第37話

 やがてダクトから聞こえる音は、ガス漏れの音と警報のみとなった。


 周りは海、そして錆びたコンテナ群。遠くにZ市の夜景が煌々と光り輝いている。


「葉子、俺は……俺は、」


 心が壊れていく。


 もともと歪んでしまった生きる意味が、この事件をきっかけにさらに歪んでしまった。


 出荷寸前のハネを大量に手に入れたのも、この後の浄の行動を加速させた。


 実際ハネはよく効いた。


 静脈注射で摂取するものであるが、間違えて筋肉に打つと激痛が走る。それでも失敗を何度か経験しながら繰り返すうち、血管を見ずに打つことができるようになった。寝ず、食わず、痛まず。視覚も聴力も嗅覚も味覚も研ぎ澄まされ、筋力が増した。そうした力を得る反動か、薬効が切れたときの副作用は誤射した時の比ではない苦しみがあった。


 はやく目的を果たし亡妻の許へ旅立つのだ。


 目的を。


 憎き息子を、


 天城の息子が死んだ。


 夜の街で刺されて死んだ。


 刺した男は街のチンピラ風情で、喧嘩を売られたから買っただけだと取り調べで嘯いたという。



 大きなカラスが街を飛ぶ。


 嘆いて泣いて闇から闇へ。


 あれは復讐鬼。


 黒い修羅。

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