第32話

 主人の云うとおり赤い看板にトンボの絵。ただ店の前には、目つきの悪い男が門番のように立っていた。浄が店に入ろうとすると誰の紹介かと問われた。誰にも紹介されてないと答えると口調だけは丁寧に追い返された。


 浄は張ることにした。


 張り込みを開始して二週間目の深夜、それらしき客を確認することができた。


 次は、いったいどこから店に薬を運んでいるのか。また浄の忍耐が試されるわけだが、陸自のレンジャー部隊出身である、街中での張り込みなど屁でもない。近くにはコンビニもあり、空腹を満たすのに野生動物を獲る必要もなければ、水分を得るのに蛇の血を吸う必要もない。


 漁港のそばのコンテナ置き場に、ハネの密造工場があることがわかった。


 浄は装備を整え、工場に向かった。


 街灯のない暗闇の中、浄はすいすいとコンテナ群を飛ぶように駆け抜けていく。


 コンテナのひとつが底が抜けており、蓋のずれたマンホールから明かりが漏れていた。が、素直にそこから侵入を試みるわけもない。


 地下にある施設ならば必ず通気口があるはずだ。浄はあたりを探した。


 四十センチ四方のダクトが見つかる。はたしてこの通気口がうまいこと密造基地につながっているのか、はたまた人がはいって平気なものなのかそれはわからない。


 浄は躊躇しない。ここで躊躇するようならば、はなからこのような馬鹿げた真似はしていない。


 浄は通風ダクトに身体を潜り込ませた。


 ダクトの曲がり方いかんでは、途中で身動きが取れなくなる可能性もある。その場合、見つけられなければ死、見つけられても死であろう。

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