第6話 魔界市場

 国を守る外壁を潜れば魔素により滲む幻想の世界は終わり現実世界が広がっていた。

 そよ風に水面が揺れて陽光が煌めき瑞穂を照らし出し、青と緑と黄金が揺らめく絨毯が視界に収まらないほどに広げられている。絨毯を突っ切る一本の道が走り一台の馬車が走っている。

 馬車が四台は並んで走れそうな道だがすれ違う馬車はなく、馬の蹄と馬車の車輪の音だけが響いていく。

 荷台に羽百足の死骸が積まれている為か御者を務めるライガンはのんびりと馬車を進めていき、ガイガは馬車の荷台に寝転がりハンモックの如く揺られ夢うつつである。

 ナァシフォはブルーマーでシトヤは馬で一足先に魔界市場に連絡に行っていて静かなものである。ガイガが寝転がり微睡みの視界で周りを見れば田圃だけでなく野菜が植えられた畑や果樹園なども見える。

 ここはイーセの胃袋を支える食料生産地であり人々の営みの原風景。魔界とは真逆の長閑な風景に心が癒やされていく。

「こんにちはライガンさん」

「ようっライガン。お転婆姫は帰ってきたのか」

「ああ帰ってきたよ」

 ちょうど道端で休憩していたおじさんと若者の農民二人にライガンは挨拶される。厳つい顔して意外と親しまれているようだ。

「良かったな。今日はゆっくり出来そうじゃないか」

「そうでもないさ」

 ライガンが顎をしゃくって見せ、場所の後ろに積まれた羽百足の死骸に農民はぎょっとする。

「こりゃ凄いな、これは姫様のお転婆も収まるどころか益々盛んになるな」

「頭が痛いよ」

「後ろの荷台にいる人は誰だい」

「ああ・・・」

 起こそうか迷って後ろを見たライガンだがガイガはいつの間にか起きていた。

「流離いの旅人のガイガといいます。しばらくこのイーセにお世話になります。よろしくお願いします」

 先程までうたた寝をしていたガイガだが寝ぼけることなく礼儀正しく挨拶して初対面の好感度を抜け目なく上げておく。

「へえ~旅人なんて久方ぶりだな。イーセはいい国さ、ゆっくりしてゆくがいい」

 何気ないセリフだが、今のセリフでこりゃ目立つなとガイガは思った。

「はい。旅の垢を遠慮なく落とさせてもらいますよ」

 そんなやり取りをしつつ馬車は進んでいく。

 時々農作業をしている人を見掛け作業道具を置いてある小屋なども見えるが住居のようなものは少ない。聞けば居住区は更に川を超えた先に集まっているそうだ。

 強固な外壁だが境界線に近い代物なのであろう。大きすぎるのである。あの外壁を十全に機能させようとしたら膨大な兵士がいる。イーセとはいえそんなに人員を避けないのであろう。つまり魔界から大量の魔物が溢れる魔界嘯が発生した場合には多少の嫌がらせによる時間稼ぎが出来る程度なのである。

 外壁が第一防衛ライン、川が第二防衛ライン、城が最終防衛ラインと言ったところなのだろう。有事の場合にはまっさきに放棄される土地。そんなところに好んで住むような人もいないだろう。多少の不便は我慢して街から通うしか無い。

 尤も魔界嘯が発生しないように魔物の間引き、もしくは兆候を掴んで防衛戦を予め構築するなどどの国も対策を取っている。そしてその中心は魔界ハンターである。腕の良い魔界ハンターをどのくらい抱えているかが国の命運を握っていると言ってもいい時代でなのである。


 魔界市場は河口に開かれていた。魔界市場とは狩られたりした魔物の素材を取り扱う市場のことで規模の大小はあれど大抵の国なら必ずある。河口にあるのは魔物の死骸を洗うのに水が豊富にある川の側にあるのが好都合だったからだろう。

 壁はなく屋根があるだけのだだっ広くコンクリートの打ちっぱなしフロアに羽百足の死骸だけが置かれている。他の獲物や魔界ハンターの姿はなく暇だったのかの魔界市場の職員などが羽百足の死骸の周りに数人集まって驚きの目を向けている。

「こりゃ凄いな。姫様どこでこんな死骸を見つけた?」

 40がらみ腹が出始めた寸胴だが筋肉質の男がナァシフォに親しげに話している。彼の名はジュクレでイーセの魔界市場の古株である。

「見付けたんじゃないわよ。この人が狩ったのよ。

 紹介するわね。放浪の凄腕魔界ハンターのガイガさん」

 ナァシフォが持ち上げてくれるがガイガにしてみれば尻がむず痒くなる思いである。それでも澄ました顔を維持して凄腕っぽく振る舞うあたりノリはいい。

「こりゃ久しぶりにいいハンターを見たな。

 この甲羅の傷が少ないところを見るとバンジーハントか」

「よく分かるな」

 バンジーハントは一撃必殺の要素が強く、槍や弓、火器を使ったハントと比較して外傷は少なくなる。

「何年この商売をしていると思っている。

 おっと自己紹介が遅れたな、俺はこの魔界市場を取り仕切っているジュクレって言うんだよろしくな。

 腕の良いハンターは大歓迎だぜ。この国にも少し前までは腕の良い魔界ハンターが揃っていて、みんな命知らずでバンジーハントもやっていたもんだ」

 ジュクレは一昔を懐かしむように言う。

「残念だが俺は命知らずじゃないぜ」

「バカを言うな。命知らずでなければバンジーハントなんて出来るか。

 高所から落下し魔物と空中戦をやろうというんだ、控えめに言って頭がイカれていると言っていい」

「一所懸命なだけさ。おっと俺は流れ者だったな」

 ガイガはさらっと冗談っぽく言うが、聞く者にはその重さが響いてくる。

「そうかもな。

 まあ引き取ろう。報酬はどうする? 旅人ではイーセの通貨はいらないだろ。金や宝石でも用意できるが?」

「ここで旅の支度をしなければならないからイーセの通貨でいいぜ。余ったら金にでも変えるさ。それと報酬の半分はこの姫さんに渡してくれ折半が約束なんでね」

「やっぱり半分なんて多いいわ。私は・・・」

 ナァシフォが遠慮しようとしだすのをガイガは遮る。

「姫さんがいなければ運べなかったんだから妥当さ。一人前になりたければ仕事の報酬はきちんと請求して貰うことだ」

「そんな忠告してくれるなんて、私の師匠になってくれるということですか?」

「報酬もそうだが、どこかにいい宿ないか?」

 ガイガはナァシフォをさらっと無視してジュクレに尋ねる。

「ああ、それならハル婆さんの宿が・・・」

「ダーメ。お城に行きますよ。すっぽかすつもりなら私怒りますよ」

 ナァシフォは可愛く頬をぷく~と膨らませて抗議している。実に断りにくい、ナァシフォは意外と甘え上手なのかも知れない。

「そりゃ怖いな」

「むーーー本気にしてない」

「すまんって、でもな俺は領主様に会うような服を持ってないんだ。無礼討ちされたらたまらんよ」

「私だってお姫様よ」

「そりゃ失礼しました」

「よろしい。大丈夫、そんなに礼儀には五月蠅くないから。

 清潔な服なら大丈夫。なんなら爺やに言って服用意させようか? 爺やと背格好は同じだから爺やの若い頃の服なら着れると思うし。

 それと御風呂に入った方がいいかもね」

「俺は今夜ゆっくり入るつもりだったんだかな」

 そのセリフを聞いてシトヤは顔を顰めライガンは共感したような顔をしているが、ナァシフォはお構いなくガイガの腕を取って引っ張る。

「ダーメ。お城に入ったら御風呂に入ってね」

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