第9話 啓蒙

「ガイガさん、テイトの話を聞かせて」

「いいですよ。花の都テイトいえば文明の香りが色濃く残る帝国劇場・・・」

「テイトの魔を打ち払う準備はどの程度進んでいる?」

 ナァシフォの可愛いおねだりに気分良く語り出そうとしたガイガの口上を遮り強引に質問が捩じ込まれた。

 多くの大人がテイトに抱く希望はこれである。前文明の香りでもなんでもない。魔を払う、切実な願いである。

 はあ~無粋だなとガイガは溜息混じりに思う。料理と酒に舌鼓しつつ楽しい話を少しはしたかったが、まあ仕方ない。

 ガイガはもう一度逃走路をちらっと確認しておいて口を開きだす。

「テイトの連中は人類復古なんて勇ましいことを言ってますがね。現実は現状維持で手一杯、とても全ての魔界を打ち払うなんて夢また夢の夢物語。巷に流れている救世主伝説を信じるのと変わらないですよ」

 ガイガは両手を上げて首を振りつつオーバーアクションを交え如何にも馬鹿馬鹿しいとばかりに言う。

「そんな馬鹿なことがあるか、テイトには科学文明が残っているんだろ?」

「残っている科学文明で魔を打ち払えるのなら、全盛期の科学文明はなんで崩壊したんですかね」

「人類は負けてない。いつか人類の英知は魔を打ち払い大地を取り戻す」

 ガイガの斜に構えた皮肉げな口調にカチンと来た一人が食って掛かる。

「そんなのに期待している内に滅びてしまいますよ。

 悪いことは言わない生き残るために別の道を模索したほうがいいですよ」

 ガイガはそれこそ駄々っ子を言い聞かせるように丁寧に言う。

「もう許せん」

 ガイガをスパイかと疑った時よりも怒りを滾らせた男が立ち上がった。帯剣が許されていたら問答無用で切り掛かっていたであろう。

「よせ。ガイガ殿は魔界を打ち払うのは不可能だと思うのか」

 ジューゴは怒りに立ち上がった男がガイガに殴り掛かろうとする気勢を制した。そしてガイガに迷い子のように尋ねる。

「不可能とは言いません。人類は数々の敵を打ち払ってきた。それこそいつか遠い未来には魔界すら打ち払うかも知れません。魔だって空から堕ちてきたんだ、救世主が現れたって不思議じゃない。

 だがそれを待っている間はどうするんですか?

 まずは生き残らなければ未来はないんですよ」

 最後の台詞だけは今までの飄々とした表情から戦いに挑むサムライのように言い放った。

「我らとて日々必死に生きている。それとも我らが怠惰に過ごしているとでも言うのか」

 ジューゴが怒りを滲ませてガイガに尋ねる。

「そうは言いません。ですがそれではジリ貧です。考え方を少しだけ変えてみませんか?」

 それこそガイガは詐欺師のようにするりと心の隙間に入り込む言葉を言う。

「具体的にどうしろと?」

「魔をもっとよく知ることです。倒すことだけでなくよく知るのです。利用するのです」

「利用だと」

「現にあなた方は魔蟲の甲羅を利用している」

「あれは生きるために仕方なく」

「そう生きるためです。姫様は多少お転婆かも知れませんが、子供達には早い段階から魔界の歩き方を教え、魔界を遠ざるのではなく魔界をもっと身近にするのです。

 そうすれば共生の道だって拓けるかも知れない」

「共生だと。バカを言うなあれは殲滅すべき敵だ」

 この中で最年長だと思われる老人が今まではどこか達観し一歩引いてガイガとのやり取りを聞いていたが、急に沸点に達してガイガに食って掛かってきた。この老人は実は長老衆の一人でこの場にはご意見番として参加していて、本来なら温厚な人物なのである。その人物を持ってしてこの激昂である。

 ギリギリ人類が大地の上を我が物顔で歩いていた栄光の匂いを嗅いでいた世代なのかも知れない。そういった者にとって魔界は不倶戴天決して許すことの出来ない仇なのだろう。

「カメヤマ殿落ちつてください」

「五月蝿い」

 あまりの激昂に周りのものが落ち着かせようとするがカメヤマは聞く耳を持たない。

「もはや魔界が発生してから100年が過ぎ去ろうとしているんですよ。我々人類も意識を改革する時でしょう」

「我々に大地を取り戻すのを諦めろと言うのか」

「あなたの恨みに時代を巻き込まないで欲しいと言っているだけです」

 今の時代も多くの者が魔界によって親しい者を亡くしていて、魔界を敵視するのが普通の感覚である。ただ生まれたときからそういう時代を生きるものには有る種の諦観と覚悟が刻まれ、前時代の人間よりかは恨みの感情は薄い。天災を恨む人間があまりいないのに近い。

「巫山戯るな。子々孫々のために魔を払うことを願って何が悪い」

「時代は魔を払う救世主より魔と共生する調停者を望んでいるのかも知れないんですよ。恨みで視野狭窄に陥ってはいけない。あらゆる可能性を検討すべきで」

「調停者だと。そんなの悪魔崇拝のバカどもの妄言に過ぎん。我等の土地を奪った魔との共存などできるか」

 ヤッカムがカメヤマを押しのけ憤慨したように言う。

 見ればこの場のナァシフォを除く全員が自分を睨み付けている。後一刺しで破裂する寸前である。

「まあそうでしょうな」

 ガイガもこれ以上はまずいと感じたのか引いた。余所者の自分がこの場でどんな御高説を説いたところで皆が賛同して考えを変えてくれるなんて思っていない。ただ小さくても考えの幅を広げるきっかけを与えることが出来れば満足なのである。

「しかしテイトに期待するのはやめたほうがいいのは事実です。今は各国が生き残る術を独自に模索するべきです。そういった意味でも魔界ハンターは重要ですが私はイーセの北の魔界に数日いましたが姫様以外誰にも出会いませんでしたな。魔界市場も何やら寂しげでしたし。もしやイーセには魔界ハンターがいないのですか?」

「そんなこと貴様になんの関係がある。やはりスパイなのか」

「その話は辞めろと言ったぞヤッカム。

 我らは1年半前、大魔界嘯に対抗するためこの地域一帯の国で連合軍を結成して挑んだ。結果は散々、多くの魔界ハンターやサムライを失ってしまった。

 儂の失態だ」

 ジューゴは慙愧の念に耐えないといった風に言う。

「何を言うますか。敗れたとはいえ、大魔界嘯をツ一国に止めたではないですか」

「そうです。ジューゴ殿が連合を提唱してなければ、今頃半島全ての国が魔界に飲み込まれていてもおかしくありませんでした」

「イーセの国も大変だろうに我らツの国の民も受け入れてくれました。感謝しかありません」

 お追従かと思うほど争うように皆口々にジューゴを慰める。その顔に媚は浮かばず心配する気持ちが表れていることからジューゴは主君として慕われているようだ。

「皆、ありがとう。

 ガイガ殿、聞いての通り今イーセは再建中なのだ。数年は耐えねばならない。

 そういった意味で、ナァシフォに聞いたがガイガ殿は優れた魔界ハンターであるそうじゃないか。できればこの国留まって欲しいものだ」

「お言葉は嬉しいですが今の私は一箇所に留まれません」

「ガイガ殿は探求者なのだな。何を求める?」

「人類の可能性」

「そうか」

 ジューゴは目を閉じガイガの言葉を噛みしめる。

「これから西に行くのか?」

 目を開いたジューゴは説得を諦めたのかガイガに目的地を聞く。

「はいキョーを抜けイズモを目指します」

「そうか過酷な旅になるな」

 並の者ならキョーに行くだけで命懸けである。ましてその先に行くなどどれだけの魔界を抜けていかなければならないか想像できない。

「そうでもありませんよ。立ち寄る国々の風土は楽しいものです」

 ガイガは楽しい旅行気分のように言う。

「ガイガ殿イーセの国にいる間は城にいるがいい」

「えっ、いえいやお構いなく。どうにも私は皆さんの評判は芳しくないようですし、明日には町の宿に移りますよ」

「駄目よ。そうだ明日は私が町を案内してあげる」

「えっ」

 あれだけ強面に囲まれても見せなかった本気の焦りの顔がガイガに浮かぶ。

「イーセにはいい所が一杯あるんだから」

「姫、そんな得体のしれない男と一緒などなりません」

 シトヤがナァシフォを諫める。従者として当然の反応である。

「ガイガさんは立派な魔界ハンターよ。いつからイーセは魔界ハンターへの敬意を失ってしまったの」

「しかし、流れ者を簡単に信用するのは危険です」

「そうですよ。お姫様世の中には悪い人が一杯いるんですよ」

 呆れたことに話題の中心のガイガ自身が言う。

「もう決めたことです」

「はあ~」

 ガイガはもう諦めたような顔をするのであった。

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