14歳ー傭兵団『烏の爪』結成編 第10話 窃盗団の孤児たち
「レイスはさ、どうしてそんな大怪我を負っているの? 何処から来たの? 何でアンバーランドに来たの?」
スラムを目指して裏通りを歩いていると、前を歩いているマリーゴールドが俺にそう声を掛けてきた。
俺はそんな彼女に、ため息混じりに口を開く。
「どうしてそんなに質問攻めをするんだ? 俺のことなどどうでもいいだろう」
「いや、だって、どう見ても訳アリな感じじゃん? ジェイクも気になるよね?」
「まぁ、うん。全身包帯グルグル巻きだし。仲間になるんだったら、素性は知っておきたいと思うかな」
「……俺はある事情があって家を追い出されたんだ。この怪我は、その時に受けたものだ」
「事情って?」
「あまり詮索をするな。お前たちだって聞かれたくない話の一つはあるのだろう?」
そう言葉を返すと、マリーゴールドとジェイクはお互いの顔を見つめる。
そして再びこちらに顔を見せると、笑みを見せた。
「まぁ、ね。私たちスラムの子供って、大体は親に捨てられたか親を亡くしたかのどちらかだからさー。良い思い出はあまりないかなー」
「うん。特に、四年前に王様が亡くなってアグランテ家が主権を握ってからは、孤児や浮浪者も増える一方なんだ。正直、君みたいに他の町から流れてくる人はそんなに珍しくもないよ。オイラも君と似たようなものでね。両親が反アグランテ家派閥だったから、処刑されちゃって、孤児になったんだ」
「私もジェイクとほぼ同じ。だから私たちは、孤児同士で協力をして、盗みをして暮らしてるんだ。家も親もいない子供が生きるには、こういった犯罪に手を染めるしかないからね」
「……行き場を失った子供は、犯罪に手を染めるしか生きる術が見つからない、か。どうやら父上が亡くなって以降、アグランテ家の連中は好き放題やっているようだな。愚者が王位に就けば、このような結果になるということか」
「え?」
「いいや、何でもない。早くスラムへと向かうぞ」
「う、うん」
そうして俺は、マリーゴールドとジェイクと共に、スラムへと向かって歩いて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お母様。お兄様が亡くなっただなんて、嘘ですわよね……」
王宮の端にある丘の上。
王妃カトレアの墓の前で、アリアは一人、塞ぎ込んでいた。
すると、その時。ガストンが現れ、彼女の背中に声を掛けた。
「おい、アリア! こんなところで何をしている! もうすぐ春の晩餐会だぞ! 晩餐会には諸外国の要人たちが多く来席する! 王族として恥じぬよう早くドレスを着てこい!」
「……ガストン様。何故、わたくしの居場所が分かったのですか?」
「馬鹿な妹だ。オレは貴様に何があっても良いように、常にお付きの騎士を忍ばせている。暗殺などされても叶わんからな。この兄の計らいに喜べ、アリア」
「わたくしを外交の道具として使いたいから、見張りを置いているだけでしょう? アグランテ家の人間というのはいつもそう。わたくしを捨てたあの頃と何も変わらない。情の欠片もない冷めた人たちですわ」
「その情の欠片もない冷めた人間の血を、貴様も引いているのだ、アリア。お前はオレの実の妹だ。ふふふ、このことを奴に伝えてやったら、あやつは顔を青ざめさせておったぞ? まさか妹として可愛がっていた存在が、アグランテ家の娘だとは思わなかったようだ。あの滑稽な顔を貴様にも見せてやりたかったぞ! はっはっはっ!」
「ッッ!! たとえお兄様がわたくしを嫌ったとしても!! わたくしにとっての兄は、グレイスさんだけですわ!! けっして、貴方はわたくしの兄ではない!! アグランテ家の人間はわたくしの家族なんかじゃない!!」
「貴様が何と言おうとも、貴様の兄はオレ一人だけだ、アリア!!」
そう怒鳴り声を上げると、ガストンはアリアに近付き、彼女の顔を掴んだ。
そしてガストンは、涙目で睨み付けるアリアに、邪悪な笑みを浮かべる。
「貴様は次代の王であるこのガストンの妹だ。妹は兄に尽くすもの。権威ある家に嫁ぎ、この兄のために外交の道具となれ、アリア。従順であるうちは優しくしてやろう。だが、いつまでも反抗的であるのなら―――」
「ガストン様」
その時。ガストンの背後からアルフォンスが現れ、声を掛けてきた。
ガストンはアリアから手を離し振り返ると、不機嫌そうな様子でアルフォンスに声を掛ける。
「何用だ、アルフォンス」
「陛下がお呼びです。玉座の間にて待つ、と」
「父上が? ふん。分かった」
ガストンはアリアを睨み付けた後、そのまま王宮へと向かって歩いて行った。
完全にガストンの姿が見えなくなった後。アルフォンスはアリアに近寄り、声を掛ける。
「大丈夫かい、アリア? 何処か怪我をしているのなら見せて―――」
「触らないでくださいまし!! この裏切りの騎士!!」
アリアはアルフォンスの伸ばした手を払いのけると、ゼェゼェと荒く息を吐き、アルフォンスを睨み付ける。
そんな彼女に、アルフォンスは申し訳なさそうな表情を浮かべ謝罪する。
「ご、ごめん」
「……ガストンの騎士になったこと、何か事情があったのだと思っています。ですが……ですが、あんまりじゃないですか? お兄様の親友である貴方はガストンの騎士になり、お兄様の婚約者であるリリエットさんは、ガストンの婚約者となってしまった。お兄様はお父様を絶対に殺してなどいないというのに……誰もお兄様の味方にはなってはくれなかった。お兄様が四年間、どんな絶望の中にいたのか……わたくしには想像もできません……」
「詳しく事情を話せずにいてすまなかった、アリア。だけど、僕もリリエットも、グレイスくんのために行動していたことを理解して欲しい」
「お兄様は一か月前、脱走に失敗して、ガストンの手によって殺されてしまったのでしょう? もう何もかも意味のないことなのではなくって?」
「……」
「……リリエットさんは、どうしているんですの?」
「ブランシェット領の領都、アンバーランドに帰ったそうだよ。一か月前にグレイスくんの死亡報告を聞いて以来、ずっと屋敷に引きこもっているって聞いている……」
「彼女にもまだ、お兄様を悼む心があるんですのね。ガストンに媚び、お兄様を悪く言っていたあの女を……わたくしは、絶対に許すことができませんわ」
「あれは演技だよ。リリエットは誰よりもグレイスくんのことを愛していた。それは……今も変わらないよ……」
アルフォンスはそう言って上空を見上げる。
そして空に浮かぶ満月を見つめ、ポソリと呟いた。
「……グレイスくん。君は本当に死んでしまったのかな? 僕と共にこの国を変えるという約束は、もう、終わってしまったのかな……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スラムに辿り着くと、いつのまにか空には満月が浮かんでいた。
その月を静かに眺めていると、マリーゴールドが前に立ち、両手を広げた。
「ついた! ここが、スラムの西区、私たち窃盗団のアジトよ!」
そこにあったのは、寂れた四階建ての廃墟だった。
建物のベランダには何名かの子供の姿があった。そこにいた一番背の高い青年が、崖下にいるマリーゴールドへと声を掛ける。
「マリー、遅かったじゃないか。ちゃんとパンは盗めたのかー?」
「それはもうバッチリ! いや、それよりも新しく仲間になってくれそうな子を見つけてきたのよー! めっちゃイケメンの子! 紹介したいんだけど、ルキナいるー?」
「あぁ。今呼んでく―――」
「必要ねぇよ」
廃墟の屋根からピョンと飛び降りると、俺たちの前に、紫色の髪の少女が降りてきた。
彼女は地面に着地して、立ち上がると……鋭い目でマリーゴールド、ジェイクに視線を向け、最後に俺を見る。
「てめぇが、窃盗団に入りたいって奴か?」
「あぁ、そうだ。俺の名前はレイス。お前がここのリーダーのルキナだな?」
「……お前、もしかして、貴族か?」
突如、ルキナと呼ばれた少女は俺を睨み付けると、腰の鞘から剣を抜いた。
そんな彼女に、マリーゴールドとジェイクは、驚きの声を上げる。
「な、何やってるのよ、ルキナ! 剣なんか出して!」
「そうだよ! 彼はどうみても貴族じゃないよ! ただの孤児だよ!」
「孤児が……こんな、堂々とした立ち振る舞いをしているわけがねぇだろ。逸れ者の孤児ってのは大抵、みんなおどおどしてるか絶望した目をしているのがセオリーだ。だけどこいつは恐れなんてひとつも抱いちゃいねぇ。アタシが一番嫌いな、傲慢な貴族と同じ目をしている」
なかなか洞察力の高そうな少女だな。利用価値は……ありそうか。
俺は、奥の廃墟のベランダからこちらを見つめる孤児たちに向けて、口を開く。
「お前ら! この生活のままで、本当に良いと思っているのか!」
「え……?」
疑問の声を上げる孤児たち。俺は続けて開口する。
「窃盗で暮らしていくことなどできはしない! いつか絶対に捕まって痛い目を見るぞ! きっとお前らの仲間で、下手打って殺された奴もいることだろう! 良いか、盗みで生きて行くことは絶対にできない!! お前らはそのうち破滅する!!」
俺のその言葉に、背の高い青年が声を返してきた。
「そ……そんなことは言われなくたって分かっている!! でも、だったらどうやって生きていけば良いんだ!! きれいごと言ってたって、メシは出てこないんだぞ!!」
「俺がお前たちの生活を変えてやる。俺の下に付け。そうすれば美味いメシも金も与えてやろう。この俺が……お前ら孤児たちを導いてやる。だから、俺の配下となれ、アンバーランドの孤児たちよ!」
その言葉に唖然とする孤児たち。
だが、目の前に立つルキナは、怒りの形相を浮かべ、俺の喉元に剣を差し向けてきた。
「てめぇ、何を言ってやがる。この窃盗団のリーダーはアタシだ。適当なこと言ってんじゃねぇよ。お前に何ができるってんだ、片目潰れてる怪我人が」
「お前は随分と剣の腕が立つそうだな。だったら……そうだな。俺と賭けをしないか、ルキナ」
「賭けだと?」
「あぁ。今から俺とお前で決闘をしよう。俺が勝てば、お前を含めて、窃盗団は俺の下についてもらう。俺が敗ければ、俺の命と金値のものをやろう」
俺はそう言って、耳に付いているピアスを外し、ルキナに見せた。
「これは紅宝石が使われている高価なピアスだ。金貨にして二百枚はくだらない。俺が敗ければ、こいつを貴様にくれてやろう」
「き、金貨二百枚のピアスだと!? それに命を賭けるだって!? お前、イカれてるな……!!」
「どうだ? まさか、逃げるなどとは言わないよな? 窃盗団のリーダーさん?」
「……はっ。後悔しても知らないぜ? 貴族のお坊ちゃん?」
こうして俺とルキナは、決闘をすることになるのだった。
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