第10話 魔道士

「ガイガさん、朝ですよ」

「えっ」

 窓から日が差し込み出し始めたかのような時間。当然ガイガは拒否する。

「もう少し寝かせてくれ。久しぶりのベットなんだ」

「駄目ですよ。お客様だからってだらけるのは許さないんだから。

 さあ、起きて」

 ナァシフォに掛け布団を剥ぎ取られる。

「これだから宿が良かった」

「なにか言いました」

「いいや」

 こういうところはごゆっくりと言いつつなんだかんだで規律に五月蝿い。まして立派なお姫様なら朝寝坊など許せないだろう。

「さあさあ顔を洗って着替えて下さいね。食堂で朝食を用意して待ってますから」

「はいはい」

 ガイガはナァシフォがいなくなると窓から外を見た。イーセ城は丘の上に建てられているのでイーセを眼下に一望できる。

 左手には川が流れ、川向こうには田畑が広がり稲穂が揺れ野菜が朝露に宝石のように輝いている。正面には海の青のキャンパスが白波に彩られ、波を追えば防波堤を備えた港が見えた。港には大型船用の埠頭が一つあり、その周りには漁船が多数停留し波に揺れていた。そして視線を近づけていけば城下町が広がっている。

 建物が整然と並んでいる地区もあればごちゃごちゃと混み合っている地域もある。何となく夜の街っぽい区画も目敏く見付ける。後はうまく城を抜け出す策を巡らすだけである

「こりゃ町巡りが楽しみだ」

 ガイガはひとしきりイーセの国の様子を眺めると食堂に向かうのであった。


 イーセ城から港へと続く道を中心に繁華街が広がっているようである。建物は白壁青瓦やレンガ造りの館や木造の館など多様で雑多であった。店も魚屋米屋八百屋から服屋などの店や食堂、喫茶店などもある。忙しそうに往来を歩いている人々の服装も着物に洋装と統一感がない。

 神代からの国と呼ばれているからもっと統一感がある国かと思っていたがモザイク模様のように活気のある国であった。

 揃えられた美しさもいいが、カオスが生み出すエネルギーの奔流も美しい。

「どういい国でしょ」

「活気があっていい国だ」

 ナァシフォに案内されて街を歩くガイガは言う。当然のごとくシトヤも一歩離れたところから付いてきているし、姫様に何かあったら分かっているなとライガンに脅されてもいる。楽しい観光のはずがどこか監視された息苦しさを感じるが、ナァシフォの笑顔と相殺して良しとしようとガイガは前向きに思うのであった。

「良かった。イーセのいいところ一杯案内して上げるね。でもその前に友達の家にちょっと寄ってもいいかな」

「おや、お目付け役がいるのに彼氏と逢瀬か。いいぜ、オジサンは黙っててやるぞ」

 完全にセクハラオヤジである。

「違います。セアっていう私の友達です」

「いいぜ。遊ぶ約束をしているなら俺のことなんか気にしないでいいぞ」

「ううん、ちょっと様子が見たいだけだから」

「そうか」

 ナァシフォの顔に僅かに影が射すのをガイガは見逃さなかったので、それ以上からかうようなことは謹んだ。

 ナァシフォは繁華街から外れて、国の上層部が住むような高級住宅街ではなく区割りされた長屋街に向かっていく。

 友達というのは平民なのだろう。だがナァシフォの気質をそれなりに知ればそんなに意外なことではない。貴族から平民まで分け隔てなく友達が多いいのだろう。

 長屋が並ぶ中目当ての長屋に付いたのであろうナァシフォの足が止まった。其の長屋を囲む木の柵には蔦が巻き付き木目に鮮やかな緑の彩りを与えている。

 防犯対策の柵だがちょっとした気遣いで風情が生まれている。

「ん、あれはなんだ?」

 長屋の塀を潜ってナァシフォが進む先には人集りが出来ていた。

「まさか、ケンツ」

 ナァシフォはガイガに声すら掛けずに人集りに一目散に走り出した。

「通して」

「姫様」 

 ナァシフォが声を掛けると人垣は割れてナァシフォに道を空ける。

 人垣が出来ていたのは普通の長屋の一角であった。戸を開けて中に入れば竈や流しがある土間があり、進めば一段上がった六畳ほどの居間がある。その居間に頭には濡れタオルが置かれて布団に寝かされている10歳くらいの少年がいた。少年は高熱に喘ぎ脇にはナァシフォと同い年くらいの少女と老婆がいた。少年がケンツで少女の方はセアだろう。

 セアはケンツの手を祈るように握りしめ、老婆はケンツの開けさせた胸にゼリーのような薬を塗っているが、その顔は険しい。老婆は皺が刻まれた魔女のような風貌をしているが、今の時代に医学を伝える医者である。

「ケンツはどうですか?」

「手は尽くした。後は本人の体力次第じゃ」

 セアが縋るように尋ねるが老婆の顔は渋柿のようであった。

「薬は幾ら高くても構いません。父も母も亡くなり、ケンツはたった一人残された家族なんです。どうか助けて下さい」

「これは魔界風邪だ。これ以上はどうにもならん」

 老婆は申し訳無さそうに顔を振る。

「そんな」

 セアの顔は悲哀に染まりかくっと首の力が抜けて俯いてしまう。

「セア、あなたが諦めてどうするの」

「姫様」

 ナァシフォはセアの肩に手を乗せ力付ける。

「でも私もうどうしたら」

 ナァシフォに出来ることはなにもない。せいぜい落ち込む友に力強い言葉を掛けてやるだけ。ナァシフォは己の無力さを痛感しても俯かず老婆を見る。

「お婆様、何か方法はないのですか?」

「情けない話だがこれ以上は無理じゃ。儂に出来るのは薬で体の抵抗力を高めてやることだけじゃ」

「そんなお婆様はイーセの国随一の医者じゃないですか、何か手があるはずです」

「あるとすれば、・・・いやあれは禁忌、どのみちイーセにはいない。ケンツを信じるしかない」

 老婆の顔は諦めに支配されていた。老婆もイーセの国随一と呼ばれるだけあって幼いケンツの体力ではこの病魔に勝てないことを察しているのであろう。

「でも最初はただの風だと思っていたのにどんどん悪くなる一方でケンツも元気がなくなっていくし、このままじゃ・・・」

 ナァシフォはその先は辛うじて気付いたのか口を紡いだ。

「何か手を打たないと」

 ナァシフォは拳を握り締めつつ俯きそうになる。

「なくはないぜ」

「ガイガさん」

 ガイガは背中に大きなリュックを背負ったままでいながら、いつの間にか人垣をすり抜け傍まで来ていた。

「余所者が出しゃばるな」

 ガイガはベットに近付いていき老婆が胡散臭い男と睨み付ける。

「そう嫌わないでくれナイーブな心が傷付くぜ」

「巫山戯ないで」

 ガイガを慕っていたように見えていたナァシフォも流石に許せないと怒鳴った。

「これでも真面目なつもりなんだがな~」

「なら弟が助かるって本当なの?」

 数瞬前まで介護疲れと絶望で地面に落ちた洗濯物のように落ち込んでいたセアが生き返ったかのようにナァシフォを押しのけて前に出てガイガに尋ねる。

「泣いてる女性を前にしてそこまで悪趣味な冗談は言わないぜ。

 可能性はある」

「バカを言うな若造。魔界熱に効く薬など無い」

「魔には魔を」

「貴様まさか魔道士か」

 老婆がガイガを怨敵に再会したかの如く恐怖と怒りが入り混じった目で糾弾するのであった。

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幻想の幕開け 黎明の魔女と黄昏の旅人 御簾神 ガクル @kotonagare

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