第12話 幸せな時間
「こっちよ、デラン! 遅いわよ!」
トレイル王国領内の野原を駆けていくユーナ。人間の姿になったデモサリウスが後を追う。
「家に来いとは言われたが、いきなり国王も出てきた時は焦ったぞ」
「私の家は王城だもの。お父さまがいるのは普通でしょ?」
ユーナは金色の髪をなびかせ、踊るようにデモサリウスの周りを回る。
「それになぁ、そのデランっての、なんなんだ」
「だって『この人はデモサリウスです』なんてさすがに言えないじゃない」
「それもそうだが……勝手に人の名前を決めるなよな」
「人間としての名前はなかったんでしょ? それともニャンコニアとかそういう系が良かった?」
「デランでいいです」
緑の草原の絨毯に、所々色とりどりの花が体を寄せ合うように密集している。穏やかな日差し、優しく肌を撫でるような風。どれも魔族領にはない自然の姿だ。
祖国を覆う毒ガスも雷鳴もデモサリウスにとっては不快ではなかったが、ここでは別の心地よさを感じることができた。
「ここは良い国だな」
「貴方、見る目があるわね。私はこの国が、人々が、自然が好き」
ユーナは、すーっと大きく息を吸い、気持ちよさそうに静かに吐く。デモサリウスも真似をしてみる。
ごほごほっ。慣れない澄んだ空気に咽せてしまう。
「大丈夫? 貴方の故郷とは環境が違いすぎるかしら」
「そうだな。ただ、悪い気はしない」
「私もデモサリウスの故郷を見てみたい」
「それは難しいな。人間が耐えられる世界じゃない。それにユーナは魔族には化けられないだろう?」
「魔族は人間が嫌い?」
うつむき加減で問うユーナ。
「嫌っている者たちがいるのは否定しない。しかし多くの魔族はそんなことはない。機会さえあえば友好的に交流したいと望む者ばかりだ」
「勝手に恐れて距離を作っているのは、私たちの方なのね……」
「挙句の果てには攻撃してくるしな」
「それは、本当にごめんなさい」
デモサリウスは冗談を言ったつもりだったが、ユーナは深く頭を下げる。
「すまん、責める気はなかった。タルギール帝国の覇権主義の被害者なのはお互い様だ」
「帝国さえいなければ、私たち、もっと別の関係を築けるかしら……」
「どうだろうな。ユーナは神を信じているか?」
「急な質問ね。スキルは神から与えられるもの。私にスキルがある以上、存在を疑う余地はないわ」
「存在するかしないか、じゃなく、信仰しているかを聞きたい」
デモサリウスの質問の意図がつかめないという困った顔のユーナ。
「トレイル王国は建国からずっと、大地や自然に宿る精霊を信仰の対象にしてきたわ。神様をおろそかにするわけじゃないけど、私たちの心は精霊と共にあるわ」
「帝国の国教、ファピアノ教をどう思う?」
「もう、質問攻めね。最高神ファピアノをはじめとした神々を絶対とする教えでしょ。人の信仰に口を出す権利はないけど、逆に彼らは私たちにそれを強いるわ。正直言って、排他的であまり好きじゃない」
肩をすくめ両手のひらを上にして拒絶の意志を示すユーナ。
「ねぇ、せっかくこんなに気持ちが良いお天気なんだから、もっと楽しい話をしましょう」
「そうだな。あの花の名前はなんて言うんだ?」
デモサリウスは野原に咲く幾種類の花の中から、ターコイズグリーンの花を指さす。
「あれはスターチスよ。私の大好きな花なの!」
花と同じ、ターコイズグリーンの瞳を輝かせて嬉しそうに言うユーナ。デモサリウスはなんの濁りもない、澄んだ彼女の瞳に見入られる。
「綺麗だな」
「えっ?」
花の方ではなくユーナを見つめたままデモサリウスは呟く。ユーナは自分に向けられた視線と言葉に、耳が赤くなっていく。それに気づいたデモサリウスは慌てて取り繕う。
「は、花がな。綺麗だな、と」
「そ、そうね、気が合うわね」
お互いに真っすぐ相手を見られず、視線が交錯する。
「私はこの景色を大切に思ってる。今日、貴方を連れてこられて良かった」
「ありがとう。俺もユーナの大切なものが知れて良かったよ」
微笑む二人。交わらなかった視線が重なり、熱く絡んだ。
―――――
デモサリウスとユーナとの間で結ばれた不戦条約の元、双方に被害が出ない程度の戦いが何度か繰り返された。互いに
人間であるユーナが魔族の陣に行くわけにはいかず、ユーナの元へデモサリウスが人間の姿になって通った。とりとめのない会話をし、トレイル王国の景勝地を共に回った。
たいした用もないのに呼び出されることも多かったが、デモサリウスはユーナと過ごす時間を幸せに感じていた。それはユーナも同様だった。
しかし、二人のささやかな幸せは長くは続かない。
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