なことと言われてもなー。騎士出身の幼馴染三人組みたいに剣が得意わけじゃないしぃ……あっ、目は良くて、手先は器用な方だよ? 仲間内で一番盗みの腕が良いの、私だから」


「そうか。だったら君は、弓を持て」


「え……えーっ!? 弓なんて使ったことないよ、私!? 多分、当てられないよ!?」


「そこまでの技量は求めていない。とりあえず、矢を飛ばすことができたら上出来だ。試しに、あそこにある岩に矢を当ててみせろ」


 俺は地面に落ちている弓を拾い上げ、それをマリゴールドに手渡した。


 マリゴールドは恐る恐ると背後を振り返ると、弓を構えてみせた。


 正しい弓のフォームにはなっていなかったため、俺は彼女の身体に触れて、フォームを教える。


 何故か肩に触れたら顔を真っ赤にさせていたが……無視するとしよう。


「足は開きすぎない。背筋は伸ばし、顎は引け。弓はまっすぐと対象に向けて構えて……そうだ。あとは弦は、こうやって引く」


弦を引いた瞬間。矢は直線状に飛んで行き、狙いの岩には当たらず、岩の横にある地面に突き刺さった。


その光景を見て、マリゴールドはげんなりとした表情を浮かべる。


「あっちゃー。全然コントロールできてないよぉ~。レイスっち、やっぱり私に弓を持たせるのは良くないんじゃない?」


「いや、君は弓を持て。初めてであれだけの飛距離が出るのなら上出来だ」


「え? あ、うん、分かった……」


 納得がいっていない様子のマリゴールドから視線を外すと、俺は次に、ジェイクに視線を向ける。


「ジェイク。君の趣味、得意なことはなんだ?」


「趣味は食べることかな。得意なことは……無いかなぁ。君に助けられた時、転んでいるのを見ただろ? オイラはどんくさいんだ。加えて孤児なのにぽっちゃり体形だし……ろくなものを食べてないのに何故か太ったままなんだ。うぅ……」


「いいや、君のその体形だからこそ取れる戦い方がある。君は、盾を持て」


 俺は板でできた大きな盾を拾い上げ、それをジェイクに渡した。


 ジェイクは盾を持つと、疑問の声を漏らす。


「た、盾でどうやって戦えば良いんだよ、レイス!?」


「君はその盾で、前衛の味方が攻撃されそうになったら庇うだけでいい。攻撃は他の者が担当するから、君は守ることだけに専念しろ。君だからこそ、できる仕事だ」


「ま、守る……こんなぽっちゃり体形の僕だからこそ、できる仕事……」


 ジェイクは盾をもって、キラキラと目を輝かせる。


 次に俺は、長身の青年ガウェインと金髪の少女モニカに視線を向けた。


「君たちとルキナは元々は騎士の家の出だったな。やはり、騎士である以上、得意な武器は剣なのか?」


「まぁな、大将。ルキナ程の剣の実力はオレにはないが、剣、斧、槍、一通りこなすことはできるさ」


「そうか。だったらガウェインにはその身長を生かし、リーチの長い槍を……ん? モニカ、どうした? 暗い顔をして?」


「あ、い、いえ。私はその、騎士の家出身ではあるのですが、剣はあまり得意ではなく……高潔な女騎士を目指しているのですが、その実、目立った才能がなく……」


 目立った才能がない、か。とはいえ彼女が騎士の一族であることは間違いない。


 俺は数秒程思案した後、モニカに槍を手渡した。


「だったら君が槍を使え。リーチの長い武器は身を守ることにも使える。それに、女騎士は槍を愛用することが多い。孤児になっても尚騎士を目指しているのなら……君は槍を持つと良い」


「あ、ありがとうございます……っ! レイス殿は、その、武器や騎士について詳しいのですね? 元貴族だからこその着眼点でしょうか?」


 少し、喋りすぎたか。この程度で王子だとバレることはないが、次からは気を付けることにしよう。


「まぁ、そんなところだ。ということで、ガウェインは斧を持て。斧を持った経験もあるのだろう?」


「あぁ。だけど、さっきも言った通り、ルキナ程の能力はない。あんまり期待してくれるなよ、大将」


「十分だ。次に残った二本の剣は、ルキナと俺が持つ。俺、ルキナ、ガウェイン、モニカの四人で前衛を務める。次は……ルーカス」


「悪いな。俺が使う武器は最初から決まっているぜ」


 そう言ってルーカスはマントの下を見せ、ベルトに付いた二本のナイフを見せた。


 ルーカスは不敵な笑みを浮かべると、再度口を開いた。


「俺は元々、曲芸師としてサーカスで働いていたこともあってな。人一倍、ナイフの扱いには自信がある。素早い動きで相手を翻弄する戦い方を取るのが得意だ。頼ってくれても構わないぜ、隻眼の軍師殿」


「そうか。だったらルーカスは中衛で前衛のサポートをしてくれ。……これで大体の戦うポジションが見えてきたな。前衛は俺、ルキナ、ガウェイン、モニカ。中衛で前衛のサポートをするのは、ジェイク、ルーカス。後衛で弓を引くのはマリゴールド。即興とはいえ、なかなかバランスの良い編成になったな」


 あとは、この風を利用して、アジトに火を放てれば良いのだが……。


 俺はジェイクに顔を向け、声を掛ける。


「ジェイク。ここに来る前に言っていた、マッチの類はあの廃墟には無かったか?」


「ごめん、レイス。あの廃墟には武器しかなかったよ……」


「そうか、分かった」


 なら、仕方ない、か。この編成で真っ向からぶつかっていくしかないな。


 俺が想定する作戦であったのなら、こちらの被害は限りなく少なくできただろうが……真っ向からぶつかるとなると、それなりのリスクが出る可能性があるな……。


「あ……あの……わ、私、は……?」


 そう言って俺に声を掛けてきたのは、長い黒髪の少女、アビゲイルだった。


 この子、影が薄いな。今まで存在に気が付いていなかった。


 俺はアビゲイルに顔を向け、声を掛ける。


「すまなかった。君に話を聞くのを忘れていた。最後に、君のことを教えてくれるか、アビゲイル」


「……私は……厄病神だと言われて……村から追い出されました……。みなさんのように、才能なんてもありません……ただの暗い女です……」


「いやー、そんなことないと思うけどな? オレ、前から思ってたんだよ。アビーちゃんは綺麗にしたら相当な美人ちゃんになるんじゃないか、って。……ちょっと、その長い前髪あげてみせてくれよ? ん?」


「え? い、いえ、ちょっと、やめてくださ……」


「ガウェイン! 貴方は黙ってなさい! アビゲイルも怖がっているでしょう!」


「い、いたたたた!! おい、足を踏むことはないだろ、モニカ!!」


 ナンパをしようとしたガウェインに、モニカは足を踏み、叱りつける。


 そんな二人の様子に腕を組んで呆れたため息を吐いたルーカスは、アビゲイルに鋭い目を向けた。


「まったく、やかましい連中だぜ。おい、根暗。戦う気がないなら、スラムに戻んな。ここからは生きるか死ぬかの戦場となる。目障りだから、さっさと消えやがれ」


「ご、ごめん……なさい……」


 ルーカスのその言葉に、俯きしゅんとするアビゲイル。


 その姿を見て、ジェイクとマリーゴールドが怒りの声を上げた。


「お、おい、ルーカス! 何もそんなに言わなくたって良いだろ!」


「そうよ! あんたって本当に口が悪いんだから!」


 ギャーギャーと騒がしくなる孤児たち。


 俺はそんな彼らを無視して、アビゲイルに近付き、声を掛ける。


「本当に、君が得意とすることはないのか、アビゲイル。趣味でも良い。自分ができることを俺に伝えてくれ」


「あ……えっと……その……。村の人たちには気味悪がられたんですけど……私、少しだけ、魔法が使えます……」


そう言って彼女は、人差し指に、炎を点火してみせた。


その小さな炎を見つめて、アビゲイルは静かに口を開く。


「でも……これだけしか使えなくて……これじゃあ、役立つことなんてできないですよね……すいません……」


 俺は勢いよくアビゲイルの肩を掴む。


 すると彼女はビクリと身体を震わせ、こちらに、真っ赤な顔を見せてきた。


「え? え?」


「アビゲイル。君は俺が探し求めていた逸材だ! 君の力があれば、この戦場を、大きく動かすことができる!」


「え……?」


「自分を才能がないなんて卑下することはない。魔術が使える人材は、軍において非常に重要な存在だ。もっと自信を持て。君には、杖を渡しておく。マリーゴールドと共に、後衛に立ってくれ」


 俺はそう言って地面に落ちている木製の杖を手に取り、それをアビゲイルに手渡した。


 するとアビゲイルは目をパチパチと瞬かせ、俺に声を掛けてきた。


「私を……必要してくれてるんですか? レイス、さん……?」


「勿論だ。君は俺にとって必要な人材だ、アビゲイル」


「嬉しい……すごく、嬉しいです……」


 瞳を潤ませるアビゲイル。


 そんな彼女に微笑みかけた後、俺は地面に落ちている剣を手に取り、鞘から抜き放つ。


 そして、孤児たちの前に立つと、声を張り上げた。


「では、これより行軍を始める。各自、勝ちたければ、その都度、俺の指示に忠実に従え。これがお前らが自由を勝ち取るための、一歩目だ!」


 そう言って、俺たちは丘の上を駆け上り、『鳶』のアジトへ向かって、駆け抜けていった。





      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「エイリークの頭! スラムのガキどもからみかじめ料、いただいてきやしたぜ! ただ、今回はノルマ達成できなかったみたいです!」


 『鳶』のアジト。


 そこで、小柄な男は、机に座る大男へ貨幣の入った袋を手渡した。


 大男は袋を受け取ると、袋を逆さにし、テーブルの上に貨幣をバラまいた。


 ひいふうみいとその数を数え終えると、大男は大きくため息を吐く。


「足りねぇなぁ。ガキどもめ、ろくな働きをしやねぇ。奴らもそろそろ潮時か」


「やっぱり手っ取り早く金を増やすなら、麻薬と奴隷産業が一番楽ですかね。本当、この商売を俺たちに許可してくださったアグランテ家のガストン様には、頭が上がりませんよ」


 その発言に、大男、エイリークは椅子の背もたれに背を預け、ニヒルな笑みを浮かべた。


「まぁな。だが、あのガストン様には、俺を手中に収めたい理由ってのがあるんだよ。俺はガストン様がリリエット様を攫おうとした事件の一部始終を、知っているからな。だからあの御方は俺には頭が上がらねぇってわけよ。甘い餌を与えて、口封じしたいんだよ、あの人は」


「何か弱みを握ってるんすね? 流石は頭です!」


「まっ、お互いに利益があるからこそ、協力関係を結んでいるんだけどな。麻薬と奴隷産業で得た上がりを陛下に30%程献上し、残りの70%を俺たちが丸ごといただく。その代わり、騎士団は俺たちを取り締まらない。やりたい放題できるってわけだ」


「次期王陛下が味方になれば、盗賊団『鳶』は最強、というわけですね!」


「そういうことだ! 俺たちは金も酒も女も、全部欲するがまま、手に入れることができる!! アグランテ家のの庇護下にいれば、ブランシェット伯爵も手が出せない!! ゆくゆくはこの街も俺たちのものになるかもしれないな!! ガッハッハッハッハッハッハ!!」


 大笑いを上げるエイリーク。


 ―――その時だった。


 部屋の中に、動揺した様子の男が一人、乱暴に扉を開けて入ってきた。


 その男は膝に手を当てて呼吸を整えると、エイリークに向けて大きな声を放つ。


「た、大変です、頭! 現在、アジトに……火矢が放たれています!! アジトの一部に、火が燃え広がっております!!!!」


「な……何ぃ!?」


 その言葉に、エイリークは席から立ち上がると、驚愕の表情を浮かべるのだった。

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