第10話 ユーナ・スタリング

 魔族たちも寝静まった深夜、デモサリウスは日課の読書を終え、ベッドへと向かおうとしていた。 


 コンコンコンッ!


 こんな時間に部屋を訪れる者はまずいない。余程のことが起きたか。デモサリウスは身構えながら入るよう促す。


「デモサリウス様、お休み中失礼いたします……!」

「問題ない。どうした?」

「それが……人間の女が我が砦の前に来ておりまして……ユーナ・スタリングと思われます」

「なんとっ!?」


 まさか夜襲をかけてきたのか? しかし物見兵のこの様子、攻撃を受けているようには見えない。ただただ困惑しているようだ。


「敵の数は?」

「それが、一人で来ているようでして……デモサリウス様に謁見したいと」

「はぁ?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。あの女、何を考えているのだ。俺を暗殺? いや、こんな堂々とした暗殺があるものか。


「分かった。通せ」

「かしこまりました…!」


 ユーナの意図は分からないが、たった一人で敵地のど真ん中に乗り込んできた勇気には礼を持って返さねばならないだろう。それに、あの女には何故か興味が惹かれるところがある。


「ユーナ・スタリングをお連れしました」

「うむ、お前は下がっていいぞ」

「よろしいのですか……?」


 ユーナをデモサリウスの部屋まで連れてきた近衛兵は、彼女を一瞥する。青のワンピースに純白のストールを羽織っただけのラフな恰好。

 とても争いに来たとは思えないが、彼女は魔導士であり、装いだけで害意を判断するのは難しい。


「大丈夫だ。ここで暴れるほど愚かではないだろう」


 デモサリウスの言葉に、深々と頭を下げ近衛兵が部屋を出ていく。デモサリウスとユーナは二人きりとなる。


 数秒、目線が重なる。青と緑が混ざり、緑みが強い鮮やかなターコイズグリーンのユーナの目は、魔族であるデモサリウスにも美を感じさせた。


「魔族のプリンス様は、来客をもてなしてくれないのかしら?」


 長い金色の髪を指でくるくるともてあそびながらユーナは臆せず言う。


「これはこれは失礼。来客などほとんどないんだ」


 デモサリウスは先ほどまで読書をしていたテーブルに、魔法でティーセットを作り出す。


「プリンセスのお口に合うか分からないが、人間用に味は整えたつもりだ」


 ユーナに椅子を差し出し、テーブルを挟んで対面する形で自分も腰掛ける。ユーナは何の警戒もなくお茶に手を付ける。


「あら、美味しいわ。ケーキでもあれば完璧ね」

「毒が入っている可能性は考えなかったのか」

「そんなせこい真似する人じゃないでしょ。何より、貴方は私を殺そうと思えばいつでも出来たはずだわ」


 この女、気づいていたか。確かにユーナのスキル「全魔法解放」による物理・魔法無効化を打ち破るのは困難だ。しかしそれを継続し続けるための魔力には限界がある。


 人間最強クラスの魔導士といえども、デモサリウスの魔力量に比べれば遥かに劣る。本気で攻め続ければユーナの言う通り、殺すこともできただろう。


「否定しないのね。まぁ、いいわ」

「何をしに来た? まさかお茶が飲みたかったわけではないだろ」

「こんなに美味しいお茶をいただけるとは思ってなかったけど、目的は果たせているわ」

「俺と話してどうしたいと言うんだ」

「貴方に興味があるの」


 目の前の人間の女は何故か微笑んでいるが、目は真剣だ。


「お前、変わってると言われないか?」

「ユーナよ、知ってるでしょ。魔族の貴方にまで変わっていると言われるのだから、そうなのかもね」


 戦場においてユーナは王女として、指揮官として威厳ある振る舞いをしてきた。当然デモサリウスもそんな姿しか知らない。


 しかし今ここにいるのは、20歳そこそこの若い天真爛漫な女性にしか見えなかった。困惑するデモサリウスをよそに、ユーナはマイペースに話し続ける。


「貴方、大きいよね。座っていても見上げなきゃいけないから、首が痛いわ」


 漆黒の全身に禍々しい角を持つ巨大な魔族。俺を目の前にして怯えもせず、文句まで言うとはなんと肝の据わった女なのか。

 デモサリウスはユーナのペースに嵌まっていくのが次第に心地よくなる。


「いきなり夜中に人の家に来て、文句か。まったく」


 デモサリウスが一つ魔法を詠唱すると、全身を闇が包んでいき、その巨体が萎んでいく。

 闇が霧散した後、そこには黒髪の若い人間の姿があった。流石のユーナも目を丸くする。


「これで文句はないだろう」

「人間に変身までできちゃうのね。どこから見ても、普通の男の人だわ……歳も私と同じぐらい。どんな姿にもなれるの?」

「いや、そこまで便利じゃない。年齢も人間に換算するとこれぐらいになるんだろう」

「もっと年上かと思っていたわ。親近感が湧いていいわね」

「俺は200歳を超えてるんだけどな」

「お祖父様よりもっと年上じゃない! 敬語を使った方がいいかしら?」

「構わない。魔族と人間の時間感覚に大きな隔たりがあるだけで、俺も魔族の中ではユーナと同じくらいの年齢なんだ」

「ふーん」


 人間の姿になった魔族が物珍しいのか、ユーナはデモサリウスの全身、顔をきょろきょろと目まわす。


「引き締まった体に整った顔。目つきは相変わらず悪いけど、貴方、モテるわよ」

「人間に好意を持たれても仕方ないだろう」


 そもそも魔族の中でも俺はモテるんだぞ、と言いかけ止める。


「本当にこんなおしゃべりをするために来たのか?」

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