第7話 戦後
自らの手で作り出した地獄絵図の戦場から、見慣れたエクリプス城の会議室へと景色が変わる。待機していた大臣たちが魔王の帰還を受けて、一斉に立ち上がる。
「ご無事でお戻りくださり、何よりでございまする」
出立前に魔王に心配の声をかけた老いた内務大臣アスフォードが、安堵した表情で迎える。
「チーターは排除した。敵軍に打撃を与え、後を紅蓮騎士団に託した」
「素晴らしきことです。さぞお疲れのことでしょう。現在至急の要件はございませぬゆえ、お休みくださいませ」
「そなたらに甘えさせてもらう。ただ、スカーレットから緊急連絡があればすぐに私に知らせよ。あやつ、私に気を遣って直接連絡して来ぬやもしれん」
だがスカーレットはああ見えて心の機微を察知するのが上手い。人間側の思いもよらぬ援軍などで危険が迫っても、今の魔王に負担をかけまいとするだろう。
「かしこまりました。引き続き、紅蓮騎士団の動向はこちらで慎重に把握しておきます」
国防大臣は馬のような耳をピンと立てて言う。
「よろしく頼む」
魔王はテレポートを発動させる。目的地は自室ではない。みなが気を遣ってくれるのは嬉しいが、スカーレットから勝利の報が届くまでは休むつもりはなかった。
行き先は、
―――――
まだ日が登っている時間帯にも関わらず、レギーナ砦は薄暗く、妖艶にゆらめく松明が明暗を作っている。
人間なら悪寒を感じる冷え冷えした空気は、魔族に対しては心地良さを与えてくれる。
魔王が転移したのはレギーナ砦の中で
松明に照らされた一画には大量の骨が小山を作っている。魔族のものとも人間のものとも見えない、一つ一つが巨大で、強いて例えるならドラゴンの骨に近いだろうか。
さらに別の一画には高さ3mほどもある巨大な窯があり、近くをフードがついたローブがふらふらと浮遊している。
意志を持った布切れは窯に巨大な骨や朽ちた金属、異様な形の草、どろどろした粘液などをドボンドボンと投げ入れていく。
「クエル・デル・サロゴ・サモン」
ローブがしわがれた老女の声で詠唱する。窯の表面を黒い靄が覆っていき、やがて中へと吸い込まれていく。
ぐつぐつと窯が沸き立ち、中から太い腕の骨が突き出でくる。両腕が窯のふちにかけられ、ぐぐっと力むような動きをしてから、一気に全身が外へと飛び出してくる。
胴体に頭、手足があることは魔族や人と同じだが、皮膚はおろか肉はない。体を構成するのは太い骨と金属で、白と銀が半々ほど、何の規則性もなくまだら模様を作っている。
身長は魔王と同じくらい巨大で、背中から三角の板のような突起がいくつも突き出ている。
「よしよし、いい子だね」
「クホォォォォ……」
生み出された怪物は自分の周りを飛ぶローブに向けて首を振る。
「ソレミア」
魔王が声をかけると、ローブは夜道でいきなり後ろから声をかけられた一般人かのように、びくんと反応する。
「デ、デモグラシス様ではないですか。これはこれは……」
魔王の前にふわふわとローブが舞い降りる。フードを被り、ローブに袖を通した形をしているが、中身は黒いガスのようなもので満たされており、顔もない。虚空から老婆の声だけが発せられている。
「ソレミア、今は私たち以外誰もおらんぞ」
正確には先ほど生み出された怪物はいるが、物事を深く理解できる知能があるようには見えない。
ローブはきょろきょろと辺りを見渡す動きをしてから、小さく詠唱する。
黒いガスが晴れていき、青白い肌が浮き出てくる。肌にはハリがあり非常に若々しい。丸い顔は小さく、血色の悪い唇がちょこんと乗っている。
他のパーツに比べて大きめの目はうるうると潤いを帯びており、ピンクの瞳と共に死体のような顔色に彩を添えている。
フードを取るとツインテールに結ばれた銀髪が、松明に照らされてキラキラと光る。
「ま、魔王様、お会いできますしたこと、嬉しく思いましゅ……ます」
しわがれた声は少女の高い声に変わり、大きく身長差がある魔王を上目遣いで見上げる。
その青白い肌と可愛らしい容姿にファンも多かったが、極度の照れ屋である彼女は他人の視線を集めるのを嫌った。
その才を魔王に買われ軍団長になってからは他人の前では姿を隠し、威厳を保つためだと老婆の声を使っている。
「報告にあった新たな発見とはあれのことか?」
魔王は積まれている骨と、それによって出来たであろう怪物を示して問う。
「はいっ! あれはですね、北部の寒冷地から掘り出された太古の生物の骨なんです! ドラゴンや鳥の祖先じゃないかと私は見ています。まだまだ研究中ですし、そう多くは採取できないのが残念ですが、見てください、あの雄姿を! 背中の突起がかっこいいですよね、ね! いったい何の役割を果てしていたのか、武器? それとも表面積を上げることに意味があったのかな? あれを活かすにはもっとこうして……」
ものすごい勢いでまくしたてた後、ぶつぶつと自分の世界に浸るソレミアに、いつものことながら魔王はあっけにとられる。
天才少女にしてアンデッドオタク。本当の顔とこの調子を晒すのは魔王と二人きりの時だけだが、確かにその方がよいかもしれない。
「わかった、わかった。少し落ち着け」
「あっ……ご、ごめんなひゃいっ……! デモグラシス様の前だと私、浮かれてしまって……」
ソレミアの目の潤いは更に増し、今にも涙がこぼれそうになる。魔王はポンポンと彼女の頭を撫でる。
「よいよい。素晴らしい研究成果だ。国防大臣から増兵の要請が出ていてな。増産はできるか?」
「ありがとうございますっ。ただ、まずは数十体というところでしょうか。なるべく早くたくさん作れるように頑張りますっ!」
見たところ一体でもかなりの戦力にはなりそうだが、数十では心もとないな。素材、か。あまり気は進まぬがあれだけの死体や魂を野ざらしにしておくのも哀れではある。
「いま紅蓮騎士団と帝国軍が交戦している。敵は数千単位で死者が出ている。戦いが終わり次第、回収することを許可する」
「ほ、ほんとですかっ! それならすぐにアンデッド兵を量産できますし、今の研究も進みます! このところずっと素材不足でしたから!」
そこまで言って、ソレミアは魔王が人の死を喜ぶような方ではないことを思い出す。ネクロマンサーという性質上、仕方がないことだが、魔王の心を土足で踏みにじった己を恥じた。
「丁重に弔った後、世界のために活用させていただきます」
「よろしい。中にはS級スキル持ちの魂も含まれるはずだ。うまく使ってくれると助かる」
「かしこまりました」
S級スキル持ち! 100年に一人という存在の魂からは、どんな高レベルなアンデッドが生成できるだろうか。
ソレミアは小躍りしたい気持ちをぐっと抑え、魔王に首を垂れる。
すまぬな、ソレミア。そなたの役割はよく分かっている。無邪気な好奇心を私に見せまいとしてくれたこと、有難く思うぞ。
魔王は再度ソレミアの頭をポンポンと撫でてから、テレポートを展開する。
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