第14話
ついさきほどまで死んでしまおうかと考えていた男が、今は強く死にたくないと思っている。いや、殺されるのはごめんだと拒んでいる。おののいている。
「今夜は急患や容態の急変が多いようで看護師はたいへん忙しそうにしている。はやく気づいてもらえるといいですね」
そう云い残して男は、恕有のベッドから離れ、病室をあとにした。
バタバタと廊下を行き来する足音。
呼吸補助の機械が停止しているのだから、何らかの警報は看護師の詰め所に流れているはずだが、そこに思いいたるほどの余裕は浄にはない。徐々に死に近づく恐怖だけが肥大していく。
どれだけ力を込めても身体は一切動かない。
眼球にのみ血液がたまる。それでも力を込めていると、喉が鳴って、肺の奥から粘ついた泡沫がせりあがってきた。
頭の芯に霞がかかっていくのがわかる。嗚呼なんとつまらない死に方だろう。
これが界隈最大の権力を持つ者に抗った報いか。
葉子、葉子と浄は妻の名を呼ぶ。心の中で何度も呼ぶ。
せめてその可憐な像を、愛おしい姿を思い浮かべて黄泉路へ旅立ちたいと願うも、死への恐怖が瞼の裏に寄せるべき形を霧散させる。
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