第7話 闇に隠れて生きる者達

「本当に、来てしまった……」


 リタさんに(無理矢理)連れられた俺は、案の定クエストボードに追加されていた『怪盗団捕縛指令』の依頼を受けた。


 現場は街の東側、『チラミール街』。フィステリアの一等地とも呼ばれ、大富豪や実力のある冒険者達がここに暮らしている。


 そして街の名にもある『チラミール』こそが、この一等地の主の名だ。


「わああ! ねえ見てエリックさん! 街がキラキラしてる、宝石みたいよ!」


「そうかな……。俺には眩しすぎて目に悪いだけだよ……」


 一等地の名に恥じぬ通り、この辺りは他の市街地と比べてインフラが整っている。


 街灯は無駄なまでに等間隔で設置され、路地や民家は宝石のように磨き上げられている。


 それらが街灯に照らされて、夜にも拘わらず昼のような明るさを保っている。


 そして極めつけは――現場となる『チラミール博物館』。言わずもがな、一等地の主が館長だ。


「ねえ、あれ見て! あの金ピカの建物、アレがそうじゃない?」


「ええ……あれが、博物館……?」


 リタさんの指差す方に目をやると、果たしてそこには黄金の博物館があった。


 どこから、どんな角度で見ても黄金。入り口の階段から扉、屋根に至るまで。


 全てが金でコーティングされている。


 それだけでもインパクトが大きいと言うのに、ライトで大袈裟に照らされている徹底ぶり。


 輝きすぎて、最早この外観を見ただけで満足してしまいそうだ。


「でも冒険者も多いし、ここで間違いないはずよ」


「だろうね、これで違ったら逆に驚くって……」



 ***



 外観からメインディッシュのようなインパクトを与えられたが、中へ入ってみると思った以上に雰囲気は落ち着いていた。


 とはいえ内装も内装で、白い石灰岩の壁、金色に縁取られた柱、いかにも数億ゼルンしますと言わんばかりの展示物。


 博物館らしいが、どちらかと言えば一国の王城のような上品さがそこにはあった。


 ただ黄金の外観といい、そこかしこからお金の臭いがして気分が悪い。


「へぇぇ……! 凄い、これが数百年前に発掘された世界最古のレイピア……! こっちは世界樹の枝を使った世界最古の矢!」


 肝心のリタさんは、珍しい展示物を前に目をキラキラと輝かせて見学している。


「リタさん、見学は後。ほら、早く大広間に行くよ」


「ああ、まだ見たいのに~!」


「そうしている間に怪盗団が来たらどうするの! アナタ言い出しっぺでしょ!」


 オカンみたいな口調になりつつも、リタさんを引き連れて大広間へと向かう。


 チラミール博物館の大広間。ここが今回、怪盗団が現われるという現場だ。


『今夜、チラミール博物館の目玉「メガクラムの大秘宝」を頂戴しに参上する』


 それが怪盗団の出した予告状だそうだ。


 広間に出てみると、そこには既に100人以上の冒険者達が集まっていた。


 そのど真ん中には、両手サイズの大きな宝石が展示されている。


「あれがメガクラムの大秘宝……」


「怪盗団の獲物ね……」


 宝石の種類はダイヤモンドのようだ。綺麗にカットが施され、光を吸収して絢爛に輝いている。


「確かにコレは目が眩みそうだな……」


「何言ってるのよ、こんな時にオヤジギャグ?」


 リタさんから、冷ややかな視線をいただいた。


 流石にこれはなんぼあっても……いらないな。傷つくだけだ。


「やあやあ冒険者諸君、よくぞ集まってくれた!」


 突然男の声が聞こえてきたかと思うと、向かい側の通路から小太りなオッサンが姿を現した。


 フライドチキンでも売っていそうな白いスーツに身を包み、両手と首に金のアクセサリーを大量に付けている。


 本当に絵に描いたような大金持ちが出て来た。しかも成金のような、卑しいイメージのある金持ちだ。


「ワシこそがこの博物館の館長、チラミールであーる!」


「ねえエリックさん、あのおじさんなんかヤダ」


「奇遇だね、俺も同意見だよ」


 館長はニマニマした笑顔で集まった冒険者達に感謝の言葉を告げながら、これから博物館に怪盗団が来ることを告げる。


「キミ達を呼んだのは他でもない! 憎きネズミ共、もとい怪盗団を捕縛してもらうため!」


 館長の言葉に、冒険者達はざわつきだす。


 それもそうだ。今の今まで、怪盗団の一派を捕縛できたことは今まで一度もない。


 言い返せば、捕縛できないほど素早く、正体を掴めないほど腕が立つ。


 まさに闇に生き、闇を味方に付けたように。そう簡単に捕まえることができないのだ。


 しかし館長が言葉を紡いだ瞬間、冒険者達は湧き上がった。


「もし1人でも捕縛できれば、一人につき5億ゼルンをくれてやろう!」


 一人の捕縛につき5億。


 それでもリタさんの家族が抱えている借金を完済するには一万人の捕縛が必要になるが、しかしそれでも5億はとんでもない金額だ。


 一生どころか、二生あっても使い切れない気がする。


「ね、ねえ聞いた! 一人につき5億よ! こんな凄い依頼、他にないわよ!」


「だろうね、流石は一等地随一の大富豪だよ」


 確かに破格な依頼、破格すぎるクエストだ。


 これにはリタさんも目の色が変わって、他の冒険者共々、猛烈に燃え上がっている。


 逆にドン引きしているのは俺だけだった。


 それもそのはず。いくら金を積まれても、怪盗団を捕縛できるかどうかは別だ。


 まず捕縛しなければ報酬はゼロ、骨折り損だし儲け一つないくたびれ損。


 けれどもリタさんが言っているように、こんな破格すぎる依頼は珍しい。


 恐らく今後一生、こんな依頼は二度としてないだろう。


 それにリタさんの家族の件もある。


「良い機会だ、ここで3人くらいは捕まえよう」


 怪盗団の方々には悪いが、俺達にだって事情と生活がかかっている。


「そう来なくっちゃ! さて、私達のために5億になってもらうわよ」


 俺もリタさんも、そして周りの冒険者達も意気揚々としている。


 報酬パワー恐るべしといった所か、冒険者達は期待感で身体を震わせている。


 そして――遂に刻は来た。


 0時00分。日を跨ぎ、新たな1日の始まりを告げる鐘が鳴るのと、それは同時だった。


 ――バチンッ!


 屋内を燦々と照らしていた光が一斉に精気を失い、視界が一瞬にして黒に染まる。


「な、何だ! 停電か!」


「いや違う! 奴らだ、怪盗団が来たぞ!」


 全体はパニックになりながらも、怪盗団の侵入に気付き一斉に動き出した。


 だが人間は構造上、突然の暗転・明転に弱い。それぞれの環境に適応するまでには時間がかかる。


「おい! 押すんじゃねえ!」


「邪魔だ! 何突っ立ってやがる!」


「どけ! 5億は俺のもんだ!」


 金に目が眩んだ冒険者達は、我先に怪盗団を捕まえようと、闇雲に暗闇の中を動く。


 その醜い争いは男も女も関係なく、そして俺達にも戦の火の粉が飛んできた。


「きゃっ!」


「リタさん!」


 リタさんの悲鳴が聞こえる。けれど、彼女の姿がよく見えない。


 既に怪盗団は接近していると言うのに、このままでは何もできずに終わってしまう。


 それ以前に、冒険者達は既に武器を出して捕縛しようと動いている。最悪、仲間同士で斬り合うことになりかねない。


「ものは試しだ。強制的に、瞳孔を開くッ!」


 苦肉の策だが、手で自身の両目を覆い、回復能力を駆使して瞳孔を開いた。


「……お、おお!」


 結果は薄かったが、しかし目が慣れる時間を短縮することには成功した。うっすらとだが、暗い博物館の中が見える。


 その光景はまさに地獄絵図。皮肉にも大広間には、人間の醜さ博覧会が開かれていた。


 金と闇に目を奪われた冒険者達は、暗闇の中で武器を振り回し、あろうことか仲間を斬りつける。


 中には己の利益のため、意図的にライバルを攻撃している輩もいただろう。


 そんな同業者を横目に、俺は人の荒波をすり抜けながら、リタさんを捕まえた。


「リタさん、少し目を借りるよ」


「わっ、だ、誰⁉」


 言いながら俺はリタさんの両目を覆い、同じく回復魔法をかける。


「あ、あれ? よく見える……?」


「リタさん、今のこの場所は危険だ。廊下に退避しよう!」


「ちょ、ちょっと! 宝石はここにあるのよ! どうして!」


「だからこそだ。光源がない今、周りの奴らは敵と同じ。捕まえる前に、俺達が死ぬ」


 そう諭しながら、大広間を駆け抜ける。


 何も、ただ退避するために、むやみに走り回っているわけではない。


「微かにだけど、東の方から金属音がする。それも近い」


「じゃ、じゃあそこに怪盗団が……!」


「そのはずだ」


 無限回復という特異な能力を持っているとはいえ、俺達以外にもこの暗闇を克服した冒険者は少なからず存在する。


 ならばその先駆者が取りこぼした奴を相手に取る。


 東廊下に出てすぐ、果たしてそこには屈強そうな大剣使いの男がいた。足下をよく見ると、眼帯が落ちていた。


 成程、片方の目を暗闇に慣すことで、夜の闇の中でも活動できるようにしているワケか。


「エリックさん、あれ!」


 更によく見ると、向こう側から数人の黒服集団が走ってくるのが見えた。


 男女関係なく、黒くぴっちりとしたラバー製のスーツを身に纏い、目にはバイザーのような機械を装着している。


 恐らく、あのラバースーツが怪盗団の証。そしてこの暗闇の中でも活動できるのは、あのバイザーのお陰か。


「リタさん、来る! 援護をお願い!」


「分かったわ!」


 刹那、目の前から走って来る怪盗団は腰に付けていた武器を取り出した。形状からして、銃だった。


 発砲と同時にフラッシュが発生する。それが目眩ましとなったのか、目の前の男は大剣を盾のように構えて硬直した。


 集団はその隙に男の脇を抜け、俺達の前まで接近してきた。


 また銃を構えて、俺達に向かって発砲する。


「させるかッ!」


 俺は咄嗟に剣を構え、弾丸の軌道を瞬時に感知しながら銃弾を防ぐ。


 距離が近付くにつれて威力が増し、剣に弾丸の跡ができる。


 その隙に、リタさんは両手を地面につけ、魔法を発動する。


「《フリズ》!」


 石灰岩の床を凍結させ、集団の足を取る。


 集団は狙い通り俺の横を通り過ぎ、リタさんの氷エリアに侵入した。


 と思った次の瞬間、集団は氷の床を蹴り、天井に着地した。


「なっ……!」


 理解する時間も許さず、集団は天井を駆け抜け、軽やかに大広間まで行ってしまう。


「なによアレ、反則じゃない!」


「とにかく追いかけよう!」


 広間へ走って行く集団の後を追い、俺達も広間へと向かう。


 やがて広間へ続く門が見えたと思った矢先、血の臭いが鼻腔を突いた。


 その瞬間、また脳裏に“あの日”の出来事が蘇ってきた。


 ――リタさんと初めて会った時と同じだ。それも、今回は今まで以上だ……!


「エリックさん、エリックさんってば!」


 リタさんは必死に声をかけているが、俺には全く聞こえてこない。


 まるで湖の底にいるかのように、声がくぐもっている。


 しかしそうしている間にも、怪盗団は大秘宝を狙って動いている。


「う、うおああああああああああああ!」


 俺は気力を振り絞り、震えていた足を一歩踏み出した。


 そして、勢いを殺さずに広間に飛び込む。


 果たしてそこに広がっていたのは――


「な、何だよこれ……!」


 つい数分前までは荘厳で豪華絢爛だった大広間。この博物館の大目玉である、メガクラムの大秘宝が展示されていた、まさに皇宮の一室のような部屋。


 しかしそれはものの数分で、クレーターとボロボロになって倒れた冒険者達で埋め尽くされた、地獄絵図と化していた。

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