第35話

「なるほど」


 浄は男の頸動脈のあたりを見つめた。赤黒くなった注射痕が見て取れた。


 つまりはここで精製している薬を、男は使用しているのだ。脳の覚醒と過度の疲労回復、そして多幸感が主な効果のようだが、当然痛みにも鈍感になるはずだ。


 浄は跳ぶように男に近づき、男の両耳の穴を両手で挟みこむようにして叩いた。内耳に急激に加えられた圧迫は簡単に男の三半規管を狂わせた。しかしもとが薬物中毒、みずからのバランス感覚が崩れていることに気づきはしない。浄はそのまま沈み込むと男の両足を蟹挟みにして転ばせ、その顎を砕き割った。


 いくつかのドアが開け放たれ、自動小銃を構えた男たちが押し寄せてきた。十人はいるだろうか。そのための準備はすでに終えている。浄は三本のワイヤーのひとつを引いた。ワイヤーにつながれたバルブの開閉レバーが開放され、余剰の庄がかかる。


 破裂。


 高温のガスがそこかしこから噴霧された。辛うじて逃れた一団に追い打ちをかけるように二本目、三本目とワイヤーを引いた。混乱に混乱を重ねるのだ。


 浄は物陰から飛び出した。目の前に木箱に並べられた薬瓶がある。浄は一度は立ち去りかけて足を止めた。一度大きく息をして、薬を奪えるだけ奪い、侵入した道を引き返して地上に出た。すぐさまコンテナ内のマンホールへ走り、蓋を密閉した。ほかに出入り口があるかどうか、それはわからない。

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