第2話 無限回復
《『無限回復』を獲得しました。》
目を瞑ったと同時に現われたのは、いわゆる『ウィンドウ』と呼ばれるものだった。
コレが現われるのは非常に珍しく、主にこの世界に於ける『実績』を達成することで現われ、特殊な能力を授けてくれるという。
しかし実績達成の条件は今なお不明、100年に一度実績達成をした者が現われれば良い程、謎が多い。
そして俺は、その100年に一度の実績を解除した。いや、してしまった。
――ドォォォォォォォォンッ!
「――はっ!」
刹那の衝撃に、自然と目が見開いた。恐る恐る視線を向けると、そこにミノタウロスの斧が振り下ろされていた。
間一髪、まさに偶然。一瞬のズレのお陰で標準が外れたらしい。
「何なんだ、一体……」
それより咄嗟に放り投げてしまったが、彼女は無事か? 気になるが、今ミノタウロスから目を逸らすのは非常に危険だ……!
それに、さっき手に入れた『無限回復』ってのが気になる。いや、今知ったところで戦闘に使えるようなスキルとは思えない。
「――くっ……」
ついさっきの衝撃で骨が折れたらしい。脚と右腕に力が入らない。
剣はさっきの衝撃で遠くに飛んでいってしまった。今から取りに行くのは不可能。
何とか態勢を整えようと、地面を持ち上げる。この辺りはハゲ土地だろう、岩が手に食い込んでくる。
俺はゆっくりと後ずさりしながら、患部に左手を当てて回復魔法を使う。
そうしている間にも、ミノタウロスは第2撃を与えんと近付いてくる。次は絶対に外さんぞという気概を感じる……。
「まずい……」
脚は何とか治った。けれども腕はまだ治っていない。それに今から走って逃げても、また骨が折れかねかい。
何とか腕を治しながら、じりじりと後ずさる。その度に、真っ直ぐに伸びた草の感触が伝わってくる。
いつの間にか草のあるエリアまで移動していたようだ。ミノタウロスの足下にも草が生い茂っている。
――いや、違う。腕一本でそこまで這いずり回ったとして、草の生い茂るエリアまでは相当な距離がある。
それについさっきまで、ここら一帯は草も生えないハゲ土地だった筈。
じゃあ何だ、突然草が生えてきましたとでも言うのか? そんな馬鹿な話があるか。
しかし何だか色々とおかしい。やけに肩が重くなっている。年齢のせいではなく、物理的に重量が増えている。
「……キャアアアアッ!」
その時、背後から少女の悲鳴が聞こえた。がしかし、彼女の姿を見ることは敵わなかった。
何故なら振り返った先に、俺の肩があったからだ。
いや、正確に言えばそれは、俺の肥大化した筋肉だった。
「う、うわあああああッ!」
一体全体何が起きたって言うんだ? 俺の肩が、筋肉が普段の5倍くらい大きくなっている。
26年間ヒョロヒョロのもやしっ子だった俺の腕だけが、ボディビルダー顔負け、それこそミノタウロスと同等レベルの肩に進化していた。
肩に山脈を載せているとか、そんな次元の問題じゃあない。バランスからして非常に不自然な見た目になっている。
逆にどっちが化け物なのか分からないぞ、これじゃあ。
それどころか、腕の筋肉は段々と肥大化し、終には俺の着ていた服を破いてしまった。
更に地面に付いている右手の辺りも、まるで超倍速しているかのように雑草が伸びていく。
その成長速度は凄まじく、成長しては枯れ、また成長しては枯れてを繰り返している。
「まさか……ッ!」
この異常な光景に、俺はある可能性を見いだした。
一度腕から手を離し、そのまま自分の脚を触る。
すると、回復魔法を使っていないにも拘わらず、脚の傷が見る見るうちに癒えていく。
更に、骨は完全に元通りになり、リハビリもなしに動ける状態にまで回復した。
俺は咄嗟に完治した脚で後ろへ飛び、先程投げた少女のもとへ向かう。
「あ、アンタ……何なのよ一体……!」
「…………」
「奇跡的にミノタウロスの斧を弾いたかと思ったら、突然荒れた地面から大量の雑草が生えてきて、アンタの腕も急にバカデッかくなって!」
少女は驚いた表情で次々と質問を投げかける。いや、俺そんなことになってたの⁉
むしろ俺の方が知りたい。けれど、彼女の証言で大体のことは理解出来た気がする。
「恐らく、俺は触れるだけで対象を回復させられる……らしい」
「はぁ?」
「それも――対象が既に全回復している状態でも関係なく、無限に……」
仮説だが俺は言ってみた。当然、少女はワケが分からないと、ぽかんとした表情を浮かべている。
無理もない。本来回復魔法は怪我をした生物にしか効果を発揮しない。
つまる所、対象の持つ生命力――HPの限界値以上は回復できないということだ。
それが限界を超えて回復できる。もしそうなった場合どうなるか、その答えは分からない。
しかしハゲ土地から生えてきた雑草や腕の肥大化を見るに、恐らく生命力が暴走して何らかの異常な効果を発揮してしまうのだろう。
あくまで仮説。しかしそうでないと、説明がつかない。
「てかアンタ、さっきはよくも私のこと投げ飛ばしてくれたわね!」
「ごめん、あの時はそうするしか――」
いや、その節は本当に申し訳ないと思っている。けれど、謝るより前に――アイツを片付けないと。
「いや、話は後だ。まずはミノタウロスを片付けよう!」
「は、はぁ⁉ アンタ全然太刀打ちできてないのに、何を偉そうに!」
「俺が逃げろって言っても、君は倒すまで諦めないだろ?」
言うと少女は再び口を閉じ、何か言いたげに口をもごもごとさせた。
やはり何か理由があるのだろう。
敵前逃亡できない理由が、ミノタウロスを倒さないといけない理由が。
「理由までは聞かない。手柄や報酬を分けて貰うつもりもない。君が生きて帰ることができたら、それでいい」
少しクサかったか? だがこれが俺の本心だ。
元はと言えば、俺が勝手に首を突っ込んで話をややこしくしただけのこと。
俺のエゴで、少女の命を救いたいと思って割り込んだだけだ。
「アンタ、一体何者なの……?」
「エリック・サーガイン。お節介焼きな、時代遅れの回復術師だ」
「……リタ」
「え?」
「それが私の名前よ。皆からは『アムリタ』って呼ばれてる」
「……それじゃあアムリタさん、回復は俺がやる。君には奴を惹きつけて欲しい」
「分かったわ。そんなに自信があるってことは、やれるのね?」
少女、もといアムリタさんの問いに、俺は頷いて返す。
刹那、アムリタさんは地面を蹴り、ミノタウロスに目掛けて颯爽と駆け出した。
対するミノタウロスも自慢の蹄で地面を抉り、アムリタさん目掛けて斧を振りかぶる。
「右だッ!」
斧が振り下ろされる瞬間、俺は咄嗟に叫んだ。アムリタさんは瞬時に右に跳ねて攻撃を避け、ミノタウロスの顔面目掛けて剣を振る。
だが、彼女の剣は空を斬った。ミノタウロスが首を傾げたからだ。
勢いそのままに地面を転がり、素早く起き上がって態勢を立て直した彼女は再び剣を構える。
ミノタウロスはゆっくりと後ろを振り返り、同時に斧を横に薙ぎ払った。
「甘いッ!」
アムリタさんは自慢の跳躍力を駆使して斧攻撃を避け、宙返りを披露しながら後退する。
「その程度かしら、さっきから攻撃が一辺倒すぎて退屈するわね」
ミノタウロスを煽り、アムリタさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。見え見えな挑発だが、魔物相手ならこの程度が十分だろう。
案の定その煽りに乗せられたミノタウロスは、自慢の頭髪をピンピンに逆立たせ、激しい咆哮を上げた。
――ブルモォォォォォォォァ!
やっぱりうるさい、耳がキーンとなる……。いやしかし、これで奴の狙いはアムリタに固定された筈。
いくら強力な魔物だろうと、所詮はただの暴れ牛。沸点が低く攻撃対象(ヘイト)を一点に絞るのが奴の弱点。
てか、いくら何でもキレ過ぎだろ。完全に俺のことを忘れちまっている。
「……いや、それでいい。ナイスだ、アムリタさん」
あくまで彼女の狙いは、奴を惹き付けること。つまり、今この俺が忘れ去られた状態は最高の状態にある。
あとは一か八か、この『無限回復』とやらの力をミノタウロスに使うのみ。
激昂したミノタウロスは攻撃力が倍増し、非常に危険。やらせておいて難だが、もし俺の作戦が失敗に終われば、アムリタさんも俺も仲良くひき肉にされてしまう。
文字通り“命を賭けた”大博打。どうせ死ぬなら、誰かのために死んでやるさ!
心の中で雄叫びを挙げながら、俺は雑草の生い茂る地面を駆ける。接近していることを気付かれないよう、完全に音を殺して突き進む。
そしてミノタウロスが斧を大きく振りかぶるよりも先に、辿り着いた。
「アムリタさん、走ってッ!」
早急に指示を出しつつ、俺はミノタウロスのガッチリとした脚に突っ込んだ。
そして絶対に振りほどかれないよう、両手でしっかりと脚を掴み、俺の中にある魔力全てを注ぎ込んだ。
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