第5話 いい加減と手加減
突然現われた黒髪ボブの少女、そして彼女を追うスキンヘッドのゴロツキ集団。
奴らの要求を断ったことに腹を立てたゴロツキ達は、ボキボキと指の骨を鳴らしながら距離を詰める。
「おいテメェら! コイツらまとめていてこましたれやァ!」
鼓膜を激震させる程の怒声を響かせ、男は早速右拳を大きく振りかぶった。
それに続けて、包囲していたゴロツキ集団(全部姿一緒だし、とりあえずB~Eでいいや)も襲いかかってくる。
俺とリタさんはすかさず左右へ回避しつつ、互いの背中で挟み込むように、少女を庇う。
「ちょっとアンタ達! 女の子は花のように扱えってママに教わらなかったの?」
「花ァ? 花冠作るためにお花を無駄に千切る野蛮女に言われたかないねェ!」
ゴロツキCは叫びながら、リタさんの顔面目掛けて拳を叩き込む。がしかし、間一髪でリタさんは右へ転がって回避した。
確かに物は言い様、お花摘みは花の大量殺花とも言えるけれど。
それとこれとは話が別だ。
どうやらコイツらにとって男女は平等、女だろうと邪魔者はぶん殴るらしい。
野蛮なのは一体どっちだろうか。
「エリックさん、コイツらクズよ! もう手加減ナシでぶっ潰しちゃいましょ!」
……少なくとも彼女は野蛮かもしれない。
がしかし、ゴロツキ達も手加減はしてくれなさそうだし、戦う以外に選択肢はなさそうだ。
「死に晒せェ!」
「おっと……」
目の前から殴りかかってきたゴロツキBの攻撃を回避する。ただがむしゃらに殴りかかってくるだけで、動きも単調。とても読みやすい。
だがそれが俺の慢心だったことを、すぐに思い知る。
「あっ……」
「しまった……ッ!」
そうだった、俺の背後には少女がいるんだった!
このまま避けちまったら、奴の拳はそのまま彼女の顔面に……ッ!
「危ないッ!」
俺の目的は少女の護衛じゃないか。
突然のことだからよく分からないけれど、それでも彼女が頼ってくれたんだから!
俺はすかさず、ゴロツキの腕を掴んで担ぎ上げた。
相手の勢いを殺さず、そのまま前へ持っていけば或いは――
「う、うわああああ!」
刹那、周囲にいたゴロツキの悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、握っていたゴロツキの腕に違和感を覚えた。
まさかと思い顔を上げてみるが、案の定。
ゴロツキの腕は少しだけだが膨張していた。
「――ッ!」
しまった、この能力で1番やりたくないことを、引き起こしてしまった。
「な、何なんだあのオッサン! 腕に触った瞬間……!」
「まさかアイツ、化け物なんじゃ……」
そうだ、化け物かもしれない。いや、化け物だ。
力を手に入れたとはいえ、今はまだ加減を知らない。
そして使い方によれば、俺はこの手一つで――人間を殺せる。
ミノタウロスの時みたいに、身体を内側から爆破させて、殺すことができる。
できてしまうのだ。
「とと、とにかくあのオッサンとツレの女は殺せ! 黒髪のガキだけ取り返せッ!」
ゴロツキAが他のゴロツキに指示を出している。
しかも、奴の号令がかかったせいか、更にゴロツキの勢いが増している……!
「ちょっと、エリックさんってば! なに突っ立てるのよ!」
「ごめん……でも、俺……このままじゃ……」
さっきはよかった。
けれど、もし勢い余って、今度こそゴロツキを殺してしまったら。
そんな不安が頭を過り、足が竦む。
「さっきはよくも――」
再び、ゴロツキBが殴りかかってくる。相変わらず避けやすい拳だった。
しかし、避けることができない……このままでは……
「ああもう、見てらんないッ!」
「
「アイッター!」
その時、リタさんのいる方から男の声が響く。
と、振り返る暇もなく、リタさんは突然俺の目の前に現われ、ゴロツキBの頭に剣を振り下ろした。
――ガンッ! だがゴロツキの頭から出た音は、打撃に近い音だった。
「リタさん……!」
「相手は魔物じゃないのよ! それなら、アンタ自身の力で戦いなさい!」
そう言って、リタさんは剣を縦に構え、飛びかかってきたゴロツキDの横っ腹に一撃を叩き込んだ。
「逃げてばっかりで、その子が守れるわけないでしょ!」
「……ああっ!」
そうだ。コイツらの攻撃を避け続けていたって、どうにもならない。
それに俺だって、武器はからっきしだけど、今の今までずっと鍛えてきた!
それこそ、ゴロツキ一人殴るくらい、わけもない程にッ!
「この野郎がァァァァァ!」
またしても懲りずに、真っ正面からゴロツキBが殴りかかってくる。まるで学習していない。
俺は相手の動きを見極め、顔面に直撃する寸前に懐へ滑り込み、全力の一撃をお見舞いした。
音もなく、戦士――イヲカルから見て盗んだ、見様見真似の一撃。
斜め45度からなるアッパーカットもどきの技が、ゴロツキの顎に命中した。
「ぐ、ぐ……っ!」
ゴロツキの顎骨に伝った衝撃が、逆に俺の拳に戻って来る。それらが衝突して、互いの骨に亀裂が生じる。
だが俺は拳に力を込め、勢いだけでゴロツキの頭を殴り飛ばした。
「があっ!」
ゴロツキBは見事にターンを決め、そのまま白目を剝いて気絶した。恐らく今ので脳震盪が起きたのだろう。
更にもう一方で、リタさんは持ち前のスピードでゴロツキ4人を翻弄し、剣の腹でゴロツキの頭を殴っていく。
「さあどうする? 完膚なきまでボコボコにされるか、今のうちに尻尾を巻いて無様に逃げるか、選ばせてあげる!」
「リタさん、それ悪役のセリフだから」
最早これではどっちが悪かも分からない。けれど、ゴロツキは一人ダウンさせた。
未だ戦況は俺達の方が不利。だが、相手はあくまで人間だ。
「この野郎、クソガキ風情がァ! テメェら、もっと気張れやァ!」
やはりゴロツキ達もそう簡単に諦めてはくれそうにない。
ならば仕方が無い。俺なりの全力で、コイツらを全員ダウンさせてやるだけだ。
後ろで怯えている彼女のためにも、ただの冴えない男だって汚名を返上してくれる!
「来い! どこからでも相手してやるッ!」
と、完全に粋がった台詞を吐きながら、拳を構える。
「全く、全力を出すのが遅いのよ!」
「こんのガキ共がぁ……! 絶対にぶち殺してやらぁ!」
激怒したゴロツキ達は雄叫びを挙げながら、二手に分かれて殴りかかってきた。
俺の相手はゴロツキAとC、残りはリタさんを狙っている。
ゴロツキAは真っ正面から攻撃を仕掛け、俺はそれをすんなりと回避する。がしかし、回避した先から、Cが襲いかかってきた。
「しまっ……」
声に出す暇も無く、ゴロツキCの拳が炸裂する。脳が震え、一瞬気絶しかける。
だが、後ろにいる少女のことを思い出し、何とか気力で踏みとどまり、身体を大きく仰け反らせる。
「よしっ!」
ゴロツキCは有頂天になり、喜びの声を漏らす。
その一瞬の隙を見逃さず、俺は仰け反った身体を勢いよく起こし、ゴロツキCの顔面に突っ込んだ。
「どらああああっ!」
額と額がぶつかり合い、凄まじい衝撃が走る。
と、ゴロツキCは一瞬の出来事に頭が真っ白になったようで、白目を剝いて倒れ伏した。
これでまた1人ダウン、残りは3人。戦況は大きく変わってきた。
「…………ニィ」
だがゴロツキAはそんな状況にも拘わらず、ニヤリと笑った。
無法者らしい、実にいやしい笑みだ。
「俺の勝ちだな、坊主」
「何がおかしい、オッサン」
訊くとオッサン、もといゴロツキAは顎で後ろを向くように促した。
振り返ると、見覚えのないスキンヘッドの男達が、リタさんを拘束していた。
「リタさん!」
「くっ……油断……したわ……!」
リタさんの頬には出来て間もない青痣を付け、羽交い締めにされた状態で、別のゴロツキにナイフを突き付けられていた。
「お前ら、女の子相手に……!」
「俺達にとっちゃ、男も女も関係ねぇ。このガキがどうなってもいいのかァ?」
ゴロツキAは得意げな笑みを浮かべ、また顎でゴロツキ達に指示を出す。
するとゴロツキは、ナイフの刃先をリタさんの首筋に当てた。
鋭い刃がリタさんの絹のような肌に突き刺さり、血が滴り落ちる。
「っ……!」
「テメェ……!」
「さあどうする? このガキを見殺しにするか? それとも、匿ってるガキを引き渡すか?」
とんだクソ野郎だ。5人だけだと思い込んでいた俺の慢心だった。
よく考えれば簡単なことだ。コイツらゴロツキが5人で幅を効かせられるワケがない。
「くそっ……!」
確かに少女は見ず知らず、今日出会ったばかり。
コイツらに引き渡すなんてことは簡単なことだ。
その後彼女がどうなろうと、俺達の知ったことではない。
少なくともリタさんは救うことができる。
しかし、それでいいのか?
正直彼女が何をしでかしたのかは知らない。
けれど、だからと言ってコイツらに引き渡すことは、絶対に違う。
彼女を匿えば、リタさんが危ない。
このゴロツキ達なら、リタさんの首にナイフを突き刺しかねない。
ならばここでコイツらを、俺の能力で……
否。それだけは絶対にダメだ。
こんな人が大勢いる中でこの能力を晒すのはマズイ。
何よりゴロツキとはいえ、人を殺せば一生罪を背負うことになる。
俺だけならまだしも、一緒にいるリタさんにも、その罪を被せてしまう。
とどのつまり、動けない。俺に、この状況をどうにかする術は、ない。
「さあ、答えを聞こうじゃないか」
どちらも選べない。でも、選ばなかったら、両方とも……
「…………………………!」
万事休す。完全に詰んだ。
と、そんな時だった。
「物騒だな。こんな人混みの中で、女の子を人質に暴れるなど……」
聞こえてきたのは、貫禄のある老人の声だった。
その声を聞いた瞬間、後ろにいた少女の表情が明るくなった。
「この声は……!」
「なんだ? ここは爺さんの出る幕じゃ……なッ⁉」
老人の姿を見たのか、ゴロツキの顔が突然引き攣った。
何事かと振り返ってみると、果たしてそこには少し背の高い老人が立っていた。
「青年よ、よく持ち堪えてくれたな。後は私に任せてくれたまえ」
いかにも「魔法使いです」と名乗っているような黒いローブを纏った男は、表情を変えずに俺の前に出ながら言う。
その顔は激務でやつれているのか目の下に深い隈があり、オールバックに纏めた髪はまるで紳士のようだった。
「嘘……あ、アナタは……!」
リタさんは驚き、目を丸くする。
「なんだジジイ、それ以上近付いたらこの女は死――」
「………この女が、何だって?」
リタさんにナイフを突き付けているゴロツキは、余裕そうな態度で言って、ナイフを更に押し込もうとした。
がしかし、ゴロツキの腕は動かなかった。
「おいどうした! 早くやっちまえ!」
リタさんを羽交い締めにしている男が叫ぶが、ナイフのゴロツキは動かない。
いや、正確には――動けなかった。
「なんだこれ……ま、待ってくれ……!」
すると突然、ナイフのゴロツキはリタさんの首から刃先を放し、ぎこちない動きで自分の首に刃を突き付けた。
「お、おい、何やってんだ!」
「誰か止めてくれ! 身体が、勝手に!」
「まさかジジイ! テメェが――」
ドゴンッ! リタさんを羽交い締めにしていたゴロツキが叫んだのと、ほぼ同時だった。
突然何かに殴られたように、ゴロツキは勝手に後ろへ吹き飛び、地面に倒れ伏した。
「な、何が……起こってるんだ……?」
俺でも何が起きているのか、全く理解できなかった。
突然爺さんが現われて、ただそれだけでゴロツキ達が不自然な動きをして自滅していった。
まさに為す術なし。人質にされていたリタさんも、いとも簡単に解放された。
「さあ蛮族諸君、このワシの目が黒いうちに立ち去るがよい」
決め台詞を言うように、爺さんはゴロツキ達に問うた。
当然そんな答えにゴロツキ達は――流石に息を呑んだ。
「あ、あす……」
無理もない。何が起きたのか理解する暇も無く、一瞬で2人も潰されてしまったのだから。
それも、一切動いていない老人一人にだ。
そんなことが知れ渡れば、ゴロツキの面子は丸潰れだ。
「わ、分かった! ここ、今回はジジイの顔に免じて見逃してやる! テメエら、ずらかるぞ!」
ゴロツキAは冷や汗をダラダラと流し、近くに倒れていたゴロツキの身体を引っ張って逃げて行った。
辺りに静寂が広がっていく中、爺さんはただ逃げて行くゴロツキ達を眺めていた。
「……と、とにかくこれで助かった、んだよな……?」
これで危機は去った。がしかしこの男は、一体……?
いや、それよりも、
「リタさん! 今、回復魔法を……」
リタさんの怪我が心配で、俺は慌てて彼女のもとへ駆け寄った。
が、リタさんは俺の顔を見るなり
「ええなんとか。それよりも」
と自分の怪我を無視して立ち上がり、腰のポーチからメモ帳を取り出した。
後ろを振り返れば、老人は黒髪の少女の前でしゃがみ、彼女の頭を優しく撫でていた。
「大丈夫だったか、タオ」
「はい教授……この人達に助けて貰いました」
少女、もといタオさんは言いながら俺達の方へ向き直る。
と、そこにリタさんは真っ直ぐ駆け寄り、硬直した。
「あ、あ、あの、その、もしかして貴方って……」
「ん? どうかしたのか?」
リタさんは顔を真っ赤にして、しどろもどろとした口調で老人に尋ねた。
「あの……『モリアーティ教授』ですよね……!」
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