第10話

 ああ。そこでやっと浄は思い出した。その顔に見覚えがあるのも当然だ、眼前の巨漢は元力士である。


 四股名しこな武岩ぶがん


 まさに武のかたまりといった風情であるが、十両まで記録づくめの高速昇進で世間を賑わせていたのは何年前だったか。それほど熱心に相撲を観ているわけでもない浄あたりでも知っているほどの人物ではある。


「ここは議員天城氏の屋敷」


 みしり。


 いまだ体勢の整っていない浄の真ん前に立つ。足も大きい。


 浄の右手の上に武岩の足が置かれた。推定二百キロはあろうかと思われる体格だ、簡単には抜けない。また、相撲取りという連中は裸足で力比べをする格闘家であり、足の指で地を握ることなど造作もない。


「警察に引き渡すその前に、その身に思い知らせてやろう」


 武岩が力を込める。踏みつけにされた右手の骨が粉砕された。浄は悲鳴を飲み込むので精一杯であった。


 軍靴の足裏で武岩の脛を蹴るも効果なし。蛙の面に小便。そういえば武岩の顔は、現役当時から蛙に似ているといわれていた。


 武岩は浄の足を握ると、そのまま持ち上げ壁に叩きつけた。


 床に落下した浄は息が詰まり、痛みに動くことができない。


 これでも対人格闘には自信がのあるほうだった。


「ほうら」


 武岩は浄の右腕をつかむと、力任せに大きく振った。

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