第7話 疑惑

 イーセの国の城は平野部にぽつんとある古来より聖域と扱われていた丘にある。

 元は魔物への対抗としてジエータイと呼ばれた軍がこの地に建設した要塞であった。丘の上に建築された砦は白い強化コンクリートと強化複合チタンセラミックの支柱で建てられた2つの長方形をヘの字状に並べた形をしている。屋上には観測台があり、併設された発着場からの航空部隊と連携し魔物の警戒に当たっていた。防衛用に丘の上には巨砲、斜面は強化コンクリートで硬めトーチカが設けられていて、丘全体が要塞として睨みを効かせていた。

 時は流れ延々と続く魔界の侵略に経済が破綻し無数の都市国家に分裂したときにイーセの領主が居城としたのである。

 基本的な構造は変えられてないが内装や外装には代々の領主により手が加えられた。丘の周りには川から水を引いた堀が巡らされ、アーチが美しい眼鏡橋が掛かっている。橋を渡り終えると城へと続く階段があるが、階段には無数の鳥居が掛けられ、階段を上れば誰もが神秘と幻想を感じ、イーセが古来よりの聖地であることを実感することが出来る。

 こうした努力により合理的だが逆に風情がなかった砦がイーセの国を象徴する城となり民の心の拠り所となった。そして魔物に外壁を乗り越えられ川を渡られた時にはイーセの民が最後に立て籠もる場所でもある。


 ガイガはナァシフォ達イーセの領主一族の夕餉に呼ばれた。その前にガイガはナァシフォに無理やり服を剥ぎ取られ風呂に押し込められ無精髭を剃ってこざっぱりし、服もそれなりの物を着せられ貴人のようにすら見えた。

 ガイガが呼ばれた部屋に入ると、縦に長いテーブルを囲んで十数人ほどが集まっていてナァシフォやライガンもいる。それぞれが一方ならぬクセと貫禄を感じ取られイーセの国の主要メンバーであろう。余所者を品定めしつつ情報を抜き取ろうと空気がひりつくがテーブルの上には山と海に挟まれたイーセらしく山の幸、海の幸の豪勢な料理が並んでいて旅人を饗そうとする気持ちも見える。

 巨大な海老の塩焼きや新鮮さで断面が光る鯛の刺身、焼ききのこ大根おろし添えなどと素材の魅力を十二分に引き出された料理の数々と腕の良い料理人がいるようだ。そしてジョッキには泡の王冠が麗しいビールが注がれている。

「よく来てくれた旅人歓迎する」

 席の上座に座るのはイーセの国の国主イーセノカミ・ジューゴ。白髭を蓄え年老いてなお衰え見せぬ貫禄が漂っている。それでいて人を懐に引き寄せる柔和さも兼ね備え、ガイガに人懐っこい笑顔を見せる。

「このガイガ、ご招待頂き感謝します」

 ガイガもどこかの貴人のかのように美しく礼を返す。

「まあ楽にして座ってくれ」

「ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 ガイガは空いていた下座に着席した。隣の席にはライガン、ガイガが何か怪しい動きをすれば即座にガイガを捕らえる為の配置だろう。フレンドリーに見えても流れ者に完全に心開くことは無く警戒される。

「ではこの出会いに乾杯」

「「「乾杯」」」

 ジョッキが挙げられ皆ごくごくと喉仏を鳴らし飲んでいく。

「客人はどこから参ったのかな?」

 ガイガがジョッキを置いたタイミングでジューゴが話し掛ける 

「東より」

 ガイガはどうせならばと自分を高く売るつもりか芝居掛かった口調で言う。

「東、ではテイトを知っているのか?」

「はい、知っています。故郷みたいなものですよ」

 ジューゴの何気ない問にガイガは何気なく答える。

「本当なのか」

「人類の希望」

「カガクが残る最後の地」

 二人の会話に集まっていた人々がざわつきだす。そしてテイトを知るガイガを羨望の眼差しで見る。

「凄い、ガイガさんテイトってどういうところなの。私、テイトのことはお父様に前時代の文明が残っていると聞くけど、イーセとはどう違うの?」

 テイトと聞いてナァシフォの食いつきが凄い。今は別れた都市国家をまとめて遥かに大きな国であった頃の首都であり、未だカガク文明を維持するテイトに憧れを持つ若者は多い。

 ナァシフォのガイガを見る目に尊敬の色が濃くなるのを苦々しく感じる者達の一人が茶々を入れようとガイガに疑問を呈する。

「しかしそんな東からとは、最近港にテイトからの船は来てないはずだが」

「いえいえ陸路です。湾に沿ってこうぐるっと一人旅」

 ガイガは何でも無いことのように指をグルッと回しながら気楽な口調で言う。

「西からでなくズカ経由で陸路で来たという事か」

「はい。ズカにも立ち寄らせて貰いました。あちらもイーセに劣らず競技場の遺跡など観光名所がありましてなかなかに楽しめました」

「はっはっボロを出したな。一年半前の大魔界嘯でツが魔界に呑まれてからズカからの安全な陸路は途絶えた。陸路を通って来れるわけがない」

 突然一人の逞しい顎髭を蓄え腹が出た恰幅の良い中年の男が立ち上がりガイガに食って掛かってきた。

「ええ、ですから魔界を通ってきましたよ」

「デタラメ言うな。そんなの無理に決まっているだろ。浅い魔界ならともかく、オオクニヌシに滅ばされツは魔界の深淵に沈んだんだぞ」

「嘘は言ってないんだがな~。現に姫さんとは魔界で会ったし」

 中年はここに帯剣が許されていたらガイガを切り捨てていたとばかりの勢いで詰め寄ってくるが、ガイガは頭を掻きつつ柳に風で飄々と答える。

「そうです。私はガイガさんと魔界で会いました」

「姫様はまだ若い。簡単に騙される。船で回り込んで近くの岸から上陸したに決まっています。

 貴様、シマーかイラゴの間者だろう」

 中年は真実を見抜いたとばかりにガイガに指を突き付けるのであった。

「やれやれ、困りましたな」

 ガイガは頭を掻く。このまま身の潔白を証明出来なければガイガはスパイとしてこの場で捕らえられるだろう。

「これがイーセの客人に対する饗しですかな」

 ガイガはジューゴに皮肉をまぶして尋ねつつ、招待しておいて拘束など騙し討のようなことを立派そうな領主がするわけ無いとジューゴの鶴の一声に期待する。

「そうですよお父様、私が招待したガイガさんに失礼です」

「ナゥシフォは控えなさい。いずれ出る疑惑なら最初に解決してしまった方が気兼ねなく付き合えるというもの」

「そうきますか」

 期待した領主の助けもなし。ナァシフォは心許なし。

 ここが好機と中年はガンガン攻めていく。

「ジューゴ様、此奴を拘束しましょう」

「ヤッカム。それは少々乱暴すぎる。招いた客人を問答無用で捕らえてはイーセの品格が疑われる」

「侵略されるよりマシですよ」

 ジューゴは助けもしないが責めもしない裁定者の立場を取るようだ。そんなジューゴに窘められてもヤッカムは引く気はないようである。

「身の潔白ね~、証明できなければ私はどうなります?」

「済まないが牢獄に入ってもらう」

 ジューゴはさして済まないと思ってなさそうな顔で言う。こりゃ本気だとガイガは感じとって焦る。

 客人として饗されていたと思えば一転スパイ容疑で拘束寸前、ガイガの旅はここで終わってしまうのであろうか? 

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