第3話 居場所のない二人

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 絶対に振りほどかれないよう、ミノタウロスの脚をガッチリと掴み、俺の中にある魔力全てを注ぎ込む。


 俺の作戦。それはすなわち、ミノタウロスを過剰回復させてやること。


 完全に一か八か、鬼が出るか蛇が出るかの大博打。外れれば、敵に塩を送るだけ。


 ……否、幸いにも俺の予想は当たったようだった。


 ――ブ、ブモッ⁉


 ミノタウロスは突然の出来事に驚き、変な鳴き声を上げている。だが無理もないだろうな。


「う、嘘……アイツの脚……段々と、膨張している……⁉」


 丸太のように太かった脚は、見る見るうちに肥大化し、気が付けば大木のような太さにまで成長していた。


 それだけではない。脚だけではなく、胴体、腕、顔も、ミノタウロスの体全体が大きくなっていく。


 それでも俺は魔力を止めなかった。


「このまま、ぶっ倒れろォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 ミノタウロスの体が、更に大きくなる。その肥大化した体重に耐えきれず、ミノタウロスは地面に倒れ伏す。


 だがまだ止めない。いいや、最早止まらなかった。


 魔力を出し過ぎた、最早自分の力で制御することが出来なくなっている。


 また更にミノタウロスが肥大化していく。ゴム風船が破裂する限界まで空気を入れるように、ミノタウロスの体もまた同じように大きくなっていく。


 そして――


 ――ブルモォォオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!


「あっ」


 突然ミノタウロスの体が弾け飛び、俺を巻き込んで大爆発を巻き起こした。


 その爆風は凄まじく、周囲の雑草や木々は巻き上げられ、石や土埃が舞い上がる。


 まさに大嵐。そんな大嵐の中、俺は雑草たちと仲良く吹き飛ばされてしまった。


「え、エリックさん!」


 どこからともなく、アムリタさんの声が聞こえてくる。砂埃で全く見えないが、地上にいるようだ。


 というか、段々と彼女の声が大きくなっていく。それに、下へ下へと吸い寄せられている感じがする。


「やばい……!」


 そう言っている間に、全身に凄まじい衝撃が走った。普通なら完全に死んでいただろう。


「エリックさん、大丈夫ですか……?」


 砂埃も収まって、アムリタさんは俺のもとに駆け寄ってくれた。


「う、うう……俺、生きてる……?」


 あまりの痛さと驚きで、頭がまだ混乱している。


 アムリタさんはそっと俺の手を取り、肩を貸してくれた。


「何とか、生きてるわ。それよりもアンタ、本当に凄いわね……」


「凄い? 俺が?」


「ええ。あんな爆発の中でこうして生きているんだし、それにほらアレ」


 彼女は言って、ある場所を見るように促した。それはついさっきミノタウロスと戦っていた場所だった。


 ゆっくりと戦場跡を見たその時、俺の中にあった謎は全て解決した。


「あの黒い塊って……まさか……」


 視線の先には、爆発四散したミノタウロスだった肉片が転がっていた。四肢を斬り落とされた人形のように、パーツがバラバラになって散乱している。


 だが、それはすぐに黒い霧に変わって、赤焼けの空へと消え、代わりにとても美味しそうな赤身肉を残していった。


「ミノタウロスのドロップ品。つまり、勝ったのよ、アイツに……」


「マジ、かよ……」


 俺の仮説は正しかった。


 突然手に入れたこの『無限回復』。それは対象の限界を無視して、無限に回復させる力。


 そして生命力の暴走を引き起こし、過剰回復で命を奪う悪魔の力。


 その力のお陰で、俺は勝率ほぼ0%だったミノタウロスを倒した。


 この力のお陰で、アムリタさんの命を救うことができた。


 そう思うと、達成感と安心感、そして脱力感が一気に押し迫ってきた。


「よかっ……た……」


 あと、完全に魔力を使い切ってしまった。


「アムリタさん……ごめん……あと、よろしく……」


 最後にそう言い残して、俺はバタリと静かに倒れた。



 ***



「う、うう……」


 あれからどれほどの時間が経っただろう。まだ体が痛いし、頭も重い……。


 二日酔いした日の朝の方がマシなくらい痛い。コレに関しては回復魔法でも簡単に治せないから厄介だ。


 きっと追放されたショックで飲んだくれて、変な夢を見たのだろう。


 でなきゃ、あんなミノタウロスと序盤の平原で戦って勝てた説明がつかない。


 いやしかし、だとしたら今俺が眠っているこの場所について、なんて説明したらいいだろうか。


 頭全体を包み込むような柔らかい枕、汚れ一つない真っ白な毛布。


 そしてこだわり抜いたであろう木材をふんだんに使ったであろう、ベージュ色に染め上げられた客室。


 右隣には荷物を保管するための木箱が置かれている。


 しかし小さい。お一人様専用だろう、無理矢理詰め込んだせいで上蓋が開き、側面からもミシミシと小さな悲鳴が聞こえてくる。


 つまりここは宿屋、そしてお一人様用の個室。


 それにしては、やけにベッドが狭い。今にも落ちそうな程右側に寄っている気がする。


「……んぅ」


 その時、背中に小さな衝撃が走った。何か柔らかいものがぶつかってきた。


 突然の出来事に声を上げそうになったのを抑えつつ、恐る恐る振り返る。果たしてそこには――


「えっ――」


「んぁ? あ、あああああああああああああ!!!」


 偶然にも銀髪の少女と目が合った。と思った次の瞬間、少女は顔を真っ赤にしながら飛び起きた。


 いや、この少女のことは知っている。何リタだっけ、アムリタ……確かそんな名前だった。


「あ、あわ、あわわ、あわわわわ」


 少女、もといアムリタさんはパニックになり、そのまま部屋のドアを開けて逃げ出した。


「アムリタさん、ちょっと待――」


 後から追いかけようと、俺も急いで飛び起きる。がしかし、またすぐに事件が起きた。


 部屋を飛び出したアムリタさんは、そのままの勢いで廊下の柵に突進した。


 ぶち壊しはしなかったが、しかし腹部を中心に柵の上を回って、姿を消し――


 ――ガッシャーーーーンッ!


 下の階から騒々しい音が響き渡り、他の宿泊客達を叩き起こす大惨事となった。


 屋内で何があったかなど梅雨知らず、外では彼女を煽るようにニワトリの鳴き声が響いていた。



 ***



 この宿屋の間取りについて簡単に説明すると、1階は受付と食堂、2階にそれぞれ客室が用意されている。


 2階から転落したアムリタさんだが、幸い尻餅だけで済んだのですぐに治療できた。


 なにはともあれ二人とも起きたので、俺はアムリタさんを連れて食堂に入った。


「さっきは、本当にごめんなさい」


 暫くの沈黙が続く中、アムリタさんは恥ずかしそうにしながら頭を下げた。


「い、いえいえ全然。軽症で済んで何よりです、はい」


 と、俺もなんとかフォローするつもりで言葉を返す。言わずもがな、非常に気まずい。


 26歳、パーティ無所属のオッサンがこんな若い女の子と一緒にいるのだ。


 それだけでも目立つのに、アムリタさんもついさっきの騒動のせいで、周りの客達から注目を浴びている。


 昨日初めて会った時は気の強い子だと思ったが、こうして見ると案外大人しい子なのか?


 それを言うなら、俺もか。危機的状況だったといえ、昨日と明らかにキャラが変わっている。


「えーっと、アムリタさんがいいなら、仲間達の所に送っていくけど……」


 何とか言葉をひり出して、会話を続けてみる。がしかし、アムリタさんは項垂れたまま、返事をしなかった。


「……大丈夫です。私、今は一人なので」


「今は……?」


「はい。追放……されたんです」


 言いにくそうにしながらも、アムリタさんは答えてくれた。


 思い返せば、彼女と初めて会った時にうっすらと違和感を覚えていた。


 あの時は、それどころじゃなかったから気にも留めていなかったけれど。


 彼女は一人で戦っていた。周りに仲間がいたような痕跡も残っていなかった。


 稀に一人で上級魔物と戦う変態冒険者もいるらしいが、基本的にはパーティを組んで冒険するのが普通だ。


 何よりあの平原は初心者向け。なぜミノタウロスがいたのか気になるが、そもそも上級魔物に勝てる人間はまずいない。


「ごめん、悪いこと思い出させてしまって……」


「とんでもないです。追放されたのも、私がドジでパーティの足を引っ張ってたせいですから。追放されても仕方ないのは事実です」


 アムリタさんは取り繕った笑顔でそう言った。


 だが無理が続かなかったのだろう。アムリタさんは深くため息を吐き、テーブルに置いていた手を強く握りしめた。


 腕全体が小刻みに震え、涙が頬を伝っていく。


「でも、こんな調子じゃ借金なんて……これじゃあ家族が……」


「そのために、一人で依頼を……?」


「はい……。その方が報酬金も多く手に入るので」


 ギルドの依頼には、当然だが報酬金がかけられている。


 その依頼を受注したパーティの人数に応じて、報酬は山分けされる。


 つまり一人で依頼を達成すれば、報酬を独り占めできるワケだ。


 その代わり危険度が跳ね上がるため、上級の依頼になる程命の保証ができない。


 特に今回のミノタウロスが良い例だ。さぞかし報酬金は美味しいだろうが、一人で戦うとなれば、命がいくつあっても足りない。


「そこまでするなんて、一体いくらの借金が……」


 完全に俺の個人的な好奇心だった。だが彼女は嫌な顔一つせずに、その額を教えてくれた。


「……5兆ゼルンです」


「ご、ごご……⁉」


 5兆⁉ 叫び出しそうになったのを必死で堪えながら、彼女の言葉を咀嚼する。


 5兆なんてとんでもない大金だ。それさえあれば、小さな王国を一つ築き上げることができるぞ。


 ミノタウロスの報酬金を例にしても、一人で1億体倒さないといけない。


 物理的にも生態系的にも、1億体なんか倒せるはずがない。


「そんな大金、君一人でどうこうできる問題じゃないでしょ」


「そんなの分かってるわよ!」


 机を叩き、アムリタさんは叫んだ。


「私達は、ある男に騙されたの。そのせいで、こんなふざけた借金を背負わされて、両親は今もアイツらに人質としてこき使われてるわ」


「そんな……人質に……」


「私は、両親が助けてくれたお陰で逃げ出せた。だから、早くお金を貯めてお父さんとお母さんを解放してあげたいの」


 その言葉には魂が籠っていた。両親のためなら、命など惜しくない、と。そんな気概を感じた。


 だからこそ、逃げなかったのだ。


 両親のため、ただそれだけのために。


 対して俺は、追放されただけで大した大義名分もない。ただ見返したいと考えていただけだった。


「……ごめんなさい。こんなこと、話しても意味なんてないのに……」


「……いや、あるよ」


 気が付くと、俺はそう答えていた。


「えっ? でもこれは私の問題だし、エリックさんには――」


「どうか俺にも、その手伝いをさせて欲しい!」


 今度は俺が席を立って言った。


「俺も、アムリタさんがいなかったら死んでいた。だから、その恩返しがしたい。それに」


「それに?」


「俺も、追放されて行く宛てがないんだよね……」


 非常に言いにくいけれど、俺はぶっちゃけた。


 するとアムリタさんはクスリと笑い、俺の顔を見上げた。


「やっぱり。エリックさんみたいな大人が一人でいるだなんて、不思議だなって思ったのよ」


「嘘、バレてた⁉」


「まあ、私も一人だったし、人のことは言えないんだけど」


 そう言って、アムリタさんは得意そうに笑った。


 アムリタさんも勿論、俺は偶然にも、ご都合主義的に手に入れた『無限回復』の能力に助けられた。


 それが神からのお告げなのか、回復魔法以外能の無い俺への当てつけかは知らないが。


 折角手に入れた俺だけの能力だ。どうせ使うのなら、俺じゃない誰かの為に使いたい。


「約束する、報酬金の殆どはアムリタさんに渡す。だから俺と、パーティを組んで欲しい」


「それじゃアナタの生活が……」


「俺は一生宿暮らしで構わない。アムリタさん、あなたの家族を救えるのなら、それで十分だ」


 自分の心に嘘は吐きたくない。俺は心の底から思ったことを、全て打ち明けた。


 しかし言ってすぐで何だが、こんなオッサンの進化途中みたいなのと一緒に冒険なんて受け入れてくれる筈もないだろうな。


 と、一人で勝手に落ち込んでいると、アムリタさんは驚いた表情をしてこっちを見つめていた。


 だがその表情は笑顔に変わり、アムリタさんは手を差し出した。


「その話乗ったわ。私も行く当てないし、アナタの不思議な力にも少し興味があるの」


 なんとも素直じゃない返答だが、とにかく仲間になってくれた、ってことでいいのかな?


 勿論今更断るワケがない。俺は彼女の手を取り、握手を交した。


「これからよろしくな、アムリタ――」


「リタでいいわ。そっちが私の本当の名前よ」


「それじゃあよろしく、リタさん」


 こうして、居場所を失った俺は、同じく居場所を失った少女・アムリタ――もといリタさんと協力関係を結ぶこととなった。


 しかし俺達はまだ知らなかった。この出来事が、これから巻き起こる波瀾万丈の物語の序章に過ぎないことを……。

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