第20話
女は黒目にほんの幽かに愁いをのぞかせ、またお越しくださいねと小さく云うも、その声は酔客の声にかき消されてしまった。
帰り道、浄は空き地の前を通ってみた。いくつかのテントと、大きなトレーラートラックが停車しているのが見えた。まるで大型獣が蹲っているかのような姿だ。
日本の景色にサーカス団は馴染まない。
サーカス自体は好きでも嫌いでもない。動物を見るのは好きだが、浄は連続しているはずの自分の過去に、強烈な断絶を覚えている。それは当然、葉子を亡くしたあの日に生じた底の見えない深い淵。一度は落ちてしまおうかと思った亀裂のせいだ。
夜にカラスが啼く。
そんなものかと思う。
自宅までの近道に公園を突っ切ることにする。その公園も天城の寄贈で造成されたものだ。
公衆便所の蛍光灯の不健康そうな明かりを傍目に、速足で進む。あまりのんびり歩いていると陰間に誘われる。ここはそういう場所でもあった。
べしゃりと湿った音がした。なにかの悲鳴のような声も聞こえた。
浄は足を止める。時計を見ると深夜。長居したつもりはないが、随分と飲み屋に居座っていたようだ。
浄は音のしたほうに顔を向けた。
外灯に照らされたブランコが見える。その向こうには生垣。その生垣が揺れたように見えた。躊躇なく浄は近づいた。
黒い小さなかたまりがある。
黒い染みが地面に広がっている。
首のない猫の死骸。
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