14歳ー傭兵団『烏の爪』結成編 第9話 生きるための執念
「はぁはぁ……」
ガストンが去った後。
森の中、僕……いや、俺は、一人うつ伏せになって横たわっていた。
長い間牢獄で生活していたため、筋力が落ち、上手く立つことができない。
少し遠くには、血だらけで亡くなっているハンナの遺体が確認できる。
俺はズルズルと身体を引きずり、彼女の元へと近付いていく。
―――――その時だった。
森の奥から、狼型の魔物が姿を現した。
どうやら、ハンナの流した血の匂いにつられて、やってきたようだ。
狼はハンナの遺体に近付くと、クンクンと、その身体を臭い始める。
まずい、こいつ、ハンナの遺体を食べる気か……!!
「やめろ!!」
俺は立ち上がり、狼を追い払おうとするが、すぐに転倒してしまう。
もう一度挑戦してみるが、上手く立ち上がることができない。
そんな俺を無視して、狼はハンナの身体を貪り食い始めた。
その光景を目の前にして、俺は怒鳴り声を上げる。
「やめろって言っているだろう!! やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
どんなに声を張り上げようとも、狼がハンナの身体から離れることはない。
獣はハンナの身体を、綺麗さっぱり、食べ尽くしていくのだった。
数分後。ハンナの身体は衣服と少し肉の付いた骨だけとなっていた。
「くそっ……くそっ……!!」
俺は思わず、下唇を噛んでしまう。
ハンナを守れなかったことに、怒りがふつふつと湧いてくる。
「グルルルル……」
今度は俺を喰らう気なのか、狼は俺の傍へとやってきた。
ここで俺は、生きたまま獣の餌となるというのか……。
俺の頭を噛みつこうと、狼は大きく口を開けた。
このままここで死ねば、もしかして父上と母上、ハンナとあの世で再会することができるのだろうか。
この残酷な世界に、もう、俺の味方は何処にもいない。
俺の味方は……殆どが、あの世にいってしまった。
彼らに会えるのだったら、俺は……。
「いや……そのような結末があって、たまるものかッッッ!!!!」
俺は地面に落ちていた木の枝を握り締めると、それを狼の眼球へとぶっ刺した。
狼は痛みに苦しみ暴れるが、俺はそんな狼の背に飛び乗り、奴の右目に枝を差し続ける。
「ははははははははははははは!! ただの動けぬ瀕死の餌と見たのが貴様の敗因だったな!! よくも……よくも、ハンナを喰らったな!! 死ね、死ね、死ね、死ね!!!!! 俺の痛みを思い知れッッ!!!!」
何度も何度も木の枝を狼の眼球に突き刺していく。
その後、木の枝が脳天に突き刺さったのか、狼は倒れ、息絶えた。
振り落とされた僕は、這いつくばりながら、狼の死体に近付いていく。
「生きるためには喰らうしかない、か。貴様には教えられたぞ、獣。俺は……生きるために、ハンナを喰らった貴様の肉を喰らう。俺は、生きねばならない」
生肉を喰らい、血を啜り、俺は、何としてでも生き残る。
王国を奪い視簒奪者どもを、皆殺しにするまで。
その後、身体をズルズルと引きずりながら這いずり回り、俺は、朝になって川を発見することができた。
これは、天命に救われたとでも言える幸運な出来事だった。
久しぶりの水を浴びるように飲んだ後、水面に自分の顔が映った。
そこにいるのは以前姿見で見た王子の姿などではなく。
鋭い目付きをし、全身に狼の返り血を帯びた、悪鬼そのものだった。
「ははははは……。この顔をアルフォンスとリリエットが見たら何と――――」
俺は何を言っているんだ? 奴らはガストンに与した、殺すべき敵だろう。
俺を裏切った奴らにはいずれ必ず相応の痛みを与えてやる。
この憎しみが消えることは、けっしてない。
「父上……ハンナ……サイラス……」
川の対岸、森の間に、父上とハンナとサイラスの幻影が見える。
彼らは俺に、奴らを殺せ殺せと、言っているように見えた。
顔を水で洗った後、もう一度対岸を見ると、幻は消えていた。
俺はふぅと短く息を吐き、静かに口を開く。
「分かっています。貴方たちの無念は、俺が絶対に晴らしてみせます」
幻影の彼らにそう、俺は誓いを立てた。
俺は、川岸を拠点とし、そこで筋力を鍛えるために、様々なことを行った。
まずは足の筋力を取り戻さないことには、話にならない。
俺は何度も立ち上がろうとしては、転倒することを繰り返す。
だがすぐにこれでは体力を消耗してしまうと考え、付近にあった木を背に、立ち上がる訓練を行った。
この訓練はとても効果があったようで、歩くことはできないが、五日で立ち上がるところまでいくことができた。
食事も摂らないと、筋肉を付けることはできない。
俺は以前本で読んだ知識を使い、小動物を捕らえるトラップを作ることに決めた。
棒を地面に刺し、縄で足を絡めとる罠と、落とし穴形式の、どちらも古典的な罠だ。
罠は、動物の足跡がある場所に、設置しておいた。
策は見事に嵌り、ウサギやリスなどの小動物を捕らえることに成功した。
そんな感じで、俺は、以前書物などで得た知識を使い、何とか森の中でサバイバル生活を送って行った。
――――――三ヶ月後。
俺は、自力で立ち上がり、歩くことができるようになった。
筋力も、大分つけることができた。
屈伸して腕のストレッチを終えた後。
俺は、不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「よし。これでようやく、国盗りのために動くことができるな」
恐らく世間で俺は、死んだことになっているのだろう。
王殺しの大罪人を見逃したとあれば、ガストンの名声に傷が付くのは避けられないからだ。
本来であれば今すぐガストンを殺しに王都へ行きたいところだが……生憎、そのための力が今の俺には無い。
ガストンを守っているのは、ランベール王国騎士団だ。
騎士団には王直属の親衛隊と、四つの部隊を率いる四人の騎士団長がいる。
三か月前、この森で僕とハンナを襲ったのは、親衛隊の連中だ。
実のところ、親衛隊自体は大したことはない。
実際に王国を落とすことを考えたら、目下大きな壁となるのは四つ騎士団だ。
騎士王の下に付き、王国全土の東、南、北、西の四方を防衛する、近隣諸国最強と呼ばれる部隊、それが四聖騎士団。
その四聖騎士団の団長たちは全員ギルベルトの弟子であり、それぞれが一人で一個軍隊程の力を持つとされている。
王国を落とすのであれば、東西南北の他国との関所を守る四聖騎士団を倒さないことには、話にならない。
「やはり……そのためには俺の手足となる手駒がいる、か」
例え四聖騎士団が相手だとしても、一切、退く気はない。
俺は剣士としては彼らには勝つことができないだろうが、策略であれば、一歩先に行ける自信がある。
あとは……俺の剣となる存在さえいれば、国盗りへの道は開かれる。
「確か、この先に、ブランシェット領の領都があったな。そこで情報収集でもしてみるか。いや、顔を隠さないとまずいか? 領主のブランシェット伯爵は、リリエットの父親。俺との面識もある」
まぁ、以前の俺とは背格好も顔付きも大分異なるから……一目では分からないとは思う。
とはいっても、念のために、顔を隠せる何かを用意していた方が良さそうだな。
俺は歩みを進め、森を抜け、ブランシェット領に向かうことに決めた。
二時間程して森を抜けると、広大な草原とその向こうに見える街が見えてきた。
高い城壁に囲まれた大きな町、あれが王国南西で一番の都と言われるブランシェット領 領都『アンバーランド』だ。
今まで一度も足を運ぶことは無かったが、これがリリエットの住む地か。
見たところ、城壁にある門の前には二人の門番がいるな。
俺は死んだ人間だ。出来る限り、あまり人目には付きたくはない。
どうしたものかと考えていると、城門に向かって一台の荷馬車がノロノロと走っている姿が目に入って来た。
そうだな。あの荷馬車が検閲されている時に、馬車の影に隠れて街に入るとするか。
俺は歩みを進めて、街へと近付いて行った。
草原に身を潜ませ城門の近くに寄ると、丁度、行商人の荷馬車が検閲に入っているところだった。
二人の門番は荷台に乗っている果物と思しきものが入った木箱を確認していて、その横には、行商人と思しきポニーテールの女性が苛立った様子を見せていた。
「ちょっと、早くしてよ! どこを見ても果物と野菜しか入っていないよ!」
「まぁ、少し待ってくださいよ。最近は認可の降りていない薬物を忍ばせて領都に入ろうとする不届き者もおりますから」
「私は犯罪には手を出していない、いたって健全な商人よ! まったく。盗賊団たちのせいで検閲も厳しくなっちゃって……たまったもんじゃないわ!」
怒る行商人の背後を通り、何とか馬車の影に身を潜ませることに成功する。
そして俺は門番の兵士たちが行商人を相手にしている隙を見て、街の中へと入って行った。
「何とか、アンバーランドに入ることができたな」
王都に比べたら活気は少ないが、それでもアンバーランドにはそれなりの人の姿があった。
城門前から続いている商店街通りを歩いていると、通り過ぎて行った二人の婦人が、俺を見てヒソヒソと小声で話し始めた。
「やぁね、スラムの孤児かしら? 臭くてたまらないわ」
「本当、上町に来ないで欲しいわね。一生下層のスラムで暮らしていて欲しいわぁ」
一瞬、王子だとバレたのかと思ったが……なるほど。
確かに、三か月森の中でサバイバル生活を送った今の俺は、汚い見た目をしていたか。
むしろこの格好の方が、王子だとバレる可能性は少なそうだな。
しかし、下層のスラム街、か。
この街はどうやら貧富の差が激しく、差別が多い様子だな。
いや、この街だけではなく、王国全土ともいえるか。
ガストンが正式に王となったら……果たしてこの国はどうなるのだろうな。
まぁ、例えあいつが良き王となったとしても、俺は、あいつを許すことはしないが。
どこまで追ってでも、首を斬って、必ず父上の墓標に飾ってやる。
「ど、泥棒――――ッッ!!!!」
その時。二人の少年と少女と、それを追いかける商人らしき男が、こちらに向かって走って来た。
二人の少年少女たちは、両手にたくさんのパンを抱えていた。
見たところ、物取りだろうか?
「マリー! もう無理だ! 走れない!」
「泣き言言わないの!! 早く走って!!」
「うぐっ!」
「!? ジェイク!?」
突如、ジェイクと呼ばれた少年が小石に躓き、地面に前のめりに転倒した。
先程マリーと呼ばれた少女は足を止めると、手を伸ばし、少年を助けようとする。
「ジェイク! 早く立ち上がって!」
「マ、マリー、オイラは良いから、早く行け!」
「何言ってんのよ! 見捨てられるわけが……」
「コソドロどもめが!!」
店主は二人の元に追いつくと、手に持っていた棍棒を振り上げた。
往来を歩く人々はその光景を見るのは見慣れているのか、特に驚いた様子も見せず通り過ぎている。
マリーという少女の顔に棍棒が当たる寸前、彼女はか細い声を漏らした。
「誰かっ……!」
「……」
俺は地面に落ちている小石を拾い上げると―――店主の顔面に目掛け、石を投擲した。
すると、ダイレクトに顔面に石が直撃した店主の男は「ぐふっ」と呻き声を溢し、仰向けになって倒れ伏した。
「え……?」
二人の少年少女たちは唖然とした様子で倒れた男を見つめた後、振り返り、離れた場所に立っている俺に視線を向ける。
俺はそんな二人にくいっと顎で後方を示し、開口した。
「こっちだ。ついて来い」
「え、ええ! 分かったわ! ほら、行くよ、ジェイク」
「お、おう!」
俺は先導するように走り、町の路地裏に入って行った。
背後から店主の男の「待ちやがれー!」と叫んだ声が聞こえてきたが、俺たちを追って来る気配はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁはぁ……ここまで来たら、大丈夫そうね」
首にバンダナを巻いた金髪ボブヘアーの少女、マリーは膝に手を当て息を整えると、顔を上げ、俺にニコリと笑みを見せてきた。
「ありがとう、さっきは助かったわ! 私はマリーゴールド。後ろで疲れた様子を見せているのはジェイク。アンバーランドのスラムで暮らしている孤児よ」
そう言って彼女は手を伸ばし、俺に握手を求めて来る。
俺はそれに応じ、彼女の手を取った。
「俺は、グレ……いや、レイスだ。俺も君たちと同じ孤児のようなものだ」
ここはとりあえず偽名を名乗っておくとするか。
死んだはずの王子と同じ名前を名乗るのは、怪しまれる可能性もあるからな。
「レイス……? アンデッドの
手を離すと、キョトンとした顔を見せるマリーゴールド。
俺はそんな彼女に、ため息を吐いた。
「名前などどうでもいい。そんなことよりも……さっそくだが、さっき助けた見返りとして、盗んだパンを一つ貰いたい。命を助けたんだ、それくらいの礼はあっても良いだろう」
「あら? 正義の味方かと思ったら、ちゃんと見返りを求めて来るのね? ええ、別にいいわよ。普段なら、私、知らない人間に分け前をあげることはしないのだけれど……お兄さん、私好みのイケメンだし。特別に、プレゼントしてあげる」
そう口にしてマリーゴールドは俺にパンを手渡してきた。
俺は貰ったそのパンをすぐに齧り、ムシャムシャと口に入れていく。
「ねぇ、貴方、アンバーランドの孤児じゃないわよね? 見たことのない顔だし。他所から来たのかしら?」
「そんなところだ」
「だったら、私たち窃盗団の仲間になってみないかしら? どうせ行くところも無いんでしょう?」
マリーゴールドのその言葉に、彼女の背後に立っていたジェイクは、恐る恐ると口を開いた。
「彼は命の恩人だ。オイラも、仲間に入って貰ったら嬉しいよ。だけど……ルキナの奴は、許さないんじゃないかなぁ……」
「だとしても、彼、全身に包帯を巻いていて怪我しているみたいだし、このまま放ってはおけないでしょ」
「はぁ……ようは、マリーが彼を気に入って仲間に入れたいだけだろ? 普段はそこまで他人に興味ない癖に、本当、美少年には目がないなぁ」
マリーゴールドはコホンと咳払いをしてこちらに顔を向けると、笑みを見せる。
「どうかしら? 私たちと協力しあって、スラムで暮らしてみない? 廃墟だけど、一応、毛布やランプくらいはあるわ」
……窃盗団、か。上手く利用すれば、使える駒を得ることができるかもしれないな。
スラムの孤児という点も良い。虐げられている者ほど、王政への憎しみは持つというもの。
俺は顎に手を当て数秒程思案した後、マリーゴールドに顔を向けた。
「窃盗団には、何名の孤児が在籍している?」
「私たち二人を含めて7名よ」
「そうか、十分だ。リーダーはいるのか?」
「ええ。ルキナって女の子よ。スラムの孤児の誰よりも剣の腕があって強いの。とりあえず、彼女に認められれば窃盗団に入ることはできるわ。行きましょう」
俺はマリーゴールドとジェイクについて行き、スラムに向かって、路地裏を進んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第9話を読んでくださってありがとうございました。
現在、あまりにも★やフォローが少なすぎるため、この作品を継続しようか中断しようかちょっと悩んでいます。PV数を見ると1話で切っている方が多い様子なので、もしかしたら1話の時点で駄目だったのかな……? 1、2話の時点で早めにグレイスを牢に入れる展開を書いた方が良かったのかな~難しいです笑
今後のために何かアドバイスがあれば、ご教授いただけたら嬉しいです。
もし次回か新作を投稿することがあったら、また読んでくださると嬉しいです。
寒い日が続きますので、皆様、ご自愛くださいませ。ではでは〜!
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