第19話


 浄は奥の席に身を落とすように座った。


「なにか作ってくれないか」


 女は目だけで返事をして、あれこれ支度をはじめた。形のいい眉と、わずか垂れた眦。眉と目の間が少し離れているのが薄幸そうな印象を与える。


 まともな食事をとりたくなると、浄はここを訪れる。


「黒住さん、ご存知? 駅前にあった市営体育館の跡地にサーカスが来るのですって」


 浄は生返事をして水を飲む。サーカスなど興味はない。しかし思い返せば、街中を宣伝のためのトレーラートラックが走っていた気もする。


 出てきたのは、バターをたっぷり使った真っ赤なナポリタンだった。


 浄は飯を食うことで、少しだけ人間としての輪郭を取り戻すことができた。


 酒も飲まずに手元を見つめたり天井を眺めたりしているうち、ぽつりぽつりと客が増えてきた。浄は席を立った。飲んでいたグラスの下にくたびれた紙幣を挟む。


「お帰り?」


 浄は無言でうなずいた。

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