追放された回復術士の俺は、《過剰回復》で最強に成り上がる。 ~「回復魔法しか能のない奴は必要ない」と言われ追放されたけれど、《回復魔法》で敵を倒す方法を見つけました~
鍵宮ファング
第1話 回復しかできない俺
「エリック、今この瞬間を持ってお前を追放する」
まるで悪い夢でも見ているようだった。夢なら早く覚めて欲しい。
俺の名はエリック・サーガイン、26歳。回復専門の回復術師で、目の前に座る男――ラトヌスのパーティに所属している。
……否、所属“していた”。
時刻は早朝、小鳥の愛くるしいさえずりが聞こえてくるような清々しい頃だった。
『大事な話がある』深刻そうに言うもんだから何かと思えばこれ。追放宣告だ。
こんな清々とした早朝に。
「ど、どういうことだ?」
「もうお前は用済みってことだ。これからはお前抜きでやっていく」
そう言って、男は自慢の前上げにした髪を撫でる。相変わらずのカッコ付け癖だ。
ラトヌス・サンシッタ。それがこの男の名、そしてこのパーティ『クエスター』のリーダー。
他責思考で、自分のミスも仲間(特に俺)に責任を擦り付けてくる。
まさに『絶対上司にしたくない男ランキング2024年 堂々の第1位』に輝く実力者だ。
「ま、待ってくれよラトヌス。そんな急に言われても」
「急? ウケる、もしかして自覚なかったの?」
と、その横でニヤニヤと笑うのは魔法使いのシリカ・R・メギネッツ。魔法でしっかりと巻いた金髪ロングの髪をいじりながら、しれっとラトヌスに体を寄せている。
噂によれば、ラトヌス以外の男とも友好関係があるのだとか。ただの尻軽の女狐、といったところか。
シリカはラトヌスに便乗して、言葉を紡ぐ。
「アンタはねぇ、前からずっとお荷物だったの。ウチらが前線に出て戦っても、アンタは後ろで棒立ちしてるだけ」
「そ、それは――」
「それに、今ドキの若い回復術師は攻撃魔法も覚えているし、サブウエポンも使い熟せるってよ。なのにお前と来たら、なぁ?」
ラトヌスは嫌味な笑みを浮かべて、両隣にいる仲間達と笑う。
そうしてもう一方、イヲカル・トラタルディは丸太のように立派な腕を組み、ガハハと笑いながら言った。
「回復魔法しか使えない上に、トロくさくてすぐ魔物に襲われると来た。これなら回復薬使った方が早いよなァ!」
いやいや、回復術師なんだから回復魔法しか使えなくてもいいだろ!
……と反論したかったが、俺はその言葉を喉元で押し止め、血反吐と一緒に飲み込んだ。
「まあつまり、戦闘能力を持たないお前を置くだけで、ダンジョン攻略の効率が下がるんだよ」
「今は効率的に、素早くダンジョンを攻略しないとランキングも置いてかれちゃうしね~」
「悔しかったら、せいぜい魔法を学び直すが、剣術でも極めてみるんだなァ!」
「やめてやれよイヲカル、こんな鈍くさくて冴えない奴が新しいスキルを手に入れるなんて無理無理。できないに5億ゼルン賭けたっていいね!」
黙っているのを良いことに、ラトヌス達は口々に俺のことを馬鹿にする。
本人に面と向かって言える分、陰口を叩く連中よりマシだが、やはり仲間と思っていた彼らに馬鹿にされると心に来るものがある。
というか、最早クズだろコイツら。本人を目の前によくもまあここまで言えるな。逆に感心する。
「……皆が俺をどう見ていたのかよく分かった。別に、何も言い返すつもりもない」
……いや、言い返したいことなら沢山ある。けれど、ラトヌス達の言うことはどれも正しい。
「違う」と言って反論しても、全部「言い訳」になるだけだ。
「今まで迷惑をかけた。それじゃあ、皆の今後を祈るよ」
「あら、それだけ? 思ったよりも潔いのね」
想像していた追放と違ったのだろう。シリカは目を丸くしてラトヌス達と目を見合わせる。
だが、今となってはどうだっていい。今日この瞬間から、俺とコイツらの縁は切れた。何より今更こんなクズ共と一緒にいてられなかった。
こうして俺は、あっさりとパーティを抜け、一人街の中へと姿を消した。
***
あれから何日経っただろうか。俺は新しい居場所を探すため、様々なパーティの求人を探して彷徨い歩いていた。
しかし現実は非情。回復魔法しか脳のない俺を拾ってくれるパーティは、果たしてどこにも存在しなかった。
「……はぁ」
そうして行き場を失った俺は一人、底を尽きかけた財布を見ながら黄昏れていた。
「あと、宿一泊分か……」
追放さえされていなければ、何にも困ることなどなかったのに。
悔しくないと言えば嘘になる。それに俺だって、俺なりに彼らの役に立っていたつもりだった。
ラトヌス達の戦い方は、いわゆる『特攻戦法』と呼ばれるもの。被弾も気にせず突撃するゴリ押しが主流のやり方だ。
それを背後で回復魔法を使って支援するのが、俺の役目だった。
そりゃあ、何度か回復が追い付かなくなり、仲間が死にかける事件は幾度となく遭遇してきた。というかほぼ毎回だった。
恩着せがましいが、ラトヌス達が今もこうして生きていられるのは、俺が回復魔法で何度も死の淵から救い出していたからだ。
別に『感謝しろ』とか、『俺様を敬え』とか、恩を押し売りするつもりはない。
ただ俺の居場所を、ラトヌス達を守りたかった。誰一人死なせたくなかった、それだけだった。
その答えが、
『お前を追放する』情も何もない、アイツの言葉だった。
しかし、言い返せないのもまた事実。
ギルドにはランキングというものが存在する。ランクが上であればある程、溢れんばかりの富と名声が約束される。
そのランクを上げるため、昨今のギルドではダンジョン攻略や依頼を素早く、効率的に達成することが主流になっている。
人々は地位や名誉を手に入れるため、効率的なパーティを目指した。
そうして出た結論が『アタッカー4人のパーティ』。
ダメージは回復薬か、アタッカーと同じく攻撃魔法か剣などの武器――サブウエポンの扱いに長けた回復術師に任せる構成だ。
そのため新米の回復術師達は、回復魔法以外の攻撃魔法やサブウエポンを扱える。その上、アタッカーとして申し分ない戦闘力を持っている。
――一方で俺は……。
回復以外の魔法はからっきし。メジャーな炎魔法はおろか、初級の攻撃魔法ですら上手く扱えない。
ましてサブウエポンなんて、どれも俺の肌には合わなかった。というか、そもそも武器を振り回して戦う才能自体がなかった。
魔法も同じく、そもそも俺には“戦う才能”というものがなかった。それは子供の頃からずっと、26歳になった今でも変わらない。
ただ唯一、不思議なことに回復魔法の才能だけはあった。
魚が水中を泳ぐように、鳥が自由に空を飛ぶように、人間が無意識に呼吸をするように。
気が付けば回復魔法の最終段階まで会得していた。
しかしいくら回復魔法に長けていても、武器がなければ戦闘力ゼロも同然。それは、俺自身が1番よく分かっている。
だからこそパーティを陰で支えられるような人間になりたいと思って、こうして完全なサポート特化型の冒険者になった。
……そんな思いも虚しく、回復しか脳のない俺は時代の波に乗れず、深く暗い『時代遅れ』の深海へと落ちた。
「……それでも、生きるしかない、か」
命ある限り、真っ直ぐ前に進んで生き抜くしかない。それが生けとし生ける者の義務。
たとえ追放されても、時代遅れの深海に落ちても、どこのパーティからも相手にされなくても。生き抜くしかない。
このまま死ねるのなら、そのままポックリと安らかに死にたい。
けれど、今死ぬのは非常に悔しい。悔しすぎて死んでしまいそうだ。
だってそうだろう。仲間だと思っていた奴らに馬鹿にされ、面と向かって悪口を言われて笑われたのだ。
そんな状況で死んだら、それこそ笑いもの、末代までの恥だ。死んでも死に切れん。
(見てろラトヌス・サンシッタ! たった一人でも、必ずお前らを見返してやるからな!)
喉がはち切れんばかりの勢いと声量で叫んだつもりで、俺は心の中で叫んだ。
必ずアイツらを見返せる程の回復術師になってやると、俺はほぼスッカラカンの財布に誓った。
***
「こんな歳にもなって、スライム狩りか……」
とは言ったものの、お金がなければ宿代どころか食事もできない。
それに一人でやっていくにしても、回復しか脳がない状態では前と同じまま。結局何も変わらない。
なので俺は一から戦い方を覚えるため、初心に帰ってスライム狩りの依頼を受けた。
報酬金こそ少ないが、宿代程度にはなるので問題なし。
武器もレンタルサービスで貸し出されている鉄の剣を借りてきた。
俺の筋力がないのもそうだが、思ったよりも重い。振り回せば、逆に俺が振り回されてしまいそうだ。
それ以前に、スライムを狩るのはこれが初めてだ。
俺が新米だった時代は、回復専門でも冒険者として通用したし、パーティに入ることもできた。
今まで仲間のサポートばかりだったから、戦闘なんて一度もしたことがない。
だがまあ、これから戦闘は避けて通れない道だ。ここから少しずつ戦いに慣れて行こう。
そう心の中で呟きながら、見慣れた平原を歩くこと数分。のんびりと地面を這って進むスライムの群れを発見した。
初心者が最初に戦う雑魚敵の代名詞。しかしいくら雑魚とはいえ、魔物は魔物。
全体重をかけた体当たりを食らえば、骨の一本や二本は平気で折られる。新米冒険者や、俺のように鍛えていない人間ならば尚更だ。
実際、新米時代にもスライムの体当たりを食らって負傷した奴らを何度も見てきた。
「いっちょ、やってみるか」
だが、俺には回復魔法がある。超絶級の魔法であれば、骨折だって一瞬で治療することができる。その分魔力を食ってしまうが、致し方なし。
俺は早速剣を取り、スライムに向かって勢いよく振り下ろした。
「うおおッ!」
あまりの重さに体も前に持って行かれるが、刃はスライムの体に命中し、スパーンッ! と綺麗に胴体を斬り割いた。
まるでこんにゃくでも切っているかのような感覚が、両手に染み渡る。
と、仲間のスライムが俺に気付き、戦闘態勢を取り始めた。数にして7体。
「どこからでもかかってこいッ!」
この台詞を一度言ってみたかったんだよなぁ。まさかスライム相手に言うことになろうとは、思わなかったけど。
スライムは一斉に飛び上がり、全体重をかけて体当たりを繰り出した。
俺はそれを全て見切り、最後に飛び込んできたスライムに向かって横薙ぎ払いを決めた。
今まで魔物に襲われ、仲間に守られていただけだったが、俺もただ襲われていただけじゃあない。
戦いの中で敵のクセを見抜き、攻撃の瞬間に回避する技を独学で体得した。いわゆる『見切り』である。
素早さや精度は
しかし、明らかに数が多い。狙いが分散する分、死角からの攻撃を食らってしまう。
「うぐっ!」
他のスライムに気を取られ、足下から忍び寄っていたスライムに胸を殴られた。
胸の辺りに凄まじい痛みが走る。恐らく肋骨を折られた。けれど、その程度だ。
「オラアッ!」
まずは余裕を確保するため、倒せそうなスライムを狙って剣を振り降ろす。
その度に胸がズキズキと痛むが、問題はない。
そうして剣に振り回されながら3体減らした所で、俺は自分の胸に手を当て、魔力を送り込んだ。
「《テラ・ヒール》!」
すると、さっきまで胸に残っていた痛みが消え、折れた肋骨も一人でに癒着して元に戻った。
見た目だけでは分からないが、骨が元通りになっていく感覚がした。
「うう、やっぱり体の中に生き物がいるみたいで気持ち悪い……」
何度も自己治療はやってきたが、この感覚だけは慣れない。
だが、これで全回復した。俺はその勢いを剣に載せて、次々とスライムを真っ二つに切り裂いた。
「よし、これで一旦は終了か?」
襲いかかってきたスライムは全て倒し終えた。やっぱり剣に振り回されていただけだったが、熟練度を上げるには丁度良いだろう。
なによりこれで明日の宿代とご飯代は稼げたのだから、それ以上の報酬はまだいい。
「さて、今日の所はこれで帰るか」
剣を鞘に戻しつつ、街を目指して歩き出した。
だがその時、ふと嫌な予感がした。突然平原に不穏な空気が漂い始め、錆鉄のような臭いが鼻腔を突いたのだ。
「……血?」
長年の経験から、その臭いが血の臭いであることはすぐに分かった。それも大怪我をしている。
刹那、俺の脳裏に“あの日の記憶”が蘇ってきた。
「はぁ……はぁ……!」
助けなきゃ。自分の命を犠牲にしてでも、助けないと。
「助け、ないと……」
気が付けば俺は踵を返し、血の臭いがした方へと走り出していた。
***
血の臭いを辿っていると、そこに獣のような臭いが混ざってきた。
臭いの先に視線を送ると、そこに銀髪の少女と二足歩行の闘牛がいた。
「あ、あれは……ミノタウロス⁉」
ラトヌス達と居た時も何度か遭遇したことがある。筋骨隆々で好戦的、目に映るもの全てを自慢の斧で薙ぎ払う上位の魔物。
黒に近い焦げ茶色の毛並みに、獲物の血で塗り固められた頭頂部の毛髪。極めつけは、先端が黒ずんだ禍々しい一対のねじれ角。
間違いなくミノタウロスの特徴と合致していた。
だがその生息域は危険度の高い場所。少なくとも、こんな平原に現われる筈がない。
「まだまだ……! 私は、こんな所で……!」
銀髪の少女は、コイツに襲われているのだろう。全身傷だらけで血まみれになりながらも、剣を杖代わりにして立っている。
だが彼女の出血量は尋常じゃあない。貧血で今にも倒れてしまいそうだった。
――あの時と同じだ。
また頭の中で、俺の声がこだまする。
「来なさい……! アンタなんか、私がこの手で……!」
戦えるはずがない。それはきっと彼女も理解している。
見た限りミノタウロスはほぼ無傷。
圧倒的な戦力差。まず彼女がアイツに勝つ確率は、限りなくゼロに近い。
そして俺も、戦った所でどうにもならない。ゼロにゼロを足しても、結果はゼロだ。
足が竦む。けれど、ここまで来て重傷患者を見殺しにすることなんてできない。
俺はもう二度と、目の前で誰かが死んでいくのを見たくない!
回復術師としてのプライドだとか以前に、俺という一人の人間として、見過ごすワケには行かない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
刹那、俺は自然と地面を蹴り上げ、無意識のうちに剣を抜いていた。
ミノタウロスは突然現われた俺に驚き、斧で防御姿勢を取った。
ガキィンッ! と凄まじい金属音が平原中に響き渡り、俺の腕に衝撃が走る。
「ううっ……!」
呆気なく鍔迫り合いに負けた俺だったが、斧を踏み台に飛び上がり、少女の前に着地した。
「あ、アンタ……誰……?」
「回復術師だ、君の傷を治しに来た」
「そんなのいらない! アンタの助けがなくたって、私は――」
「無理だ! そんな傷じゃ戦えないことくらい、分かるだろッ!」
つい口調が強くなってしまった。少女は図星を突かれ、悔しそうに唇を噛みしめる。
「とにかく君の傷は俺が治す。アイツも、俺が惹きつける」
「ちょっと、なに勝手に仕切ってるのよ」
「ごめん。でも、目の前で誰かが死んで行くところを黙って見るのは、嫌だから」
ただの自分勝手なワガママだ。俺のワガママで、人の命を救う。
そして命懸けで、この子を守る。そう心に決めた。
――ブルモォォォォァ!
と、魔物が都合良く待っていてくれるはずもない。
ミノタウロスは雄叫びを挙げながら、自慢の斧を真っ直ぐに振り下ろした。
俺は咄嗟に少女を担ぎ、一瞬の隙に距離を取った。
「あっ……」
「大丈夫。俺に任せて、ここは逃げて」
そう言いながら、少女の体に魔力を送り込む。俺が骨を治した時と同じ、《テラ・ヒール》をかけた。
何とか回復はできたが、しかし完全に傷が塞がったワケではない。無理をすれば、またすぐに傷が開いてしまう。
だが、俺の命一つで彼女が逃げるまでの時間を稼げるのなら、安いくらいだ。
ラトヌス達への怒りや恨みが消えることはないし、悔しいのは今だって同じ。
けれど、未来もないような俺と、まだ若く未来のある少女。生贄にするのならば俺は、前者を選ぶ。
二度と、目の前で人が死んで行く所を見たくないから……!
「うおおおおおおおおっ!」
作戦なんてものはない。俺はがむしゃらに突撃した。
ミノタウロスの攻撃は至極単純で、縦か横に斧を振り回すだけ。切れ味は無視して、後は持ち前の筋力で叩き切る脳筋野郎だ。
その分、事前動作が分かりやすい。
ミノタウロスが、左斜め上に斧を構えた。この時は、右に来るッ!
俺はそれを見切り、攻撃を繰り出すのと同時に左側へ避けた。
「す、凄い……あんな一瞬で、奴の攻撃を……っ!」
しかし少女は、一体いつまでここに居るつもりだ?
逃げろと言って数秒しか経っていないが、彼女はその場で立ち尽くし、俺のことを見ている。
いや、よそ見はするなエリック。目の前の敵に集中しろ。
「はあっ!」
ラトヌスの見様見真似で、ミノタウロスの首筋に一閃を放つ。
しかし、鉄の剣はあくまで初心者用の武器。上級魔物に敵うはずもない。奴からすれば、ただの木の棒と同じ。
強靱な肉体に敵わず、剣は呆気なく弾き返されてしまった。
その衝撃は凄まじく、反動で先程治療した傷が開く。
更にミノタウロスは無防備になった俺を向き直り、斧を振り上げる。
「しまっ――」
避けきれない! このままでは胴体を真っ二つにされる――ッ!
まさに絶望的状況。と、その時だった。
「《フリズ・スラッシュ》ッ!」
少女の声が聞こえてくるのと同時に、ミノタウロスの標準がズレた。
刃は俺の脇腹に当たったが、十分な力が入らなかったのか、そのまま平原に投げ出された。
脇腹は咄嗟に回復魔法で塞いだから、内臓が飛び出るなんて生々しい展開は阻止できた。
少女が攻撃したのだ。そのお陰で助かったが、しかしこれでは……
「やっぱり……逃げて、たまるかァァァァァ!」
少女は叫びながら、素早い身のこなしでミノタウロスに連続攻撃を仕掛ける。
それにより、先程治療した傷が開き、まるで汗のように血が飛び散る。
「君ッ! 無茶だ、早く逃げろッ!」
俺は叫ぶが、少女にその声が届くことはなかった。
勝てっこない、あんな怪我でミノタウロスを倒すことは不可能。それは彼女も気付いている。
それでもどうして彼女は戦うのか、一体何が彼女を動かしているのか――
「――ッ! 危ないッ!」
考えていた刹那、ミノタウロスは斜めに斧を振り下ろした。その直線上には、着地してすぐの彼女がいる。
そのまま行けば彼女は、真っ二つにされる。当然、即死だ。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「ぐあああああああああああああっ!」
俺は突っ走った。彼女を危機から逃すために、真っ二つにされないために……っ!
きっと今後一生、この時出した速さで走ることはできないだろう。
回復魔法で誰かを救う夢も、ラトヌスらを出し抜く目標も、二度と叶えることができない。
どうなったっていい。全てを投げ出す覚悟で、俺は彼女の服の襟を掴み、全ての力を振り絞って遠くへと放り投げた。
――これで、これでいいんだ。
俺はもう十分に頑張って来た。後は若い子達が未来を作っていく。もう、時代遅れの人間が輝ける場所は――ない。
――ブルモォォォォォォォァ!
ミノタウロスの斧が、ゆっくりと迫ってくる。
先程の無理が祟って、全身の傷が開く。涙や冷や汗と一緒に、血が流れていくのを感じる。
これで、俺の人生も終わりか。俺はそっと瞼を閉じ、全てを諦めた。
――あの声と、不思議なウィンドウが現われるまでは。
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