幼年期編 第6話 王殺しの罪を着せられた王子



 ギルベルトに保護された僕たち三人は無事に、王城へと帰ることができた。


 王城に帰った時には既に19時過ぎになっており、空には満月が浮かんでいた。


 僕は現在、ベッドに腰掛け、ハンナに身体中に包帯を巻いてもらい、手当して貰っている。


 部屋の隅には申し訳なさそうな顔をして立つアルフォンスとリリエットがおり、目の前には心配そうな様子でこちらを見つめる父上とギルベルトが立っていた。


 何とも言えない空気感の中。


 ものすごい勢いで扉を開けて、アリアが部屋に入ってきた。


「お兄様! 大怪我を負ったと聞きましたが……え!?」


 アリアは僕の姿を見ると、口元に手を当て、驚いた表情を浮かべる。


 そして部屋の隅に立っていたリリエットに近寄り、彼女の頬を叩いた。


「聞きましたわよ、リリエットさん! 貴方が街にお兄様を連れ出したそうですわね!! お兄様は貴方を守るために傷だらけになったとか!! 貴方、本当に王妃になる覚悟がございますの!? アリアは、お兄様を傷付けた貴方を許せそうにありませんわ!!」


「ア、アリア様! おやめください!」


 ギルベルトが慌ててアリアを羽交い絞めにするが、アリアは涙目になりながら吠え続けた。


「離しなさい、ギルベルト! お母様が亡くなってから、お兄様は悲しむわたくしの傍にずっと居てくださいましたわ!! そんなお兄様までもが、もし亡くなったらと考えると、アリアは、アリアは……うわぁぁぁぁん!!」


 大声で泣き喚くアリア。


 僕はそんな彼女を宥めようと、声を掛ける。


「アリア。僕は死んではいない。それに、リリエットが悪いんじゃない。悪いのは、彼女を攫おうとした何者かで――――」


「いいえ、グレイス。あたしが悪いのよ。あたしが城下に行こうなんていったから、こんなことになったの。全部……ぐすっ、あたしのせい……アリアの言うことは正しいわ……」


 ポロポロと涙を流すリリエット。


 父上はそんな彼女に近付き、優しくリリエットの肩を叩いた。


「いいや、グレイスの言う通り、リリエット殿は何も悪くはない。勿論、一番悪いの人攫いたちだが、子供が自由に外を出歩けぬこの国の治安の悪さも、今回の事件が起こった主な原因であろう。今回の件は、私の国政の問題でもある」


「そんな! 陛下のせいでは……!」


「良い。三人とも、よく、無事で帰ってきた。まずは各々安静に身体を休ませよ。ハンナ、グレイスの怪我は、治癒魔法が扱える修道士を呼んで見せた方が良いか?」


「いいえ。見たところ内臓などは怪我しておりません。打撲や浅い斬り傷だけですので、数日安静にしていれば治るかと。逆に未熟な子供に治癒魔法を使用すると、自己治癒能力が落ちる可能性がございます。塗り薬での治療が適切かと」


「そうか。では、グレイスの治療はハンナに任せよう。皆の者、グレイスを安静にしてやるために、ここは退室するとしよう」


 そう言って父上は部屋から出て行き、続いてギルベルトもこちらに会釈をして、部屋から出て行った。


 アルフォンスとリリエットは、こちらに心配そうな目を向けながらも、続いて部屋から去って行った。

 

 後に残ったのは治療を続けるハンナと、ベッド脇の椅子に腰かけたアリアだけだ。


 僕はアリアに笑みを浮かべ、声を掛ける。


「もう夜だし、アリアも部屋に帰って休んだらどうだ?」


「いやですわ。わたくしは、ここにいます」


 そう言ってアリアは涙目のまま、僕の手をギュッと握ってくる。


 そして彼女は俯きながら、口を開いた。


「わたくし、最近、嫌な夢ばかり見るんです。お兄様が、何処かに行ってしまわれるような、嫌な夢ですわ」


「僕は何処にも行かないよ、アリア。母上と約束したんだ。アリアを幸せにするって」


「だったら……!!」


 アリアは顔を上げて頬をリンゴのように真っ赤にする。


 そしてパクパクと口を開いては閉じを繰り返すと、視線を下方に逸らし、ポソリと呟いた。


「……だったら、約束してくださいまし。お兄様は、わたくしとずーっと、一緒に居てくださると。わたくしの一番の幸せは、お兄様と一緒に居ることですから」


「勿論、約束するよ。僕はずっとアリアと一緒だ」


 そう言って僕はアリアと指切りを交わすのだった。




 



 リリエット誘拐事件の騒動から、一週間後。


 早朝、午前7時。


 薬のおかげか、僕の怪我は殆ど治っていた。


 ハンナに朝の身支度を整えて貰った後、僕は、廊下を歩いていた。


 その時、ヒュンという、風を切る音が聞こえてきた。


 何だろうと音が聞こえてきた方向―――1階の、普段稽古場として使っている中庭に顔を出すと、そこには木剣を素振りしているアルフォンスの姿があった。


 僕はその姿に、思わず驚きの声を溢してしまう。


「え……?」


 アルフォンスが剣を振るその姿は、以前までの彼とは違っていた。


 真剣に前を見据え、上段の剣を振り降ろすその様は、剣士としての風格を漂わせている。


 声を掛けられずに固まっていると、アルフォンスの目が僕と合った。


 すると彼は素振りを止め、先程までの精悍な顔つきではなくなり、こちらに明るい笑顔を見せてくる。


「グレイス君! 怪我はもう治ったの!?」


「あ、あぁ。そんなことよりも、アルフォンス、お前……自ら進んで剣の素振りを? 前は剣を見るだけでも嫌がっていたじゃないか? いったいどうしたんだ?」


「僕、今回の件で思ったんだ。大事な人たちを守るためには、力がいるって。僕は、もう、グレイスくんにあんな目に遭って欲しくはない……! 正直に言うけど、怒らないで聞いてね。僕は、本当は、国なんてものはどうでもいいんだ。君とリリエットが笑顔でいてくれたら、それでいい」


「アルフォンス……」


「勿論、君と約束した、共に国を支えるって目標は捨てていないよ。この前、君の指示通りに戦ってみて、分かったんだ。僕は一人じゃただの臆病な弱虫なんだって。だけど、君が一緒に戦ってくれたら、僕は、何処までも強くなれる気がする。こんな僕だけど……僕は……君を守る剣になりたい」


 ヒュゥゥゥと春の風が舞い、中庭に生えている木々の深緑を揺らしていく。


 明確な確信がある。


 僕がこの時の出来事を、未来永劫、忘れないだろうという確信が。


「あぁ。アルフォンス、僕とお前で大切な人たちを守っていこう。僕たちならば、何も不可能はない」


「うん!」


「よし、そうとなったら、組手をするぞ、アルフォンス!」


 僕は壁に立て掛けてある稽古用の木剣を手に取り、アルフォンスの前で構えた。


 そんな僕の姿を見て、アルフォンスは戸惑った様子を見せる。


「だ、駄目だよ、グレイスくん! 傷が開いちゃうよ!」


「いいから、来い、アルフォンス。いくらポテンシャルがあったとしても、剣の技術においてはまだ僕の方が上だ。まだまだ、お前には敗ける気はしないぞ!」


「うぅぅ……! わ、分かったよ! だけど、無理だけはしないでね!」


 こうして僕とアルフォンスは、剣の稽古を行っていった。


 二人で木剣をぶつけ合うのは、とても楽しかった。


 この時が永遠に続けば良いと、そう思うくらいには。






 ――――――その日の深夜。


 午前二時過ぎ。


 僕は、突然、目を覚ました。


「なん……だ、これ……?」


 とてつもなく、喉が渇いている。


 頭がガンガンと痛い。耳の中で、何者かの囁き声が聞こえてくる。


『来い……ここへ来い……』


 僕はベッドから立ち上がると、よろよろとよろめきながら、部屋の外に出た。


 いつもだったら部屋の前に見回りの騎士がいるはずだったが、そこには誰もいなかった。


 廊下は静まり返っており、異様な雰囲気が漂っている。


「なん……だ、この雰囲気……」


 廊下の奥から、不気味な雰囲気を感じる。


 何故か、自然と足が動いて、前へと進んでいく。


 何なんだろう、この感覚は……? まるで、何かに誘いこまれているような……?


 僕はゴクリと唾を飲み込み、そのまま、廊下の奥へと進んで行った。


 そして階段を上り、二階から三階に上がると……王の部屋の前へと辿り着く。


 王の部屋の前に立つと、僕の身体から、何かがスッと抜けていく感覚を覚えた。


 喉の渇きも頭痛もなくなり、囁き声も聞こえなくなる。

 

 我に返った僕は、扉の前で棒立ちになり、キョトンとする。


「あれ? 僕、今、何をしていて――――」


「ぐぬぅぁっ!?」


 部屋の中から父上の呻き声が聞こえてくる。


 僕は慌てて扉を開けて、部屋に入った。

 

「父上!?」


 部屋の中に入ると、山羊の頭蓋骨を被った魔導士が、父上の首を掴み持ち上げていた。


 入り口の傍には父上が落としたであろう、代々の王が持つ剣が落ちていた。


 僕はその剣を手に持ち、魔導士に向けて、声を張り上げる。


「ち、父上から手を離せ! 魔導士!」


「くふふふふ。お前が騎士王の息子、グレイス、か。まんまと誘いの魔法にかかり、ここまで来てくれたか。どうやら魔法に対する耐性は無いとみえる」


「誘いの魔法? いや、それよりもいったい何者だ、貴様は……! どうやってこの城に入った! 何故、父上を……!」


「我が名はハデス。騎士王家を滅ぼす者なり。悪いが王子には我が野望のために、これから地獄を見て貰うとしよう」


 そう口にすると、魔導士は父上を床に落とし、僕に向かって歩いて来た。


 床に横たわった父上はゲホゲホと咳をすると、そんな魔導士の背中に手を伸ばし、大きな声で叫んだ。


「グレイス! 逃げろ!」


「さぁ、どうする、騎士の国の王子よ。父を見捨て無様に逃げるか、その剣を持って私に挑むか」


「父上を見捨てて逃げるわけがないだろう! 僕はこの国の、王子だ!」


「くふふふふふふ。それは、予想通りの答えだ」


 僕は床を蹴り上げ、剣を持って、魔導士に突進する。


 魔導士はただ茫然と立ち、手を広げ、こちらを見つめていた。


 その隙だらけの姿を見て、僕は剣を刺す構えを取った。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「グレイス!」


 ――――――ザシュ。鮮血が舞う。


「え……?」


 その鮮血は、魔導士のものではない。


 その鮮血は、突如目の前に現れた、父上のものだった。


 父上は、僕の剣によって……刺されたのだった。


「ち……父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 僕は倒れかかる父上の身体を抱きかかえると、慌てて口を開いた。


「父上!? な、何故、僕の目の前に!?」


「……この魔導士は、物理攻撃を反射する魔法を発動させている。お前が奴を斬ったら、斬撃が跳ね返り、お前は……死んでいた」


「!? 僕を庇った、というのですか!? そ、そんな……!!」


 動揺する僕の背後に、魔導士が不気味な笑い声を上げて近付いて来る。


「くふふふふふふ。どちらに転んでも良かったが、予想通り、自分の子供を庇う道を選んだか……騎士王よ。予想していたこととはいえ、何とも呆気ない結末だな」


「ゼェゼェ……ハデス、貴様、その出で立ちを見るに帝国の者だな……! 我が王国を帝国の領土にするつもりか!?」


「さて。死にゆく貴様には関係のないことだ。死ね―――【デス】」


 ハデスと名乗った魔導士は手のひらの上に黒い球体の渦……闇属性の魔法を発動させると、それを、父上へと投げてきた。


 それに直撃した父は、口から血を吐き出し……顔を青白くさせていく。


「ち、父上!? 父上ーっ!?」


「くふふふふふふふ。騎士王は死んだ。これで全ての準備は整った」


「き、貴様ぁぁぁぁ!! ハデス―――ッッ!!!!」


「残念だが、お前の相手をしてやるつもりはない。お前の未来はとうに決まっている。お前は何もできずに、ただ全てを奪われ――無様に死んでいくが良い。【転移】」


 魔法を唱えると、ハデスの姿は瞬く間に消えていった。


 それと同時に、扉をバンと開け、部屋の中にガストンと数人の騎士が姿を現した。


 ガストンは僕を指さすと、大きな声で口を開く。


「見よ! グレイスは王を殺した! 騎士ども、今すぐ奴をひっ捕らえよ! 奴は王殺しの対罪人である!!!!」


「は……?」


 僕は改めて今の状況を確認する。


 僕は血だらけの剣を手に持ち、その剣の切っ先は、抱きかかえている父上の腹部に刺さっている。


 僕は事情を説明すべく、慌てて、ガストンと騎士たちに声を放った。


「ま、待ってくれ! 僕は父上を殺してなどいない! 今、そこに、父上を襲っていた魔導士がいたんだ! 奴を倒そうとして、僕は―――」


「言い訳など見苦しいぞ、グレイス!! この状況を見れば、どう考えても貴様が王を殺したことは明白だろう!! 見よ、ここにいる騎士たちの顔を!!」


「え?」


 ガストンの背後に立つ騎士たちは、信じられないものを見るような顔で、僕と父上の遺体を見つめていた。


 今まで僕に向けていた親愛の目とは違う。彼らは、この光景を見て、疑問を抱いている様子だった。


「な、何で、そんな目で僕を見るんだ……? 僕が父上を殺すはずなどないだろう!!」


「グレイス! お前は表では周囲に良い顔をしているが、その根にあるのは、邪悪な心だ! 王位を簒奪するために父を手に掛け、その後、自分の思い通りに国を動かそうとしたのだろうが……このガストンには全てお見通しだったぞ!! お前が善人の面を被った、悪しき者だということがな!!」


 いったい……いったい、ガストンは何を言っているんだ?


 僕が、王位を簒奪するために父上を手に掛けた? 


 わけが、訳が分からない……!


「ふざけたことを言うな、ガストン! そんなことよりも、早くハデスという魔導士を追ってくれ!! 父上を殺した魔導士は、きっとまだこの近くにいるはず―――」


「黙れ、悪魔めが! 騎士たちよ! 奴を地下牢へと連れて行け! 亡き陛下の思いは、このガストンが受け継ぐ!」


「はっ!」


 騎士たちが、僕の腕を掴み、立ち上がらせる。


 そして僕の手を縄で縛ると、そのまま部屋の外へと連行していった。


「ま、待ってよ。お、おかしいだろ、こんなの。何で僕が……」


 ガストンとすれ違う間際。


 奴は一瞬、僕に笑みを見せてきた。


 その顔を見て、僕は、あることに気付く。


 あまりにもタイミングが良すぎたガストンの登場。


 ハデスという名の魔導士が頻りに使っていた、予想通りという言葉。


 まさか……まさか、こいつら、裏で繋がっていて―――。


「ガストン、お前、何かしたのか!? 僕と父上を裏切ったというのか!?」


 廊下の奥を進み、騎士に連行される僕。


 いくら叫ぼうとも、ガストンは言葉を発しない。


「答えろ、ガストン!! お前が―――全て仕組んだことなのかぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 僕は、騎士に両腕を押さえられ、そのまま地下牢へと連れて行かれるのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第6話を読んでくださってありがとうございました。

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