第13話 愛、そして

 二人で何度も訪れている、自然豊かなトレイル王国の野原。先ほどまで太陽が出ていたのに、今は雨がしとしとと降り、草木を濡らしていく。小ぶりの木の下で二人は身を寄せ合う。

 

「デモサリウス、そろそろ不戦条約は機能しなくなるかもしれない」

「どうした、帝国から圧がかかったか? 我々が本気で戦っていないことがバレたか?」

「バレてまではいないと思うけど、一向に進まない戦線にしびれを切らしてるみたい。昨日も帝国から使者が来たわ」


 不戦条約を結んだ時から二人は内心は分かっていた。騙し騙しやっていくことはずっとは続かないことを。


 いっそのこと、魔王軍の力をもって帝国を叩くか……しかしそれでは魔族対人間の全面戦争に発展してしまう。

 デモサリウスは、これまでずっと根本的な解決策を模索してきたが、結論は出なかった。


「ねぇ、トレイル王国の周りには同じように帝国に虐げられている小国がいくつかあることは知ってるでしょ?」

「ああ、抗いきれずに潰された国もあるんだろう? 遠くない将来、全て消されるか、帝国に吸収されるか……俺たちもそれは危惧している」

「そうよ。そうなる前に、一丸となって帝国に立ち向かおうっていう話が秘密裏に出てるの」


 ユーナは視線を遠くにやったまま、拳を握りしめる。


「無茶だ。一斉に反旗をひるがえしたところで、戦力差は明確じゃないか」

「うん、分かってる。でも私たちが生き残るには、国を、人民を守るためにはいつか決断しないといけない」


 デモサリウスの方を向き、真剣な眼差しで見据えるユーナ。


「それに、たとえそれが振りであったとしても、もう貴方と戦いたくないの……」


 ユーナの瞳に涙が溜まっていく。デモサリウスは心臓を針で刺されたかのような痛みを感じる。


「俺だってそうだ……」


 ユーナの肩を引き寄せ抱きとめる。彼女の温もりと共に、震えが伝わってくる。


「どうして私たちは争わなくちゃいけないの……! 貴方とはこんなに分かり合えた。人とか魔族とか関係ない!」


 デモサリウスの腕の中で顔を上げるユーナ。


「愛してるわ、デモサリウス」

「ユーナ、俺も愛してる」


 目を閉じるユーナの頬を涙が一筋流れる。デモサリウスは優しく指で涙を拭い、唇を重ねる。

 数秒の出来事が二人には永遠に感じられた。


 名残惜しそうに唇が離れ、お互いに相手の顔が赤面している様を見て取る。

 

「ありがとう、デモサリウス」


 自分の唇を愛おしそうに触り、上目遣いで話すユーナ。デモサリウスは生まれて初めて女性の色気に触れたようで、鼓動が聞こえてきそうなほど心臓が高鳴る。


「俺も共に戦おう。軍は動かせないが、俺一人でも必ず駆けつける」

「貴方がいれば一騎当千、いえ、一騎当万ね」

「あまり強そうじゃない響きだな」


 声を上げて笑う二人。いつの間にか雨は止み、雲間から光が漏れる。


「できるだけ貴方に迷惑はかけたくない。魔王軍が私たちの背面を攻めないだけでも、本当に大きなことだから」

「それは約束しよう。だが、助けがいればいつでもテレパシーで呼んでくれ」

「ありがとう。そうならないよう周辺諸国と連携して、帝国に侵略を諦めさせるわ」


 力強く微笑むユーナを日の光が照らす。この笑顔を何があっても守ってみせる。デモサリウスは心の中で固く誓った。


―――――


 ユーナは周辺諸国と秘密裏に、帝国への反抗作戦を練っていった。確かに兵力では帝国には敵わないが、こちらは自分たちの国を守るべく士気が非常に高い。


 何も帝国を滅ぼすまでいく必要はない。こちらに手を出すのを諦めさせるほどの抵抗さえ見せられえば……。


 デモサリウスは父である魔王デモグラシスにだけこのことを打ち明け、魔王軍は全面的に本件を静観することを取り付けていた。後顧の憂いを絶てたことも、ユーナたちを勢い付けた。


「首尾はどうだ?」


 デモサリウスはユーナにテレパシーで通信する。


「順調よ。1週間後、各国が一斉に蜂起する運びになったわ」

「そうか……何度も言うが決して無理はしないでくれ。危なくなったら躊躇せず俺を呼ぶんだ」

「頼もしいわ、愛しい人。ああ、会って話がしたい」

「俺もだよ、ユーナ」


 出来るなら今すぐ会いに行きたい。しかしユーナは各国との調整に追われているはず。デモサリウスはぐっと我慢する。


「ごめんなさい、ちょっと待って」


 向こうで話しかけられたのだろう、しばらく無言の時間が流れる。


「帝国に一番近い仲間の国が攻撃を受けてる……!」


 ユーナの声は逼迫した焦りの色が濃い。


「なにっ!? 反抗作戦がバレたのか!?」

「分からない。まだこちらも状況が整理できていないの。私は情報収集と現場の指揮に入るわ。また連絡するね」

「こちらでも何か分かったら伝えよう」


 ユーナたちは厳重に情報封鎖をしていたはずで、やすやすと計画が漏れるとは考えにくい。ただの偶然か、それとも……。


「デモサリウス様! クロサイト国が壊滅したとの情報がっ……!」

「なんだとっ!?」


 伝令からの報告は最悪のものだった。クロサイト国は、ユーナが言っていた帝国から攻撃を受けている国だろう。

 しかし侵攻の一報があってからさほど時間が経っていないのに、もう壊滅だと……!?


 いくら帝国の兵力が大きいとは言え、反抗作戦の準備も進み、警戒もしていたであろう国を一瞬で滅ぼすなんてことができるのか……?


「失礼いたしますっ! クロサイト国に続き、ティーズナウ国も壊滅した模様……!」


 一体何が起こっている!? 被害は徐々に北に向かっている。その先には……ユーナのトレイル王国がある……!

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