第8話 悪魔の証明
悪魔の証明で、有るとは簡単に証明できるが無いと証明するのは難しい。
証明証明証拠証拠ね~、これだからお偉いさんと関わり合いになるのはめんどくさい。そもそも俺にスパイじゃない証拠を出せと言う前に俺がスパイである証拠を先に出すのが筋ってもんだろうに。イーセの領主は名君だと聞いていたが、流れ者なんかに油断しない噂通りの名君だったな。姫さんが人懐っこいから油断したよ。
このまま捕まればどうなるか? 流れ者に公正な裁判もクソもないだろう。そのまま冤罪を被せられ牢屋で一生過ごすか処刑されるかの悲惨な末路しかない。姫さんは助けようとしてくれるだろうが、この場を見ても分かる通りまだまだ力不足で期待できない。
逃げるしかないな。
この場で手強そうなのはジューゴとライガンを含めて四人ほど、幸いここは下座で出口に近い何とかこの部屋からは脱出できるだろう。問題は荷物を部屋に置いてきてしまったことだ。あの荷物を諦めるわけにはいかない。取りに行っている間に包囲されてしまうだろう。イーセにどれほどの手練れがいるか不明で包囲を突破できるか分からないが、まっ何とかするしかない。
人生やるかやらないかの博打ならやってみるしかないだろ。
呼吸を外したタイミングでテーブルを蹴り上げダッシュで逃げる。
しかし油断したな~まさかこうなるとは、やはり旅人の常で荷物は肌見放さず持ち歩くべきだったか。
ん! そういえば二度手間になるとめんどくさいと肌身離さず持ってきていたものがあったな。これは旅人である俺が交わした約束だ、逃げる前に果たしておくか。
「少しよろしいですかな」
「なんだ申してみよ」
「ここにツ出身の方はいますかな? 大魔界嘯にツが飲まれたときに避難してきた人がいると思うのですが」
「私だ。
ギリカタという。ツが魔界に飲まれたときからイーセには世話になっている」
突然の話題転換に戸惑いながらも頬が少しコケて生真面目そうな30代くらいの男が立ち上がった。
少なくともここに来たことが全くの徒労に終わることはなくなった。それで良しとするか。
「あなたがツの避難民の取りまとめ役ということでいいですかな」
この場にいる以上避難民でもある一定の地位にいると推測して言う。
「そうだと思ってくれていい。だが今はもうイーセの民のつもりだ」
それすなわち故郷であるツには二度と戻れないと悟っているとのこと。ギリカタは覚悟と決意を込めてガイガにというよりこの場にいる全員に宣言するように言う。
「おお良かった。これで肩の荷が一つ降りました。
万が一と思って用意しておいて良かった。これを」
ガイガが懐に手を入れた瞬間ライガンが身構えたが、ガイガは流れるような自然さで静止されることも無く懐から手紙を取り出した。
周りがホッとする中ギリカタもまた末席の方にいたので手を伸ばして手紙を受け取った。
「これは?」
「ズカに避難したツの方々から託されました」
「なんと!!!」
ギリカタは犬が好物の肉を貪るようにこの場で封を開け読み出した。
「おお生きていたのか」
ガイガから渡された手紙を呼んだギリカタから涙が滲む。
ツが大魔界嘯に飲まれて1年半、大国イーセも失った損害が大き過ぎて未だ立ち直れていない状況で魔界に飲まれたツの向こう側と連絡を取る余裕などなかったのである。生き別れと成った同胞などがどうなったのか気掛かりで眠れない夜も合ったであろう。だが避難し世話になっている身で同胞がどうなっているかの調査を頼めるはずもなく。ただ同胞の無事を祈るだけの日々がどれだけ辛いか余人には想像もできない。それが今晴れたのだ涙も出よう。
「同胞に知らせれば喜ぶ」
「良かったですな」
男泣きをするギリカタに、これだけでも来た甲斐は合ったとガイガは思い、あとはトンズラするだけだと思っているとジューゴが口を開いた。
「客人は少なくともズカから来たことは間違いないようだな」
ジューゴは判決を宣言する裁判官のようであった。
ああ、そういことになるのか。情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。ガイガは思いがけない展開に人の世に面白さを感じた。
「しかし」
「ヤッカム殿、同胞の手紙を届けてくれた恩人を侮辱することは許さないぞ」
少なくともカタギリは完全にガイガの味方に回ってくれたようである。それはそれこれはこれと公私をきっちり分けそうな見た目で義理に固い男のようである。
「ぐっ」
「客人の疑いはこれで晴れた。これ以降口にすることは許さぬ。
北側と断絶されてしまった以上北から来たあなたの知見は重要だ。色々と話しを聞かせて欲しい」
「はっは、お安い御用です」
為政者の変わり身の速さに腹を立ててもしょうがない。ガイガは苦笑いを浮かべつつ話し始めるのであった。
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