第23話

 浄は身体を鍛えることに執心している。


 あの夜、自分のしたことが善悪そのどちらかであるか考えることを棚上げにしたまま。


 鍛えている。


 世の中の屑にふさわしい贈り物をするために。


 あの夜、浄はそう決めた。どうしてそう決めたのか。それには当然、悪行を為しながらのうのうと生きる天城の息子の存在が大きい。


 市井の悪を懲らすのはその代用復讐であり、いつかくるその時のための予行練習でもある。


「懲悪。俺が」


 葉子は嘆き悲しむだろう。悪云々ではなく、危険な道に進もうとしている浄を心配して。そんなこともわかっている。


 ともすれば光を見失う弱い自分に道筋をつけなくてはならない。明日を迎える意味を与えねばならない。


 葉子に見られるのが嫌で、浄は部屋に飾っていた写真をすべて片付けた。


 簡素なパイプベッド。遮光カーテン。チーク材の丸椅子。家では食事はとらない、水ばかり飲む。


 まるで自殺者の深奥を覗いているかのような殺風景な部屋。酷く寒々しい。


 懸念はなかったが、浄のもとに警察の訪問なかった。どうせ捜査に本腰を入れてなどいないのだ。浄はそう思っている。低層民が被害に遭った事件などそんなものだ。Z市警察は、市の急成長に、増加する犯罪にいまだ対応できていない。


 だから、と浄は思う。


 だから俺が悪党を退治してくれる。

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