第9話 泥棒猫の思い

 今まで尻尾を掴むことさえ許されていなかった怪盗団の一人を、ついに捕縛した。


 一体どんな顔をしているのか。そんな俺達の目に飛び込んできたのは、まさに目を疑うものだった。


「…………まさか、こんなところで再開するとは」


「それはこっちの台詞よ! アンタ、モリアーティ教授のところにいた……」


 タオさん。下の名前は知らないが、今朝彼女を巡って目まぐるしいような大騒動に巻き込まれたのだ。


 流石に昨日の今日、今日の数時間前の話だから忘れるはずがない。


「タオさん……どうしてこんなことを?」


「そう言われて、易々と答えるはずないじゃないですか」


 訊ねてはみるが、やはり答えてはくれないか。無理もない。


 彼女にとって俺達は敵。敵に情報をくれてやるほど、そう易い人間じゃあないようだ。


「それよりこれで確定したけど……」


「ん? あっ!」


「あのゴロツキ共のこと、全部アンタが悪いんじゃないの!」


 リタさんは額に青筋を浮かせながら、タオさんに詰め寄った。


 そういえばあのゴロツキ共、彼女が怪盗団の一員と似ていたとか何とか言っていたが……。


「そ、それは他の子と見間違えただけでボクは――」


「怪盗“団”なら誰でも変わらないわよ! アンタのせいで私、殺されるところだったのよ!」


 それもそうだ。相手が相手なだけに、怒る気持ちもよく分かる。


 けれど、けれど……


「リタさん、もういいだろ? この後、少し話そうか、タオさん」


「何も、あなた達に教えることはありません。さっさとボクを解放して、金輪際怪盗団に関わらないでください」


「そうも行かない。俺達も仕事で捕まえたから」


 どうして彼女は、わざわざ極刑になりかねないリスクを背負ってまで、怪盗団をやっているのだろうか?


 モリアーティ教授という男がいて、あの彼が目をかけるほどの子が何故怪盗団をやっているのか?


「ちょっとエリックさん、話しても無駄よ。さっさと憲兵にでも引き渡して――」


「お願いだ、少し待ってほしい。何だか、非常に引っかかるんだ」


「引っかかる?」


「ああ。きっと何か、怪盗団をやらなきゃいけない理由があるはずなんだ」


 渦巻く謎。そこにはきっと、いや必ず、何か大きな共通点が隠れているはずなんだ。


 ***


 そうして俺達は、どこか話ができそうな場所として、博物館の警備員控え室を借りた。


 幸いというべきか、今回の騒動で博物館の警備員はほぼ全滅。


 警備員も、怪盗団捕縛のために動いていたようだったが、広間の大惨事に巻き込まれて全滅していた。


 それに、未だに怪盗団を探して動き回っている冒険者もいる。


 悪いが彼らに邪魔はされたくないので、この場所を選んだ。


「……だから、話すことは何もないですよ」


「ほらエリックさん、こう言ってるワケだしもう無理よ」


「いいや、教えてくれ。君はモリアーティ教授が目をかけるほど優秀な教え子だろ? なのに、どうして」


 そう何度か問い詰めるが、しかしタオさんの口は意外にも硬く、なかなか教えてくれなかった。


「……はぁ、分かりました。お小遣いが欲しくて入団した、それで十分ですか?」


 しつこさに呆れたのか、タオさんはため息を吐きながら適当に答える。


「確かに、答えてはくれたわね」


「いやいやこれは絶対違うでしょ! その程度のことでモリアーティ教授の顔に泥を塗るのか?」


「っ⁉」


 その時だった。


 泥を塗るのか? と俺が呟いたのと同時に、タオさんの顔が一瞬引きつった。


 気がしたとか、そんな曖昧なものではない。本当に、彼女はその言葉に反応した。


 まるで何かに怯えているように。


「……した。わかり、ました」


「タオ、ちゃん?」


「教えます。ボクが怪盗団になった理由、教えます」


 しどろもどろになりながら、タオさんは震えた口調でそう言った。そして、


「だからお願いします! ボクのこと、どうか見逃してください!」


 腹の底から泣き叫ぶように、タオさんは頭を下げた。


 ここに来て許しを請うのか、いささか疑問に思ったが。


 しかし、モリアーティ教授が何か関わっていることは確実だろう。


「……分かった、俺達に話してくれないか?」


 何より、話を聞けるだけでも価値はある。俺は彼女に言った。


「ボクはただ……恩返しがしたかっただけなんです」


 ***


「昔ボクは、この街のはずれにあった田舎に暮らしていました。人口も少ないけれど、静かな里でした」


 その語りから、タオさんは話を始めた。


 彼女が住んでいた里の名は「ノワール」という小さな里。けれど、そんな名前の里があったことを、今初めて知った。


 リタさんにも訊くが、初めて聞いたと首を横に振る。知らない様子だった。


「知らなくても無理はないです。ボクが幼い頃、その里は裏組織の人間達によって滅ぼされましたから。両親も、その時に……」


 裏組織、それを聞いたリタさんは小さく拳を振るわせた。


 彼女もまた、裏組織の人間に人生を滅茶苦茶にされたから。


 敵――怪盗団の一員とはいえ、裏組織が関わっていたのは事実。


 自分もその苦しみを理解しているからこそ、その怒りのぶつけ所が分からないのだろう。


「そうして独りになったボクを救ってくれたのが、モリアーティ教授だったんです」


 と、タオさんはさっきよりも明るい口調で話を続けた。


「教授は独りのボクを養子に迎え入れてくれました」


 養子。とどのつまり、血のつながりはないが、教授の子どもにあたる。


 その事実に1番驚いていたのは、言わずもがなリタさんだった。


 まさか彼女がそんなすごい関係だったとは、流石に俺も思わなかった。


「それからボクは、モリアーティ教授の塾を手伝いながら、生徒として、そして家族として教授の冒険術を身につけました」


 しかも今通っている生徒よりも、歴が長い。


 がしかし、リタさんにとってそれはただの自慢話でしかなかったようで、彼女の背中から紫色のオーラが溢れ出していた。


「幼い頃から、ねぇ?」


「落ち着いてリタさん。ごめんねタオさん、続けて」


 少し苦笑しつつも、しかしタオさんは一瞬無表情になって言った。


「でも……教授には遠方で難病を患っている娘がいて。教授は治療するために何とかしてお金を集めていたんですが、それでも……」


 悲しそうな声で言いながら、タオさんは続ける。


「そして今から2年前、余命を宣告されたんです。その余命が、今年……」


 と。この1年以内に、どんな手段を使ってでも資金を稼がなければ、娘は死ぬ。


「だからボク、教授の役に立ちたくて。けれど教授には汚い手を使って欲しくなくて、だから……」


 ***


 だから、自分の手を汚すことにした。


 そう締めくくって、タオさんは話を終えた。


「なるほどね……。まさか教授に娘さんがいたなんて、それも難病ってことも」


「けれど、泥棒はダメだ。それに教授から教わった冒険術で怪盗だなんて、それこそ恩人の顔に泥を塗ることになるじゃないか。違うかい?」


 どんな理由があれ、ダメなことはダメだに。


 タオさんもそれは理解している。


 理解した上で、思い詰めた結果がこの悪の道に手を染めることだったのだろう。


「教授だって、きっと人の不幸を糧に得たお金を使ってまで、娘を救いたいとは思わないんじゃないかな」


 まあ、これは俺の単なる妄想だけど。そう付け加え、タオさんに言う。


「エリックさん……」


「だから俺と約束して欲しい。怪盗団から足を洗って、ちゃんとした方法で教授を助けてやって欲しい」


「でも、ボクはもう……」


「人は転んで怪我を負って、その痛みで成長するもんだ。タオさんはまだまだ若い、いくらでもやり直せる。そうしたら、今回は見逃す」


「ちょ、ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ! 逃がすって、そうしたら――」


「お金は貰えないね。でもこのまま引き渡したら、きっと彼女は処刑される」


 それだけは絶対に避けたかった。彼女のためにも、そして――


 ――ある謎を解明するためにも。


 俺はこっそりとリタさんに耳打ちして、この後の動向について告げた。


「えっ? それじゃあまさか……」


 驚き振り返るリタさんに肯き返し、タオさんの拘束を解いた。


「それじゃあ、もうこんな悪いことはするなよ? それと、そのラバースーツ姿だと目立つから、これ羽織って」


 そうして自由になったリタさんに俺の上着を着せて、やさしく頭を撫でた。


「ありがとうございます……。ボク、教授のためにこんなことはもうやめにします」


「ああ、その意気だ」


 タオさんは俺の上着をマントのように羽織り、頭を下げて控え室を後にした。


 これで俺とリタさんの二人きりになった。


 それから一分ほどの静寂を挟んでから、リタさんがその静寂を破った。


「それで、引っかかってることって何?」


「彼女の、タオさんの言っていたことは嘘じゃあない。けれど、おかしいと思わない?」


「それは、まあ、出来すぎた話よね」


 それもそうだ、非常に出来すぎている話なのだ。ただ、それだけじゃあない。


「教授の塾は人気なんだろう? それなら学費なりで沢山稼いでいるはずだ」


「そうね……まさか……!」


「タオさんがあんなことをしなくても、お金には余裕がある筈だ」


 そして俺が教授と初めて会った時、そんな辛いものを抱えているようには見えなかった。


 気の良さそうなご老人、好々爺こうこうや


 そのはずなのに、大きな違和感――気持ち悪さが奥底に隠れていた。


「俺はまだタオさんを見逃したわけじゃない。そして、教授についても」


「…………でも、確かに」


 相当なショックかもしれないけれど、あくまでこれは俺の憶測でしかない。


 リタさんのためにも、外れていて欲しいが。


「準備は済ませた。後は、彼女の動きがあるまで待つだけだ」

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