第30話

「ハネという薬を知ってるか?」


 客は浄以外いない。


 酒の趣味もいいし、料理はうまい。店の中も落ち着いていて、調度もセンスがいい。主人もいい女である。


「はい。最近では街の若い子が手を出しはじめて、警察も対策を練っているとか」


「普通に街で売ってるのか?」


「そうですねえ。それほど高いわけでもないようで」


「どこで手に入る?」


 浄は豚肉にかぶりついた。ことりと皿の前に黒コショウが置かれた。味が薄いと思っていたところだった。


「粒マスタードはないのか」


「生憎」


「それで、どこで手に入れられる?」


 浄は皿を見もせずにコショウをかけた。


「公園通り、ご存知?」


「当然だ」


 そこはZ市が歪な発展を遂げる以前から存在していた通りなのだが、往時かっぱらい横丁と呼ばれていた飲み屋街だったところだ。

 その昔、薄汚い立ち飲み屋が軒を連ねた通りで、そこで正体なくすまで酔った客がよくかっぱらいに遭うことからそんな名がついた。市はその通称を嫌い、道路拡幅のためと大義を押し立て飲み屋を追い出し、歩道に街路樹を植え、サイクリングロードを併設し、要所要所にベンチを設置した。見た目が公園のようなので公園通りと通称がついたが、本来はもっと違う名称があったはずだ。


「その通りにあるカフェは知ってます? キッシュがおいしいお店なのですけど」


 主人はカウンター内のスツールに腰かけ、置いていた眼鏡をかけた。


 赤い口紅に眼鏡姿はなんだか婀娜っぽい。吸うたばこもどこで売っているのか矢鱈に細い。


「店の名前は?」

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