第9話 交戦

「こちらも応戦するぞ! ただし、やりすぎるな!」


 魔族側も進軍を開始する。デモサリウスはユーナを牽制しつつ、敵を蹴散らしていく。

 相手が強化されているのはデモサリウスにとってむしろ都合が良かった。バフがかかっていなければ、手加減をしても命を奪ってしまうから。


 魔王国とタルギール帝国の間に位置するトレイル王国。小国が次々と帝国に滅ぼされていくなか、帝国の属国ではあるが、自治権を与えられている異例の国だ。


 その理由を大きく占めるのが、王女でありながら類まれなる戦闘力を有するユーナ・スタリングの存在だった。


 当初はトレイル王国を滅ぼさんと大軍で攻め込んだ帝国だったが、ユーナが先陣を切る王国軍との戦いは苛烈を極め、双方に多大な損害を残し侵略は失敗に終わる。


 しかし戦いで疲弊した王国は、自治権が与えられる代わりに帝国の属国となるという条約を吞まざるを得なかった。

 そして帝国から発せられた魔族討伐令により、王国は魔族と交戦状態に入っていた。


「我が国のため、死んでもらうっ! シャイン・ブレイク光の刃っ!」


 トレイル王国の兵士がデモサリウスに切りかかる。眩い光を放つ刃は闇を好む魔族にとって相性が悪い。

 兵団長クラスと思われるこの兵士は、戦いにおける練熟度だけでなく士気が非常に高い。あ奴も自分の国を、大切な者を守るために命を掛けている。


ダークネス・アーム黄昏の使者


 暗黒の霧がデモサリウスの腕を覆っていく。兵士の一閃はデモグラシスの片腕で止められ、光は闇に喰われるように消滅する。


「ふんっ!」


 もう片方の腕で兵士の腹部を殴りつける。鎧がメキっと音を立て、兵士は後方に吹き飛んでいく。もちろん、本気の一撃ではない。


「あ……あ……ああっ……」


 デモグラシスが脇に目をやると少年兵がガタガタと震えている。今にも腰が抜け、へたり込んでしまいそうだ。

 デモグラシスは一歩、二歩と少年兵に近づき、拳を構える。少年の目に映る自分は正に悪魔だろう。先ほどの兵士と違い、手加減をしたとしても致命傷は免れまい。


 デモグラシスは構えを解き、少年兵の脇を横切る。


「子どもには手を出すな」


 近くで戦っている魔族に告げ、デモグラシスは遠くで指揮をとっている敵将ユーナに意識を戻す。


「デモサリウスは私が止めます! みなは後退の準備を!」


 帝国からの魔族討伐令は今回も達成できそうにない……。望まぬ戦いではあるが、トレイル王国が生き残るにはやるしかない。ユーナは唇を強く噛む。


 それにしても……先ほどデモサリウスは王国兵を見逃したのでは? それにこれまでの戦いでも負傷者は多数出るものの、死者はごく僅かに留まっている。

 始めは王国兵の奮闘のおかげだと考えていたが、魔族はわざと力を抜いているの……。


 何故そんなことをする必要がある? 何かの罠なの? ユーナの中で疑念と混乱は膨らんでいた。


 最前線の兵たちが撤退し始め、ユーナとデモサリウスが相対する形になる。


「ユーナ・スタリング、今日こそ決着を付けるか?」


 デモサリウスの声に怒気は乗っておらず、戯れに聞こえるほどだ。真っ赤な鋭い目は人のように感情を宿さず、口や鼻もマスク状になっているため、声だけが唯一かの者の感情を掴む糸口となる。

 お前らなどいつでも殺せる、そう言いたいの? いえ、そういった類の感情ではない。だとしたら……。


「デモサリウス、あなたは何故戦うのですか?」


 戦場で相まみえるとことはあっても、こうして面と向かって会話をするのは初めてのことだ。ユーナは自分でもどうしてこんな質問をしたのか不思議だった。そしてデモサリウスも戸惑ったように返答する。


「お前らが攻めてくるからだろう。それ以外に理由などあるか」

「人間を滅ぼしたいのではないの?」


 いにしえの時代より、魔族は人に仇成す存在だとされてきた。魔族は幾度も人間を滅ぼさんと侵略を行い、その都度、神の加護により人が勝利してきた歴史がある。


「何故滅ぼす必要がある? そんなこと考えたこともないな」

「これまであなたたち魔族はそうしてきたのでしょう?」

「確かに一部の魔族は人間を敵視しているやつらもいるさ。だが、親父もじじいも、平和主義者なんだよ。そして、俺もな」


 デモサリウスの父、魔王デモグラシス。人間のタルギール帝国と対をなす、最大の魔族国ハイベリオンの現国王にして恐怖の象徴。そんな魔王が平和主義者ですって?


「あなたの言う平和の意味は、私たちとは違うようね」

「じゃあお前らの平和とはなんなんだ?」

「誰もが安全に、自由に暮らせる世界、状態のことよ」

「その『誰もが』は人間だけなのか?」


 ユーナは薄々気づいてはいた。私たちは物事の対象を自分の立場からでしか考えていない。帝国の唱える平和は帝国のもので、トレイル王国のような小国には真の自由も平和もない。


 でも私たちだってトレイル王国の平和さえあれば良いと思っていると言われれば反論できない。

 だって分かっていた。私たちは魔族から攻撃を受けたことは一度だってない。いつも攻めているのは私たちの方だ……。


「あなたの平和には魔族だけでなく、人間も含まれると言うの?」

「当然だ。命に魔族も人間も違いはない」


 真剣な口調で言い切るデモサリウスに、ユーナは思わず笑ってしまう。


「何かおかしなことを言ったか?」

「いいえ。あなた、意外と面白いのね。また、会いましょう」


 怪訝そうな様子のデモサリウスを残し、ユーナは撤退が完了しつつある自軍に戻った。

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