幼年期編 第5話 グレイス、軍師の才能を覚醒させる。


 まっすぐと中段に剣を構える。


 目の前にいるのは、肩に剣を乗せ、後ろ髪を結んだ大男――エイリーク。


 向き合ってみてはっきりと分かる。


 彼は、先ほど不意打ちで剣を奪った男とは、明らかにレベルが違うことが。


 鍛えられた無駄のない筋肉に、全身には多くの古傷が残る出で立ち。


 元騎士という言葉からも察するに、彼は間違いなく、戦場を知っている者だろう。


「王子。俺はな、元々、王領とフレーベル領の橋を守衛していた騎士だったんだ」


 そう言ってポンポンと剣の背で肩を叩くと、男はニヒルな笑みを浮かべた。


「俺は騎士だった頃、ある小遣い稼ぎをしていてな。それは犯罪組織の連中から賄賂を貰って、奴らが橋を渡るのを見逃すっていう、簡単なお仕事だった。だが、ひょんなことからそれが騎士王ガイゼリオンにバレちまってなぁ。奴に騎士位を剥奪されちまったんだ。だから、俺は、お前の父親には恨みしかねぇのさ」


 どう考えてもそれは自業自得だと思うのだが……。


 いや、そんなことを今この男に口にしても意味はない、か。


 彼はその鬱憤を、僕にぶつけて晴らしたいだけなのだろうからな。


「さぁて、騎士王の息子がどれほどのものか、お手並み拝見だ。かかってこいよ、王子様」


 僕は剣を構えると、そのままエイリークと名乗った大男に斬りかかった。


 しかし彼は、その剣を軽やかに避けると、僕の顔面を殴りつけてきた。


「ぐはっ!」


 ボタボタと鼻血を流しながら、僕はよろめく。


 そんな僕に、エイリークは、続けて拳や蹴りを放ってきた。


「はははははははは!! 良いサンドバッグだぜ、王子様ぁ!!!!」


 抵抗することができずに、ボコボコに殴られてしまう。


 そんな僕の姿を見て、リリエットとアルフォンスが悲鳴上げた。


「グレイス!!」「グレイスくん!!」


 くそ、流石に子供と大人じゃリーチが違い過ぎるな。手も足も出ない。


 だけど、僕は、殴られながらも常にエイリークの動きをつぶさに観察していく。


 僕の武器は、剣じゃない。先日父上が言っていた通りに、僕の武器は……頭だ。


 考えるんだ。あいつを倒すまでの、道のりを……! 弱点を……!


 その癖を! その戦い方を! 全て完璧に観察してみせる!


(ん? 左脚……?)


 エイリークは攻撃をする時、何故か、左脚を庇うように動いていた。


 あれは、もしかして……?


「何をボサッとしていやがる、王子」


 僕は再びエイリークに殴られ、口から血を吐き出すのだった。





「はぁはぁ……!!」


 僕は額から流れてくる血を拭い、剣を構え、エイリークを睨み付ける。


 リリエットの開放を賭けた決闘を初めて、十分後。


 僕は未だに、エイリークにかすり傷一つすら与えられずにいた。


 何度も剣を振っては避けられ、カウンターで拳や蹴りを食らわせられてしまう。


 全身青痣だらけで、目の上にはたんこぶができ、鼻からはボタボタと血が流れ落ちていく。


 立っているのもやっとの状態だ。よく十分も殴られ続けて意識を保つことができたものだと、自分でも驚く。


(なるほど、よく分かった)


 何度も攻防を繰り返すことで、ひとつ、理解できたことがある。


 それは、僕では、彼には絶対に勝てないということだ。


 子供だからという理由もあるが、勿論、それだけじゃない。


 単純明快な理由だ。僕は元々、武芸に秀でた剣士の器ではないからだ。


 僕の身体能力と腕力では、彼の攻撃を捌ききることはできない。


 くそ! 僕にもっと剣の才能があれば……っ!!


 勝利への道筋は見えてはいるが、その道を作るためのピースが足りなてい……!!


(だけど、絶対に敗けてなるものか! 今、戦えるのは、僕しかいないのだから……!)


 僕は、足を一歩前に出し、エイリークに向かって斬り掛かった。


「おっと! そんな単調な攻撃じゃ永遠に当たらないぜ、王子様! これで何度目だぁ?」


 エイリークはその剣を簡単に避けてみせ、僕の腹に蹴りを放った。


 僕はその蹴りに吹き飛ばされ、アルフォンスが立つ横の壁へと激突する。


 その後、カハッと血を吐き出し、僕は地面に倒れ伏す。


 すぐに起き上がろうとするが……思うように足が動かせない。


「この、動け! 動け! お前はそれでも騎士王の息子か! ここで動かなくて、どうするというんだ!!」


 僕は血だらけの拳で、何度も自分の太腿を殴りつける。


 そんな僕の姿を見て、リリエットは泣き声を上げた。


「もうやめて……やめてよぉ、グレイスぅ……! あたしのことはいいから、逃げて……っ!!」


 やめるものか。僕は王の息子だ。この程度で折れてなるものか……!


「ぐすっ、ひっぐ、グレイスくん……」


 アルフォンスは倒れる僕の背中を支え抱き起すと、泣きながら口を開いた。


「もういいよ、グレイスくん! 助けを呼んで来ようよ! 君がここまでする理由はないよ!! 大人に任せよう!!」


「はぁはぁ……そうしたら、あいつら、リリエットを連れて何処か別の場所に逃げるに決まっているだろ!! 僕は、騎士王の息子だ……こんなところで逃げるわけには、いかない……!!」


 目の前に落ちた剣を拾おうと、手を伸ばす。


 だが、アルフォンスが先んじてその剣を取り、僕の前に立った。


「アルフォンス!?」


「グ、グレイスくんが傷付く必要は、も、もう、ない! こ、今度は僕が相手だ!」


 足をガクガクと震わせて、アルフォンスは顔をクシャクシャにしながら、エイリークに剣を構える。


 そんなアルフォンスの姿を見て、周囲にいるゴロツキたちは馬鹿にするように笑い、エイリークは呆れたようにため息を吐いた。


「そんなへっぴり腰で、俺様と戦おうってか? 今にも逃げ出したいって面だぜ? さっさとその王子置いて何処かに消えちまいな、クソガキ。俺はお前には興味はねぇ。俺はただ王子様を痛めつけて鬱憤を晴らしたいだけだ」


「う、うるさい! 絶対に、絶対に……僕は、逃げないぞ!!!!!」


 身体を小刻みに揺らしながら、そう声を張り上げるアルフォンス。


 僕はそんなアルフォンスの姿を見て笑みを浮かべると、何とか立ち上がり、アルフォンスの耳元に小さな声で話しかけた。


「良いか、アルフォンス。僕が保証する。お前は、強い」


「強くなんかないよぉ、グレイスくん! い、今だって、足がガクガクで……」


「お前は、自分をどんな存在だと思っている?」


「え? ぼ、僕? 僕は……情けなくて弱虫で臆病者で……元騎士団長の孫なのに、剣の才能がない、落ちこぼれだと思っているよ……」


「だったら、この僕は、お前にとってどんな人間に見える?」


「グレイスくんは、勇敢で、いつも自信満々で、剣の腕もあって……僕とは正反対の人間だよ」


「お前がそう思っている僕が、お前を強いと言っているんだ。僕を信じろ。お前が勇気を持てないというのなら……僕がお前に翼を与えてやる。僕は幼い頃から、お前が本当は誰よりも才能を持った、強い騎士ということを知っている」


「え……?」


「僕の言う通りに剣を振ってみろ。いいな? 奴の左脚には、恐らく……」


 そう言って、僕はアルフォンスに、ある作戦を話した。





「さて、作戦会議は終わったか?」


 アルフォンスは僕との会話を終えると、前に出て、エイリークと対峙した。


 エイリークは大きく欠伸をして、気怠げな様子でアルフォンスを見下ろす。


 アルフォンスはガクガクと肩を震わせていて、今にも泣き出しそうな様子だった。


 僕はそんな彼の背後で壁に背を預け、血だらけのまま、アルフォンスの背中を見つめる。


「いけ、アルフォンス。お前は強い、最強だ! 思いっきり剣を振れ!!」


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 アルフォンスは泣き叫びながら、大振りに剣を振る。


 避ける必要もないと考えたのだろう。エイリークはつまらなそうな様子で、剣を横に構えてその剣を受けた。


 だが――――――。


「!? ぬぉっ!?」


 アルフォンスが振った剣のその重さに、エイリークは後方へと押しやられる。


「次は背後に跳べ、アルフォンス」


 僕のその言葉に従い、アルフォンスは後方へと下がる。


 すると彼の目の前を、蹴りが通って行った。


「なっ……!?」


「次は、がむしゃらに剣を振れ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 無我夢中に剣を振るアルフォンス。


 それは、傍目から見れば、ただ子供が不格好に剣を振っているだけにしか見えないものだろう。


 だが、それで構わない。子供が適当に振り回した剣だったら脅威にすらならないだろうが、アルフォンスは違う。


 アルフォンスの持つ力、その腕力は、子供のそれではないからだ。


「くっ!」


 エイリークはアルフォンスの剣を自身の剣に当てて防いでいくが、その重い一撃に、手首を痛めたようだった。


 彼は一歩後方へと下がると、自分の手首に手を当て、苦悶の表情を浮かべる。


「こ、このガキ……! 子供の癖に、なんてパワーをしていやがる……!!」


「今だ! 剣を横に振れ、アルフォンス!!」


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アルフォンスが横に振った剣が、エイリークの胸を浅く斬りつけた。


 エイリークはその光景に目を見開いて驚き、アルフォンスはただ唖然としていた。


「ぼ、僕が……あの大男に、一撃を加えることができた……!?」


「て……てんめぇ……!」


「や、約束だよ! これで、リリエットを開放して……」


「もうそんな約束なんざ知るか、クソガキが!! てめぇみたいなただのガキに傷を付けられたなんて、俺は……認めねぇ!! 絶対に、認めねぇぞ!!」


 エイリークは剣を構え、アルフォンスに向かって走って行く。


 アルフォンスは「ひぃぃ」とか細い声を漏らすが、僕は彼に声を掛けた。


「アルフォンス、恐れるな! 前を向け! 僕とお前の前に、敵はいない!! 僕が知略で、お前が武でこの国を変える!! そう約束しただろう!!」


「……そうだよ。うん、そうだよ、グレイスくん!! 次の命令を出してくれ!!」


「右に逸れろ!!」


 エイリークの身体の動きを見て、一手先の攻撃を読み、アルフォンスに回避を命じる。


 自分の剣が避けられたその光景を見た後、エイリークは続けて剣を振る。


「次は袈裟斬りが来る! 屈め!」


 慌てて屈んだアルフォンスの頭上を、剣閃が通っていく。


「すぐに立ち上がって、後方へと下がれ! 次は脳天を狙った上段の一撃が来る!」


 アルフォンスは即座に立ち上がると、後方へと下がった。


「次は下方から右に斬る、右切り上げが来る! 剣を横にして防げ!」


 カンと剣を横にして、エイリークの剣を防ぐアルフォンス。


 その後もエイリークが何度剣を振ろうが、アルフォンスは全て防いでみせた。


 ゼェゼェと荒く息を吐き、エイリークはアルフォンスではなく、その向こう側にいる僕を睨み付けた。


「な、なるほど。よく理解した。真に恐ろしいのはこのガキじゃねぇ……あの王子か……! あの王子、俺との戦いを通して、こちらの動きを完璧に学んでいやがる! なんつー洞察力と記憶力をしていやがる、あのガキ……!」


 人間が剣を振る時の動作には、必ず、予備動作がある。

 

 さっき散々痛めつけられたおかげか、何となく、あの男の動きが足の向きと視線で分かるようになっていた。


 エイリークは大きく息を吐いた後、再び開口する。


「仕組みはよく分かった! 腕力と身体能力がずば抜けているこのガキに王子が命令を出して、俺の攻撃を全て回避させているってわけだな……! くそっ、俺は元騎士様だぞ!? 何でガキ二人にいいようにやられてんだ!!」


 エイリークはアルフォンスではなく、今度は標的を僕に変え、突進してくる。


 だが、そのような行動パターンを取ることも、勿論、読めている。


 いや、むしろその行動に至るまでの道を、僕は求めていた。


「アルフォンス! 左脚だ!!」


 僕の掛け声に、アルフォンスはエイリークの左脚に蹴りを放った。


 すると、その瞬間。


 大男は子供の蹴りでグラリと、よろめいた。


 そしてドシンと前のめりに地面へと倒れ込む。


 やはり、左脚に古傷を負っていたか。


 何度も戦って、相手の動きを粒さに観察していた甲斐はあったようだな。


「アルフォンス! トドメだ! やれ!」


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 アルフォンスは刃の付いていない剣の表側で、倒れたエイリークの頭を何度も叩いていった。


 優しいアルフォンスのことだから、人の命を奪いはしないと思ったが……なるほど、剣の腹で殴って気絶させる気か。


 ガンガンと何度も叩かれ後頭部にたんこぶができたエイリークは、意識を失い、白目になって、その場で気絶していった。


 そんな彼の様子を見て、ゼェゼェと荒く息を吐くと、アルフォンスは振り返り、泣きそうな顔を見せてくる。


「やったよ……やったよ! グレイスくん!」


「あぁ、よくやった、アルフォンス。だが……」


 周囲でこちらを大人しく見ていたエイリークの部下……四人のゴロツキたちは、じりじりとこちらに近寄ってくる。


 その顔には先程まで見せていた、僕たちを嘲笑していた様子はなく。


 彼らは、僕とアルフォンスを、完全に敵とみなしていた。


「よ、よくもエイリークのお頭を……!」


「このガキども! ぶっ殺してやる!」


 腰の鞘から剣を抜き、近寄ってくるゴロツキたち。


 くそ、流石に四対一では、負傷した僕とアルフォンスでは厳しいな……!


 どうしたものか……!


「だけど、アルフォンスが切り開いてくれた道だ! ここで逃げる選択肢はない!」


 僕は痛む身体を持ち上げ、アルフォンスの背後に立った。


 背中合わせになった僕の姿を見て、アルフォンスは剣を構える。


「グレイスくん。君と一緒なら、僕はどんなことだって乗り越えられる気がするよ!」


「あぁ、僕もだ、アルフォンス! 二人なら、きっと―――」


「そこまでだ!」


 その時。背後にあった扉が開き、酒場の中に、七人程の騎士を引き連れたギルベルトが姿を現した。


 ギルベルトは手を上げると、部下の騎士に命令を出す。


「彼奴等を捕らえ、殿下とリリエット様を救出せよ!」


「「「はっ!!!!」」」


 騎士たちは一斉に酒場に居るゴロツキどもを捕まえて行く。


 その光景をアルフォンスと共にポカンと見つめていると、ギルベルトが、僕たちの元へと近寄ってきた。


 そして彼は、僕たち二人をギュッと、抱きしめて来る。


「こんなに無理をして……! いったい何をなさっているのですか、殿下! アルフォンス!」


 ギルベルトに抱きしめられたことで、一気に安心感が産まれて、身体に力が入らなくなる。


 アルフォンスも緊張が解けたのか……大声で泣き喚いていた。


 はは、アルフォンスには随分と無理をさせてしまったな。


 だけど、やっぱり、あいつは……誰よりも信頼できて、誰よりも強い騎士だ。


 僕の騎士になるのは、やはり、お前しか……いな……い。


「……殿下? 殿下!?」


 ギルベルトが心配そうにこちらを覗き込んでくる。


 だけど、僕の身体はもう、限界のようだ。


 徐々に目が閉じていく。


「グレイスくん!?」


「グレイス!? ちょ、ちょっと、大丈夫なの!?」


 今度はアルフォンスと、拘束を解かれたのかリリエットの顔が視界に映る。


 心配そうな顔でこちらを覗き込む三人の顔を視界に残し、僕は、そのまま意識を手放した。





    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 深夜、アグランテ家の屋敷 ガストンの自室。


 ガストンは目の前に立つ従者の男に、苛立った様子を見せた。

 

「何!? リリエットを攫うことに失敗しただと!? 貴様、いったい何をやっておるのだ!!」


「ひぃ、も、申し訳ございません、ガストン様! ガストン様の言う通り、スラム街にいるならず者たちを雇ってリリエット様を攫わせましたが……突如騎士たちが介入したようで、誘拐は失敗に終わってしまいました!! も、申し訳ございません!!」


「スラムのドブネズミどもが口を割れば、王族としてのオレの立ち位置が危うくなるのだぞ!! オレの完璧に策略を失敗に終わらせおって!! 貴様には後で痛い目を見て貰うとしよう!! 下がれ!!」

 

 ガストンのその言葉に従者は絶望した様子を見せながら、部屋を出て行った。


 その後、ガストンはソファーに座り、貧乏ゆすりをしながら「チッ」と舌打ちをする。


「オレが考える限りの、最善策だったのだが……まさか失敗に終わってしまうとはな。何故、オレの周りには無能しかいないのだ!! クソッ!!」


「……くふふふふ。どうやらガストン様の策は、失敗に終わったようですな」


 その時。部屋の中にあった暖炉の影から、山羊の頭蓋骨を被った魔導士の姿が現した。


 そんな魔導士の姿を見たガストンは、眉間に皺を寄せる。


「ハデスか……! また何処から侵入してきたのだ、貴様は……!」


「くふふふふ。ガストン様。以前にも申し上げた通り、貴方様が取るべき策は一つだけです。王位を奪い、リリエットを手に入れるには、我が策を取るしかないのですよ。これでようやくお分かりになられたでしょう?」


「い、いや、しかし……貴様の策は、失敗した時のリスクがあまりにも大きすぎる。下手したら、オレの命も危うくなるのだぞ!? 見ず知らずの貴様に我が命を預ける程、オレは酔狂では……」


「ですが、貴方様には最早、猶予はないはず。自らの手でリリエットを攫うことに失敗した今、スラムのゴロツキどもが口を割れば、貴方は王族の位を剥奪される可能性もある。今更平民の暮らしをするのは、耐えられないでしょう? 好きな食べ物も、食べられなくなりますよ?」


 ガストンはテーブルの上の皿にあるクッキーの山を見つめ、苦悶の表情を浮かべる。


「うぅ……うぅぅぅ……!」


「貴方が進むべき道は、賭けに出ることだけです。全てを手に入れるか、全てを失うのか。くふふふ。ご安心めされよ。このハデスの策に、失敗はない」


 そう言って「くふふふふ」と一頻り不気味に笑った後。


 ハデスは背後を振り返り、窓の向こうに浮かぶ満月を見つめる。


 そして、ポソリと、ガストンに聞こえない声量で静かに呟いた。


「……どうやら憎き騎士王の息子は、想像したよりも優秀のようだな。血は争えない、ということか」


 窓のガラスに反射した黒魔導士の顔。


 山羊の頭蓋骨の目の穴の隙間……そこからは紅い瞳がギラリと、輝きを放っていた。

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