幼年期編 第7話 地獄に堕ちた元王子
―――ピチャンと、天井から滴り落ちた水滴が、僕の前髪を濡らしていく。
父上が謎の魔導士ハデスに殺されてから、二日が経った。
いや、二日というのはこの牢にやってきて、僕が感じた体感時間のことだ。
この薄暗い地下牢の中では、正確な時間というものが分からない。
現在分かっていることは、父上を殺された事件から僕は一睡もせず、長時間、この牢の中に居ることだけだ。
僕は、地下牢の隅で三角座りをし、ただひたすら目の前の闇を見つめていた。
「―――はっはっはっ! 気分はどうだ? グレイス!」
その時。ドアが開いて、地下にガストンが姿を現した。
久しぶりに見た光の眩しさに、僕は思わず目を細めてしまう。
「おいおい、グレイスともあろう者が、たった三日で随分とやつれた顔になってしまったなぁ。まぁ、食事もまともに与えておらんかったからな。無理もないか」
そう言って再び「はっはっはっ」と笑い声を上げると、ガストンは鉄格子に顔を近づけ、邪悪な笑みを浮かべた。
「こうしてお前の苦しそうな顔を見ているだけで、オレは、心が躍って仕方がない!! これも全てはハデスのおかげだな!! 奴のおかげで、オレは、手に入れられなかったものを全て、手にすることができそうだ!!」
「ガストン……貴様、やはり、魔導士と共謀して父上を殺したのだな!!」
僕は勢いよく立ち上がると、鉄格子に近付き、格子を掴んでガストンに憎悪の目を向けた。
ガストンは僕のその行動に驚き尻もちを付いて倒れるが、すぐに起き上がり、こちらに勝ち誇った笑みを見せてくる。
「フ、フン。だったら何だというのだ?」
「今すぐギルベルトたちに僕の身の潔白を伝えて、 お前とハデスを処罰する!! 僕が間違っていた!! アルフォンスたちの言う通り、アグランテ家と仲良くしようとしたのが間違いだった!! 貴様らは王家の癌だ!!」
「はっはっはっ! どうやって身の潔白を証明すると言うんだ、グレイスぅ? 騎士王亡き今、首謀者であるグレイスを捕らえたオレの発言力は、王宮内でも鰻上りだ。お前を捕らえたこの牢には。オレ以外誰も近寄らせはしないし、誰もお前とは面会をさせない。お前が懇意にしていた元騎士団長のギルベルトも、先日、剣術指南役の任を解任して、王宮から追い出してやった。お前の味方は幼く力もない王女のアリアと、騎士見習いのアルフォンス、メイドのハンナだけ。奴らでは、お前を牢から出すことはできないだろう」
「だ、だったら、リリエットは!? 婚約者であり、伯爵令嬢である彼女なら、きっと……」
「残念だが、リリエットはもうお前の婚約者じゃない。彼女の今の婚約者は……このオレだ!」
「は……?」
「お前に見せてやりたかったよ。お前が王を殺したと聞いた時の、心底失望した彼女の表情を! リリエットは王を殺したお前とは、一緒にはなれないとさ。次の王位を継ぐのは、このオレだ。だから必然的に彼女はオレと一緒になる道を選んだ。当然の結果だろう! ははははははははははははははははは!!!!」
リリエットが、僕に、失望した……?
そんな……彼女は僕を信じては、くれなかったのか……?
「あぁ、どうやってお前を罠に嵌めたか、まだ説明していなかったな。せっかくだし、話してやろう! くくくく!!」
僕は、ガストンとハデスの策略を教えられた。
ガストンはリリエットを手に入れるために、スラムに居るゴロツキを雇い、彼女の誘拐を企てたこと。
結果、誘拐事件は失敗に終わり、追い詰められたガストンは魔導士ハデスと手を組んで、王を暗殺し、僕に全ての罪を擦り付ける策に加担した。
犯行時に邪魔が入らないよう、奴らは念入りに策を組み立てていたそうだ。
僕の部屋の前に待機していた護衛騎士は秘密裏にハデスが処理をし、ガストンが別の場所でボヤ騒ぎを起こし、一部の騎士たちを犯行時間に他の場所へと移動させた。
そしてハデスが魔法を使って僕を王の私室へと呼び出し、ガストンは以前から徐々に王家への不審感を植え付けていた、城内にいる王に不満を持つ騎士たちを集め、僕が王を殺した現場を直に見せる。
そうして、王殺しの罪を、まんまと僕に被せた。
全ての話を聞き終えた後、僕は格子を掴んでガンガンと揺らし、ガストンを睨み付ける。
「ガストン! 王位を簒奪するために、リリエットを欲しいがあまりに……正体も分からぬ魔導士の策に加担したというのか!! そんなくだらないことのために、我が父上を殺したのか! 父上はアグランテ家を、お前を、本当の家族として見ていたというのに!! 僕もそうだった!! 僕も……お前を従兄弟として、家族として見ていたのに……!!」
「そんなくだらないことのために、だと? はは……ははははははははははは!! ふざけたことを言うんじゃない、グレイス!! このオレの痛みがお前に分かるものか!! オレは幼少期からお前と比べられて育ってきた!! 容姿も剣術も座学も兵法も、オレは、お前に何一つ勝つことができなかった!! 何一つ、お前よりも秀でたものを持つことが許されなかった!! オレは周囲から醜い豚と陰口を叩かれ、逆にお前は優秀で容姿端麗な王子として名を馳せた!! 何なんだ、この差は!! オレとお前は同じ血を引いた王族だというのに、何故、こうも違うのだ!!」
「だったら僕を殺せば良いだろう!! 何故父上を殺した!!」
「オレが全てを手に入れるためだ、グレイス!! お前には……これからありとあらゆる拷問をして、オレの抱える憎悪を全てぶつけてやる。産まれてきたことを後悔させてから、殺してやる。その澄んだ瞳が曇る日を、楽しみにしているぞ、グレイス!! ふはははははは!!!!」
そう言って、ガストンは、地下牢から去って行った。
キィィィと音を立てて鉄製の扉が閉まった後。
僕は再び、闇の中に閉じ込められた。
それからというもの、僕は、毎日地下牢に訪れたガストンによって、拷問されていった。
最初の日は手足の指の爪を剥がされ、次の日は焼き鏝を身体に押し当てられた。その次の日は、身体中をナイフで刻み付けられたりもした。
毎日毎日毎日、奴は、僕をあらゆる手段で痛めつけていった。
僕が悲鳴を上げる度に、あの男は歓喜し、顔に歪んだ笑みを浮かべるのだった。
『グレイス、お前は、産まれるべきではなかったんだ』
『誰もお前を助けになんてこない。もう皆、お前のことなど忘れて自分の人生を生きているぞ』
『リリエットはオレにゾッコンでな。この前手を握ったら頬を赤く染めていた。もうそろそろキスでもしてやろうかと思う』
『ははは! これがあのグレイスか! 糞尿塗れで、全身傷だらけで……見るも絶えない姿だな!』
毎日、毎日。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
僕は、ガストンに拷問されていった。
食事は一日に一回、残飯と汚水を渡される。
ガストンは僕を死なないように痛めつけるつもりでいるのか、拷問の後はいつも修道士を連れて来て、僕の身体を治癒させていた。
きっと、奴は、僕が心を折るのを待っているのだろう。
殺してくれと懇願するのを待っているのだろう。
だけど、僕は、絶対に諦めなかった。
例えギルベルトやリリエットが僕を王殺しの王子だと思っていたとしても。
あいつだけは……アルフォンスだけは、僕のことを裏切ることはないと、信じていたから。
いつか、アルフォンスが僕を助けてくれる。
だってあいつと僕は約束したんだ。共にこの国を支えようと。
「――――三か月拷問し続けても、まだ、その目を保ち続けていられるのか、グレイス……!!」
地面に横たわりながらもガストンを睨み付ける僕を見て、ガストンは、苛立った様子を見せる。
そして彼はいつものように牢の中に入ると、腰の鞘から剣を取り出し、僕に近付いてきた。
「その目だ! オレは昔からその目が大嫌いだった! どんな状況でも、お前は、遥か遠くを見据えている!! このオレなど見ずに、何処か別の場所を見ている。オレなど眼中にないというのか……!! お前は王殺しの対罪人として、王国中に知れ渡っている!! 例え外に逃げ出せたとしても、最早お前が日の目を浴びる時は来ない!! お前の理想は終わっている!! 絶望しろ、グレイス!!!!」
「……絶望などしない。僕は……母上と、友と、約束したのだ。この国を、この大陸を、良き世界に変えると……!」
「だから言っているだろう!! お前はの未来はもう、このオレによって閉ざされたんだよ、グレイスーーーッッ!!!!」
ガストンは僕の首を掴んで無理やり立たせると、僕の左目に向けて、剣の切っ先を……突き刺した。
僕はその痛みに、発狂し、悲鳴を上げる。
「ぐ、う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!!!!!」
痛い。痛くてどうしようもない。何も考えられない。
ガストンは僕の目から剣を抜くと、僕をドサリと、地面に放り投げた。
そして、愉しそうに、笑い声を上げる。
「プヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!! いいザマだな、グレイス!! そうだ、さっき友がどうとか言っていたが……とっておきの情報を教えてやろう」
そう口にしてガストンは僕の髪を掴み自分の前に持ってくると、ニヤリと、不気味な笑みを浮かべた。
「アルフォンスだったか? あいつはこの三か月でめきめきと剣の腕を上達させてな。せっかくだから、オレ様の騎士にしてやった」
「……は?」
「次期王であるこのオレの騎士になること、奴は快く快諾してくれたぞ? もう、お前のことなど忘れて、あいつは騎士としての道を進んでいる。素晴らしい友を持ったじゃないか、グレイス。そして良い人材をオレのために置いていてくれて、感謝するよ」
「アルフォンス、が……お前の、騎士、に……?」
「もう一つ、とっておきの情報を教えてやろう。これは、お前だけが知らなかった情報だ」
そう言ってガストンは一拍置くと、再び口を開いた。
「アリアは……オレの実の妹だ」
「は、え……?」
「お前は王族の親族から養子に貰われてきたのがアリアと言っていたが……実際は違う。流行り病で死にそうになった赤子のあいつを、母上はオレに病気をうつさないために、捨てることに決めた。その時、王妃カトレアが怒ってな。だったら自分の娘にすると、王妃がアリアを引き取ったんだ」
「アリアが……ガストンの、妹……?」
「そうだ。分かったか、グレイス。最早王族は我がアグランテ家が乗っ取ったも同然ということを。リリエットは我が婚約者に、アルフォンスは我が騎士に。もう、お前の居場所なんて、どこにもないんだよ!! ふはははははははははははは!!」
心の中で、何かが、折れる音が聞こえた。
僕は左目から血を流しながら、ガストンを見つめる。
僕のその姿を見て、ガストンはニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そうだ! その表情だ! その表情を見たかった!! もっともっと絶望しろ、グレイス!!」
――――――僕はいったい、何を間違えたのだろうか。
婚約者にも、親友にも、妹にも裏切られた。
僕は、ガストンの言う通りに、産まれて来ない方が良かったのだろうか?
「ははははは! また拷問してやる! その日を楽しみにしているんだな!」
ガストンが去った後、修道士が僕の左目の手当を行った。
僕の左目は完全に潰れており、失明していた。
僕は闇の中、ただ、自分に問う。
僕は、いったい、何を間違えていたのだろうか、と。
この牢に入れられてから――――――どれくらいの月日が経ったのか分からない。
ガストンは僕を拷問することに飽きたのか、あれ以来、姿を見せていない。
僕の手足はやせ細り、自力で立つのも困難となっていた。
床に倒れ伏した僕は、ただ、闇を見つめる。
こうならないために、僕は、どうするべきだったのか。
ただ、自問自答を繰り返す。
「……」
「グレイス、様……」
その時。地下の扉が開き、光が差し込んで来た。
久々に見たその光は目が焼けそうな程眩しく、僕は、直視できない。
その光の中からこちらに近付いてきたのは、一人の女性だった。
おぼろげな視界に映るその女性は、手に持っていた鍵で牢を開けると、僕の傍に近寄って来る。
そして僕の身体を抱きかかえると、ポタリと、涙が僕の頬に落ちて来た。
「グレイス様。遅くなって申し訳ございません。お迎えに、上がりました……!」
「その声、は……もしかして、ハンナ、か……? どうして、君が、ここ、に……」
「言ったじゃありませんか。例え世界が全部敵に回ったとしても、ハンナだけは、グレイス様の味方です、と。私の主人は、貴方様しかおりません」
その言葉に、僕は、涙を流してしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第7話を読んでくださって、ありがとうございました。
この作品、全然評価やフォロー数が伸びなくて、毎日数値の変化が無さすぎて絶望しています笑
うーん、この作品は駄作だと諦めてさっさと次作にいくか、諦めずに1話から書き直してみるか。
難しいです……日々研究ですね。
とりあえず、キリの良いところまでは書こうと思います。
明日も19時くらいに投稿予定ですので、また読んでいただけたら嬉しいです!
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