第5話
やがてその人権派の弁護士とやらが示談金を持参し、浄ひとりには広すぎる中古住宅を訪ねてきた。
示談などするわけもない。浄は自分の理解を超えたその申し出に、笑ってしまった。
妻は殺された。あまつさえそのおなかには子まで宿していた。浄のすべてと云っていいそれらを奪い去った悪行を、たかだか数千万でなかったことになどできない。
浄がそう云うと弁護士は、奥様とお子さんを亡くされた心中は及びもつきませんともはや土下座の体で低頭しつつ、相手が未成年、中学生の少年であることをよく考えてほしいと懇願してきた。
将来のある青少年です、未来を閉ざしてはならない。間違った行いをしてしまったのなら我々おとなが正さねばならない。理不尽と思えようとも、子供はこの国の未来そのものだと訴えた。
どことなく耳にしたことのある御託だが、浄はひたすら復讐のことのみ思い続けた。
「金額に不足がありましょうか」
と云った。たしかに失礼極まりない。
浄は奥歯を食いしばり、怒りを堪えた。
「……二十兆」
「え?」
「妻と子、十兆ずつで二十兆。それだけもらえれば示談に応じましょう」
「なにか理由のある金額なんですか? その十兆……」
「理由なんてないですよ、あるわけない」
剣は苦笑いをし、裁判で戦っても今回以上の金額が得られることはまずないこと、裁判自体長期にわたることで精神的にも金銭的にも過酷であること、そしてやはり若者のみらいを潰してはいけないことをくどくどと説いた。
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