第8話 過去
「魔王様、お休みになられたのでは……」
再び会議場に現れた魔王に大臣たちが心配そうな声をかける。
「ソレミアの元へ行っておった。国防大臣、
「それは良きこと。配備などの手筈はわたくしめが軍団長たちと調整いたします」
「任せた。スカーレットからの報告はあったか?」
「ちょうど先ほど、敵を完全に退けたと連絡がありました。紅蓮騎士団の被害は軽微でしたので、デモグラシス様には明日ご報告をと考えておりました」
「それで良い。スカーレットが戻ったら今回のこと、
「はっ」
危惧していた不測の事態もなく、スカーレットはしっかりと役目を果たしてくれた。
この日はじめて魔王の心に安堵の色が灯る。
「邪魔をしたな。今度こそ今日は休ませてもらう」
「後はお任せください」
テレポートの行き先を自室に設定し、魔王は会議場を後にした。
―――――
長い一日だった。魔王はその巨体を支えるだけの頑丈さと広さをもったベッドに仰向けになる。
部屋の壁を埋めつくす、ぎっしりと本が詰まった書架たち。そこから数冊を抜き取り、読書をしてから眠るのが魔王のルーティンだったが、今日は本を読む気力も湧かない。
人間たちの一部は勘違いしているようだが、魔族だって眠るし、夢も見る。なかなか寝付けないことがあるのも一緒だ。
魔法を使える者の中には、睡眠効果を付与する魔法を自身にかけて強制的に眠りにつく者までいるらしい。
しかし魔王には状態異常無効化が常に働いており、その方法を使うこともできない。
難儀なものだな。魔王は目を閉じ、とりとめのない思考に漂う。父であるデモグラシス一世から王位を継ぎ300年が経った。
つまりは父が亡くなってから、もうそんな歳月が流れたということだ。
父は民を愛し、民も父を愛した。偉大な為政者として、魔族の歴史に名を残す存在だった。
徳を以って誰もが幸福に暮らせる世界を目指す、そんな王道をゆく父を魔王は誰よりも尊敬していた。
そしてユーナ。人間の女でありながら、魔王の心を大きく動かした存在。
彼女との会話、共に過ごした喜びはどれだけの時間が経っても色あせることはない。
あの時、自分がもっと強かったら、
彼女の温かい微笑みを想いながら、いつの間にか魔王は眠りに落ちていった。
―――――
「魔王が息子、デモサリウス! 今日こそあなたを倒します!」
腰まである金髪をなびかせ、白を基調に澄んだ青で装飾された法衣を纏った若い女性が戦場で声を上げる。
デモグラシスの名を継ぐ前の若き魔王、デモサリウスは対峙する相手に呼応する。
「ユーナ・スタリング! いつもいつも、王女さまはよっぽどお暇なようだ!」
「黙りなさい!
ユーナの手から閃光が伸び、鞭のようにしなりながらデモサリウスに迫る。
「
地面が盛り上がり、厚い岩の壁がデモサリウスの前に出現する。ユーナの光の鞭は岩に大きな亀裂を作るが、破壊するまでには至らない。
「そんなもので私が止められると思ってっ!」
ユーナは鞭を高速で回転させ、その遠心力をもって岩の壁へと叩きつける。防壁は粉々に砕け、その向こうにいるデモサリウスを巻き込む。
「いない……!?」
壁の向こうにいるはずのデモサリウスが姿を消している。テレポート? いえ、この戦場には私が転移を封じる魔法をかけているはず。
「上ねっ!」
上空を見上げるユーナの目に、翼をたたみ自由落下をはじめたデモサリウスの姿が映る。
あの一瞬であそこまで跳躍したというの? 魔族の身体能力は人間を超えるけれど、ここまで差があるものなの……。
「こちらをお返しする!
直径3m程の火球がユーナに向けて放たれる。
「
オーロラ状の膜がユーナを覆っていく。火球がぶつかる炸裂音が響くが、ユーナは傷一つ負っていない。
「ちっ。まったく厄介な女だ」
着地したデモサリウスは恨めしそうにユーナを見る。トレイル王国の王女にしてスキル「全魔法解放」を持つ人間最強クラスの魔導士、ユーナ・スタリング。
攻撃系魔法だけでなく、防御、回復、補助までを一人でこなすだけの魔力と集中力を備えたチーターだ。
「パワーアップ・オール! プロテクション・オール! ファスト・オール!」
いくつものバフ魔法を自軍全体に付与していくユーナ。彼女は
ただ、デモサリウスの攻撃を防ぐには自身の防御に集中する必要があり、広範囲にわたる味方まではカバーできない。そのためバフで味方を強化しており、並みの相手なら圧倒的優位に立てるだろう。
ただし、デモサリウスが本気になれば、いくらバフを積んだところで普通の人間の兵士ごときを打ち破ることは不可能ではない。
「神のご加護は私たちをお守りくださいます! トレイル王国の勇敢な兵たちよ、進みなさい!」
「おおおお!!」
ユーナの号令に呼応して、バフで大幅に強化された人間の兵士たちが一斉に駆けだす。
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