第10話 鬱蒼の森とミチビキの花
チラミール博物館の騒動から1日が経過し、翌日。
結果から言えば、あれだけの人数を以てしても、怪盗団を捕縛することはできなかった。
館長含め、あの場にいた冒険者全員が重傷。
原因は強力な重力魔法による攻撃だったことを知るのは、これよりもずっと後のことだけれど。
唯一あの場で怪盗団を捕縛できたのは、俺達だけだったらしい。
が、まんまと解放してしまった。
「本当に、アイツをまた捕まえられるんでしょうね?」
翌朝早々、リタさんは頬をぷく~っと膨らませながら訊ねた。まあ、無理もない。
けれど俺はただ、彼女の境遇が可哀想に思ったからとか、彼女の美貌に誑かされて解き放ってしまったとか、そんなちゃちな理由で解放したワケじゃあない。
「ああ。それに、親玉を見つけることだってできるさ」
親玉を見つけ、彼を捕らえる。
それさえできれば、タオさんだけでなく他の団員も辞めさせることができるから。
ハッタリと言えばそれまでだけれど。
「早速だけど、依頼をこなすがてら近くの森に行こう」
「森? そんな所に、どうして?」
「あそこの奥に自生している『ミチビキ草』、それを取りに行く」
「ミチビキ草って、確か失せ物探しとかで使えるっていう……」
「そう、本来であればね」
本来であれば。
ミチビキ草から造られる薬には、自分が所持していた失せ物の在処を教えてくれる効果がある。
例えば財布を無くした時に飲めば、障害物を無視して『どこに財布が落ちているのか』を教えてくれる。
けれど、それ以外にも使い道があるのだ。
「まあ、物は試しだ。早速行こう!」
***
森に辿り着いた俺達は、早速奥を目指して突き進む。
今回の目的は、森に潜む魔物『ダークゴースト』の討伐。
一説によれば森で自殺した人間の慣れ果てとも言われているようだが、真偽は不明。
しかも森は朝でも昼でも関係なく暗いため、普通に夜の魔物が現われる。
平原と違って、危険度が非常に高いのだ。
「うう、朝なのに何でこんな不気味なのよ……」
「確かに、思った以上に暗いな……」
というか、俺の想像していた5倍くらいは暗かった。
微かに葉と葉の隙間から差し込む光のお陰で視界は確保できるが、足下が不安定だ。
雑草はリタさんの太もも辺りの長さまで成長し、足下がまるで見えない。
だのに無造作に生えた木の根が交錯し合って、トラップのように足を取ってくる。
もしこんな立地で戦うことになれば、スライム相手でも勝てるか不安になってしまう。
「ねえエリックさん、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「問題ない。けれど、その前に雑草をどうにかしないと、かな」
ミチビキ草は、澄んだ川の近くに自生するワガママな薬草だ。
ザクザクと草をかき分けながら、川のせせらぎを聞き分ける。
と、その時だった。
――オオオオオオ……
「ひいいっ! ででで、出た⁉ この声、出たわよね⁉」
どこからともなく、うめき声が聞こえてきた。
聞き馴染みのある声。そういえばラトヌス達と一緒にいた時も、シリカが泣きわめいていたっけか。
アイツの場合は、ラトヌスの気を引くための演技だろうがね。
「下がって、奴らが来る!」
予想通り、目の前からダークゴーストの群れが現われた。
黒い布に黒みがかったオーラを纏った骸骨姿。まさに死んで骨だけ、といった所か。
本体は頭蓋骨で後は飾りみたいなものだ。物理攻撃はあまり効かない。
ただ一つ、頭を除いて。
「はあっ!」
俺は早速地面を踏み込んで、ダークゴーストの頭に剣を振り下ろした。
新しく借りてきた刃はしっかり研ぎ澄まされており、朽ちかけた頭蓋骨を一刀両断する。
「リタさんも! 頭を狙って!」
「う、うんっ!」
返事をしつつ、リタさんも地面を踏み込む。
がしかし、踏みどころが悪かったのか、リタさんの足がぐにゃりと曲がった。
「ぎゃっ!」
「リタさん⁉」
そして、リタさんは情けない声を挙げながら、真っ直ぐ顔面から草むらに飛び込んだ。
ドジったというか、これに関しては立地が悪いからしょうがない。
――ウオオオオオ……
しかし敵に待ったは効かない。ダークゴーストは胸の前で半透明な手を合わせ、闇の魔力をチャージする。
「まずい.……! リタさんッ!」
そうだ。ダークゴーストは比較的危険度の低い魔物だ。
けれど唯一、どんな上級の魔物でも敵わないほど、恐ろしい魔法を持っている。
ダークゴーストは溜め込んだ闇の魔力を、リタさんに目掛けて放った。
リタさんは、地面に足を取られて動けない。
顔を上げて確認するが、しかし回避できず絶望の表情を向けている。
俺は咄嗟にそこへ飛び込み、リタさんを庇った。
「う、ぐああああああああああっ!」
男の悲鳴が、鬱蒼とした森の中にこだまする。というか、俺の悲鳴が響き渡る。
そして、異様な感覚と同時に、腕の関節から血が噴き出すのを感じる。
「……っ! エリックさん、腕が……っ!」
奴の恐ろしい闇魔法。それはズバリ、《消滅魔法》と呼ばれるものだ。
ブラックホールのように展開し、半径数十センチ以内に入ったものを吸い込んで消滅させる。
そこに防御力は関係ない。
たとえ超絶級の硬度を誇るオリハルコン製の鎧でも、一発食らえば腹の肉ごと持って行かれる。
そして俺の腕も――たった今、持って行かれた。
「俺は大丈夫! たかが腕一本持ってかれただけだッ!」
「そんな馬鹿なこと言ってないで! 私のせいで……」
「んなもん後だ! リタさん、サポートは俺がやる! 弱点を叩け!」
リタさんは歯を食い縛り、剣の柄を握りしめた。
力いっぱいに地面を蹴り、俺の肩を踏み台代わりにして、派手に飛び上がった。
「エリックさんの仇ッ! お前達の行き先は――氷結地獄よッ!」
リタさんは力強くダークゴーストに言い放つと、剣に氷魔法を付与させた。
詠唱がない分、威力は変わらず。少し氷の能力が付いた程度だろう。
いやしかし、それが偶然なのか計算なのか、ダークゴーストの弱点属性は――氷。
「喰らいなさいッ! 《ヴォーパル・フリズスラッシュ》ッ!」
氷を纏った刃がダークゴーストの頭蓋骨に当たる。
そこから氷の波が広がって、オーラごと骸骨を氷の膜で覆い込む。
「うおおおおおおおおおおっ! はああああああああああああああっ!」
リタさんは雄叫びを挙げながら、一体目の頭蓋骨を粉砕した。
その勢いに乗り、更に二体、三体とダークゴーストの頭蓋骨に刃を通し、地面に降り立つ。
ダークゴーストは反撃をしようと、リタさんを振り返る。
「――散りなさい」
次の瞬間、一体目と同じく後から全身が氷に包まれ、地面に落ちるのと同時に爆散した。
爆風によって、周囲の草木は吹き上げられ、上空に開いた隙間から日光が差し込んだ。
日光に照らされた氷の破片は、まるでダイヤモンドのように光を乱反射させ、鬱蒼とした森を彩った。
「やっぱり、君は凄い子だ……」
若いって、いいなぁ。
そんなことを思いながら、持って行かれた右腕に回復魔法をかける。
無限回復とはいえ、まさか失った右腕までは戻らないだろうけど。
「まあ、ものは試しだ」
「エリックさん、腕は……えっ⁉」
リタさんは振り返り、そして目を丸くした。
それと同時に、腕に凄まじい激痛が走った。
まるで体の肉を突き破って、何かが生まれようとしているような、そんな理不尽な痛みが。
「うっ……! うおおおおおっ!」
次の瞬間、ズルリと気味の悪い音を立てながら、肘から下にかけて腕が生えてきた。
さっきまでボタボタと垂れていた血を撒き散らしながら、まるでトカゲの切れた尻尾が復活するように。
「わああ! ちょっとエリックさん、気持ち悪い!」
「お、おいっ! 直球すぎ!」
流石にそれは傷付くよ。まあ、気持ち悪いのは確かだけれど。
しかし不思議なことに、復活した腕は違和感なく動いてくれた。
指もしっかりと動くし、切断箇所には傷跡一つ付いていない。失う前と同じ、普通の腕だ。
「にしても不思議ね、腕でさえも復活できるんだ」
「そそ、そうみたいだね。ははは……」
まあしかし、だからといって何度も腕を犠牲にはしたくないけれど。
腕無くなるのも、それを回復するのも、意外と痛いんだよなあ。
それでももしあの時、俺が間に入るのが遅れていたら、きっとリタさんの首が消えていた。
その時はきっと、回復なんてできないだろう。
それに比べたら、腕の一本なんて安いものだ。
「あの、エリックさん……」
「どうした、そんな急に改まって」
「助けてくれて……ありがとう。お陰で助かったわ」
頬を真っ赤に染めながら、リタさんはお礼を言った。
「でも私のせいで、腕……」
「心配ないって。ほら、この通り治ったワケだし」
「そういう問題じゃなくて! 私、昔もこうやってドジ踏んでみんなに迷惑かけてたから……」
ああ。確か彼女が追放された理由って……。
確かにそれは、気に病んでも仕方ないか。
いや、しかし。俺もこの能力――回復魔法しか持っていないが為に、ラトヌス達に追放された。
俺の方が不幸だとか、そんな不幸自慢をしたいワケじゃあない。
気休め程度にしかならないだろうけれど、俺にはその気持ちが理解出来る。
俺も――一緒だったから。
俺のせいで――全てを失ったから。
――失って、しまったから。
「リタさん、俺のことは――仲間だと思う?」
「ま、まあ。信じてるって所で言えば……そうね」
仲間、なんとなく気になったので訊いてみた。
出会って間もない俺達だけど、そう言ってくれるだけでも嬉しい限りだ。
だからこそ、大事なことがあるんだ。
「なら、これからは『迷惑』なんてのはナシだ。ドジも含めて仲間をフォローし合う、それが仲間ってもんだと、俺は思うからさ」
少なくとも。そして、リタさんが死ななければ、それでいい。
もし死ぬのであれば、その時犠牲になるのは、俺だけでいい。
「…………」
俺の言葉に、リタさんは足を止めて肯いた。
かと思いきや、訝しんだ表情を向けながら、
「うーん、なんか微妙」
リタさんの返答に、俺は思わずガクッとずっこけた。
「え、嘘⁉ 微妙⁉」
「言ってることはもっともなんだろうけど、エリックさんそんなキャラじゃないでしょ」
「うぐっ、それを言ったらおしまいだろ!」
「まあ、冴えないオッサンにしてはいいこと言ったんじゃないかしら?」
「何を⁉ 俺まだ26だぞ、リタさんとは年離れてるけど!」
「それでも8年以上年離れてたらオッサンよ! それに若さもないし、くたびれてるし!」
リタさんの言葉が、矢になって俺の腹に突き刺さるッ!
コイツは、腕を失った時よりも痛いかも。リタさんってば、結構毒舌ヒロインちゃんだからなぁ……。
そんな愉快な言い合いをしながら、俺達は森の奥を目指して歩みを進めた。
すると、川のせせらぎが大きくなってきた。
川特有の澄んだ匂いもする。
「おっ、そろそろだ。リタさん、足下には気を付けてね」
「エリックさん分かるの⁉ って、言われなくても足下には気を付けるわよ!」
草の根をかき分けながら奥へ進んでいくと、一気に視界が明るくなった。
目の前が真っ白に染まり、目が眩む。
やがて白い世界に色彩が戻ってくると、果たしてそこには水晶色に輝く川が広がっていた。
「うわあ! 何コレ、凄い!」
「うおお、思っていた以上に、綺麗だなあ……」
そこは木々の天井はなく、草がない代わりに色とりどりの花々が咲き誇っている。
そして花々の間を通り抜ける川は水底まで見えるほどに澄んでおり、小鳥のさえずりがこの幻想的な景色を彩ってくれる。
「それでエリックさん、肝心のミチビキ草っていうのは……?」
「おっと、そうだった! えーっと確かミチビキ草は……」
あまりに幻想的な景色に見とれて、忘れていた。
ミチビキ草は確か、黄色い梅の花のような姿をした花だ。
梅の花は木に成るものだが、ミチビキ草はその逆。
地面から生えてくる不思議な花なのだ。
「あった! これだ!」
色とりどりの花園の中を探り、遂に見つけた。
「リタさん、この花だ。これと同じものを摘んで欲しい」
「それがミチビキ草? 分かったわ、どれくらい?」
「できるだけたくさん。多ければ多いほどいい」
「分かったわ! さて、ジャンジャンバリバリ摘み取るわよ!」
リタさんも自信満々といったところか。これも全ては怪盗団根絶のため。
端から見ればそうには見えない。
リタさんは分かるけれど、件のくたびれたオッサンが花を摘むのは、なんとなしにシュールな光景だろう。
俺達は午後までずっと、ミチビキ草を摘んだ。
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