第8話 宇宙を駆ける怪盗
広間に舞い戻った俺達を待ち構えていたのは、まさしく地獄絵図だった。
「嘘……! ね、ねえ! しっかりしなさいよ!」
リタさんはその惨状に目を丸くして、目の前に倒れていた冒険者を起こす。
しかし、いくら声をかけても返事は帰って来ない。
それもこの冒険者だけじゃない。この大広間に残っていた100人あまりの冒険者達が、全滅している。
俺も近くに倒れていた冒険者を起こし、脈を計る。
「……大丈夫、息はあるみたいだ」
不幸中の幸いか、大広間にいる冒険者は死んでいなかった。
「そうだ、秘宝は……ッ!」
言って、リタさんは後ろを振り返る。
そこにはまだ、大秘宝があった。
「よかった、まだ――」
「違う、油断しちゃダメだ!」
油断をするのはまだ早い。現状、俺達は怪盗団を誰一人捕らえられず、広間への侵入を許してしまったのだ。
とどのつまり、まだ奴らはこの暗闇の中にいる。
その時、微かに天井の方から殺気を感じた。
「リタさん、上だッ!」
天井を見上げると同時に、暗闇の奥で閃光が走る。そしてそれは目にも留まらぬ速さで地面へ飛び込んだ。
銃弾だ。それも閃光の数からして、10人はいる。
「まずい……ッ! こうなったら!」
天井から降り注ぐ銃弾の雨を避けながら、俺は地面に転がっていた盾を拝借した。
それを傘代わりにしつつ、今度はバキバキに折れた矢筒を手に取り、それを床の隙間に差し込んだ。
「お前らが天井にいるなら、こっちだってッ!」
そして、床に差し込んだ矢に魔力を送り込む。
すると矢は過剰回復の効果で床に根を張り、他の矢と合体し、やがて大きな樹に生まれ変わった。
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
木登りなんていつぶりだろうか。俺は広間に生まれた大樹を登り、そのまま天井へと直行した。
予想通り、怪盗団は天井に立っていた。
「反則技にゃあ、反則技ってなァ!」
怪盗団に驚く暇も与えず、足下の枝を伸ばしながら突撃する。
ついさっき拝借した盾を構え、そしてその盾で相手をぶん殴る勢いで。
「っ!」
怪盗団は銃口をこちらに向けて、何発も銃弾を放ってくる。
弾は鉄製か。その威力は凄まじく、盾は見る見るうちに凹んでいく。
そして、盾を貫通して銃弾が頬を擦った。
「ぐっ!」
それでも怯まず押し通り、目の前にいた怪盗団の青年に体当たりを繰り出す。
青年はそのまま後ろへ吹き飛び、背後にいた怪盗団とぶつかりながら、連鎖するようにして壁に背中を打ち付ける。
「リタさん! ソイツらを拘束してッ!」
「OK! 悪いけど、アタシ達のために――」
リタさんはコキリと首を鳴らし、意気揚々と床に落下していく怪盗団のもとへ駆け寄った。
しかし次の瞬間、リタさんは――宙に浮いた。
「えっ?」
突然の現象に戸惑いながらも、リタさんは必死に足をバタバタとさせる。しかし、何も起こらなかった。
広間にある空間を蹴るだけで、一歩も動けない。
「なんで、なんで、身体が浮いて……ッ!」
「何だって⁉ うわっ!」
動揺している隙を突かれ、天井に残っていた怪盗団達は銃撃を再開する。
再び飛び込んでくる銃弾を盾で防ぎ、残りの怪盗団目掛けて突進する。
「なんとぉーーーーーーーーッ!」
足下の枝を伸ばし、女怪盗の一人に衝突する直前だった。
――ズンッ! と、体が突然重くなったのだ。
枝が俺の体重を支えきれなくなったわけではない。
突然、何の前触れもなく、まるで重力が強くなったように体が重くなる。
「コイツは……まさかッ!」
その間にも重力は段々と強まっていき、やがて俺を支えていた木の枝は、ボキッと痛々しい悲鳴を挙げてへし折れた。
そして、何倍にも増幅した重力のままに引き寄せられ、床に墜落する。
「エリックさんッ!」
「大丈夫だ、けど……ッ!」
咄嗟の判断で盾を足下に敷いて、落下ダメージを軽減することに成功した。
しかし、重力は未だに強くなっていく一方。
周囲のクレーターが段々と大きくなり、その度に起き上がれないほど体に負荷がかかる。
そして、リタさんが浮いたことと、怪盗団が重力を無視して天井を歩いている理由。
「コイツは……闇魔法だッ!」
「闇魔法?」
「ああそうだ。重力、宇宙、霊、呪い――それすなわち、“闇”ッ!」
闇魔法と光魔法は、目に見えるような他の属性と違い、区分があやふやだ。
過去に俺も、重力魔法を操る敵と戦ったことがあるが、コイツはそれ以上だ。
魔物が扱う魔法の域を、遙かに超えている――ッ!
使い手は誰だ? 怪盗団の奴らは、流石にあり得ない。
魔力を持ってはいるが、強力な闇魔法を使えるほどではない。
「これが目的のもの……」
その時、台座の方から声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには黒髪ボブの少女が立っていた。頭にはネコ耳のようなものが付いている。
服装は他の連中と同じく、ラバー製の黒スーツに、頭にはバイザーのようなものを付けていた。
少女は台座のガラス枠を取り外し、そっと大秘宝を手に取った。
「しまった……ッ! ソイツは――」
「これでもう、用済み」
そう少女が呟いた次の瞬間、俺達にかかっていた重力魔法が解除された。
「きゃっ!」
「うおっ! り、リタさんッ!」
突然体にかかっていた負荷が消える。
反動で倒れそうになるが、俺はすぐにリタさんのところへ駆け寄った。
「大丈夫、ちょっと尻餅ついただけ。それよりアレ!」
幸い、リタさんに怪我はなかった。それよりも、背後の怪盗団を指差した。
そうだ、メガクラムの大秘宝が盗まれる!
「畜生、待ちやが――」
「っ!」
踵を返し、慌てて少女を追いかける。しかし少女が右手を前に出した刹那、波動のようなものが飛び出した。
まるで空間ごと押されたように、全身に強い衝撃が走る。
「があっ!」
「これは警告です。これ以上、我々に関わるな」
淡々とした口調で少女は言い、気絶した仲間を重力魔法で浮遊させ、天井の仲間と共に広間を後にした。
やはり重力魔法の使い手は彼女で間違いない。年齢の割には、相当な実力者らしい。
まともにやり合えば、捕縛なんて無理な話だ。
あのモリアーティ教授が「やめておけ」と警告するだけはある。
「リタさん、追うよ!」
「え、でも……!」
「俺の怪我ならあとでいくらでも治せる! 早くしないと秘宝が盗まれるぞ!」
「……分かったわ!」
だが、俺達にも生活がかかっているしな。何より、あの時出会ったタオとか言う少女。
彼女みたいに、言いがかりを付けられるような子を出さないためにも。逃がすわけにはいかない。
まだ体は痛いが、俺達は怪盗団の後を追い、再び廊下へと出た。
「待て! その宝を置いていけッ!」
廊下へ出てみると、怪盗団は空中を優雅に浮遊しながら逃走していた。
周りに展示されている美術品には興味を示さずに。
ここは戦闘で少し崩れはしているが、殆ど綺麗だった。
「無駄よエリックさん、アイツらが待てと言われて止まると思う?」
「それもそう……って、リタさん⁉」
「このコソ泥めッ! 私達のために、成敗されなさいッ!」
目を離した隙に、リタさんは剣を引き抜き、怪盗団に斬りかかった。
彼女もまた、怪盗団よろしくの機動力。
先程の少女も気が付かなかったのか、咄嗟に拳銃を構え、剣を防ぐ。
そして、抱えていた秘宝を他の仲間へ投げ渡し、リタさんの剣を押し返した。
「くっ! このっ!」
少女は淡々とリタさんの攻撃をいなし、リタさんはリズムを狂わされ、段々と動きに乱れが生じて来る。
そして、完全にリズムが崩壊した瞬間、少女は勢いよくリタさんの肩に蹴りを入れた。
「キャアッ!」
「リタさんッ!」
リタさんの体は綺麗に真横へ吹き飛ばされ、ガラス張りのケースに衝突した。
慌てて駆け寄ってみるも、美術品とガラス片が散乱し、見るも無惨な姿に変わり果てていた。
「リタさん! おい、しっかり!」
「私は……大丈夫……早く、アイツを……」
分かっている。けれど、今の俺には彼女達と戦う術は――
「っ!」
戦う術はない。そう思っていた。
だが偶然か必然か、彼女が破壊したガラスケースには、見覚えがあった。
***
『凄い、これが数百年前に発掘された世界最古のレイピア……! こっちは世界樹の枝を使った世界最古の矢!』
***
「そうだ、リタさん! その矢を俺に!」
「えっ? これで何をするつもりなの? こんな矢一本で……」
「さっきと同じだよ、コイツに無限回復を使う!」
一本の矢の限界なんて、たかが知れている。けれど、コイツはただの木じゃあない。
世界樹の枝だ。それならば一本だけでも相当な成長性を見せてくれるはず!
俺はリタさんから世界樹の矢を受け取り、早速魔力を注ぎ込んだ。
「これでどうだァァァァァァァ!!!!!」
すると矢は見る見るうちに成長し、少し大きめの木のツルに進化した。
いいや、まだだ! この程度じゃあ怪盗団には敵わない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
有り余る魔力全てを木の矢に注ぎ込み、ツルを成長させる。
木のツルはまるで、自分が世界樹の一部であったことを思い出したかのように復活し、俺の意思のままに真っ直ぐに伸びた。
「な、何ッ⁉」
そして、ツルは目の前の少女目掛けて接近し、グルグルと体に巻き付いた。
「くっ、何これ.……っ⁉」
少女は必死で身をよじらせるが、世界樹のツルはがっしりと少女の身体を拘束して、手も足も、ましてや魔法さえも出させなかった。
「流石は世界樹だな。まさか加工されて何千年と経ってなお、ここまで成長するとは」
「感心してる場合? 少しは私のことも心配しなさいよ!」
そうだった、リタさんはまだガラス片の上に座り込んでいたんだった。
「ご、ごめん! ちょっと体触るからな」
リタさんの手を取りつつ、俺は彼女の肩に触れ、魔力を放つ。
これで俺の怪我を治す魔力はなくなってしまったが、まあ1日もすれば魔力は回復するし問題はない。
「全く、ガラス片結構痛いんだからね! 泣かなかったことを褒めて欲しいくらいよ」
「ま、まあでもほら、狙いの怪盗団を捕まえたことだしそれでチャラに――」
「許す!」
早いよ、反応が! それにもう目が金のマークに変わっているッ!
「それにしても変に体のライン出てる格好までしちゃって、何かの趣味かしら?」
「それは、彼女に訊いたら?」
「ま、何だっていいわ。一体この仮面の下にどんな素顔が隠されているか、拝ませて貰おうじゃない」
リタさんは指の骨をコキコキと鳴らしながら、拘束した少女に近付いていく。
そういえばこの怪盗団、思えば若い子達しかいなかったな。
さっき天井にいた奴らも、捕縛したこの少女も、見るからに学生といった風貌をしている。
「こ、こらやめろ! バイザーを取るな!」
「うっさいわねぇ、恨むなら姑息なコソ泥をしていた自分達を恨むことね!」
「や、やめ……キャアッ!」
リタさんは無慈悲にバイザーを鷲掴みにし、まるでヴェールを勢いよく剥ぐかのように、勢いよく取り外した。
果たしてそこにあった顔とは――
「えっ……」
「これって、どういうことだよ……」
黒髪ボブの少女。子猫のように、庇護欲をそそられるような愛くるしい顔立ち。
そして、これまた触り心地がよさそうなネコ耳。は初めて見るけれど。
その姿に、俺達は見覚えがあった。いや、見覚えしかなかった。
何故なら彼女は――
「た、タオ……さん⁉」
あの時、俺達が助けた少女――タオさんだったから。
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