第11話 揺れる感情

「ダメ? さっきも言ったけど、貴方に興味があるの」

「人間は魔族を憎んでいるんだろう」

「そうね……でもそれは『そう教わった』から。確かに貴方たちは私たちとは姿も性質も違う。実際に闘ってみて痛感したけど、圧倒的に力も上。人は異質で脅威に成りえる存在を恐れるのよ」

「はっきり言ってくれるな」

 

 デモサリウスは苦笑いを浮かべる。人間の姿になったことで表情に明確な感情が宿る。


「気を悪くしたらごめんなさい。でもね、戦場での貴方の振る舞いを見て、こうして直接話をして分かった。魔族は決して私たちが思うような危険な存在じゃない。意志疎通もできる。美味しいお茶だって知ってる」


 ニコリと微笑むユーナにデモサリウスは今まで抱いたことがない感情が己に芽生えたことを自覚する。

 この人間の女と会話していると、心に温もりが宿るのはどうしてだろうか。


「5,000年前、貴方たち魔族は人間を滅ぼそうと大軍を興して侵攻した。いわゆる人魔大戦ね。タルギール帝国はそう歴史を伝えているけど、今の私にはとても信じられないの」

「信じるか信じないかは任せるが、魔族の歴史では全く逆だ。人間が魔族を攻め立てた結果、俺たちは大陸の北の不毛な大地に追いやられたんだ」


 歴史というものはそれぞれの立場でいかようにも変わる。1,000年近く生きる者もいる魔族でさえ、5,000年前のこととなると歴史が歪められていてもおかしくはない。


 ただ、長きにわたり民主的で公平性のある文明を築いてきた魔族と、神への信仰を免罪符にし覇権主義を貫く帝国では、どちらが恣意的な歴史観を流布するかは想像に難くない。


「真逆の歴史、ね。私自身が見聞きしたわけじゃないから断言はできないけど、貴方たちの方が正しい気がする。少なくともトレイル王国を侵略したのは帝国だもの」


 ユーナはふぅと息を一つ付き、デモサリウスの目を真っすぐに見つめる。


「トレイル王国王女として、これまで我が国が貴方たちを攻撃してきたことを詫びます」


 頭を下げるユーナ。数秒が経過しても顔を上げる様子はない。


「いいんだ。貴国のおかれている状況は分かっているつもりだ。国や民を守るため、それはお互いに同じだろう」


 デモサリウスの言葉に、ユーナはやっと顔を上げる。


「ありがとう、デモサリウス。我が国に帝国に抗うだけの力があれば、こんなことにはならなかったのに……」


 憂いを帯びたユーナの表情に、デモサリウスはいたたまれない気持ちが膨らむ。

 彼女の力になってやりたい、そんな思いが湧いてくるのが自身でも不思議だった。


「デモサリウス、提案があります。私たちの間で不戦条約を結びませんか?」


 ユーナの来訪目的はこれが本命だったのだろう。天真爛漫のように見えて、政治的な駆け引きにも長けているな。しかし悪い気分はしない。


「いいだろう。しかし、帝国の手前、大っぴらに停戦するのは不味いんじゃないか?」

「ええ、だから『戦う振り』をして欲しいの。これまで通り定期的に兵は動かすわ。でもこちらは探りに徹する。そちらは手を抜くのは慣れたものでしょ?」


 悪戯な笑みを浮かべるユーナは策士のようでもあり、純粋な少女のようでもある。


「面倒くさいが、付き合ってやる。均衡を保ちたいのはこちらも同じだ」

「よかった! このことはお父さまと兵士長だけに留めておくわ」

「お父上ということはトレイル国王か。なあ、そもそも王はユーナがここに来ることを知っているのか?」

「事後報告よ、事後報告。国にとって間違ったことはしてない。お父さまも分かってくれるわ」


 こんなお転婆な娘を持つ父の気持ちはいかほどか、若いデモサリウスには実感はないが、その苦労が目に浮かぶ。


「あら、お茶がもうないわ。おかわりをいただけるかしら」

「本題は済んだだろう。まだ何か?」


 呆れるデモサリウスをよそに、ユーナは頬杖をついて言う。


「貴方との会話が本題よ。貴方のこれまでの暮らし、家族のこと、平和への想い……まだまだ聞きたいことが沢山あるわ」

「やれやれ」


 デモサリウスは魔法でお茶を足し、綺麗な目を輝かせて前のめりになるユーナを見る。

 不思議な女だ。魔王の息子ということもあり、これまで言い寄ってきた魔族の女性は数多い。

 

 しかしこれまで出会った誰よりも、人間のこの女性から目が離せない。そして会話をしていると居心地の良さを感じる。


「俺のことも話すが、ユーナのことも教えてくれよ」

「もちろんよ! 夜はまだまだ長いわ。ふふ」


 二人はお互いに多くのことを話した。ついさっきまで敵同士だったとは思えない程に、すんなりと打ち解けていった。

 ころころと表情を変え、身振り手振りを交えて話すユーナに、デモサリウスは一歩、また一歩と惹かれていった。


 ユーナもデモサリウスの心の内を知るにつれて、魔族と人間の垣根を超えた何かを感じていった。


 空が白みを帯びるころ、ユーナは満面の笑みを見せてから帰っていった。


「次は貴方が私の家に来る番よ。待ってるから」


 彼女の言葉がデモサリウスの中で反復された。

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