第6話 蹂躙

「激雷光牙剣っ!!」


 ロックが二つ目のスキルを発動させた時、上空でタイミングを図っていた魔王は最前線にテレポートした。

 視界が瞬時に切り替わり、バリバリと雷を纏い荒れ狂う暴風が魔王の眼前に迫る。


プロテクト・ウォール絶対防壁


 半透明の薄い紫色の魔法の壁が、敵の渾身の一撃をシャットアウトする。壁への衝撃から魔王は敵の力を推し量る。

 確か父親の方は複数の剣技スキルが使えるはずだが、所詮はC級スキルの寄せ集めに過ぎない。


 S級スキル「全剣技開放」所有者であるロックが実際に使った剣技もC級止まり。

 続けざまに剣技を放ったセンスは認めるが、物理防御や魔法防御無効化、広域即死剣技などを出してこなかったあたり、やはり実戦経験が圧倒的に不足している。

 当然「神の剣技」も使えはしないのだろう。


 土煙の切れ間からまず目に入った父親の方へと手をかかげる。せめてのも情け、子どもより後に逝くのは辛かろう。


ダーク・シャドウ闇への誘い


 人一人が丸ごと収まるほどの闇の塊を放射する。光さえ飲み込むような暗黒はガーサントの命を一瞬で奪う。

 そして本命であるロックにも同様に死の魔法を放つ。


「すまない」


 それが人間であっても前途ある若者の未来を摘み取るのは、魔王の心にしこりを作った。

 贖罪の言葉を口にしたところで、生命を奪われる側には何の意味もないだろう。


 魔王の言葉が届いたか、あるいは何が起きているのか分からないといった困惑に満ちた表情を浮かべながら、ロックは闇へと消えた。


 チーターの排除という最優先目標は達せられた。しかし魔王には安堵や喜びの感情はない。


 団長ガーサントと副団長ロックが消えた……いや、殺された。疾風騎士団の先頭集団は、漆黒の体に巨大な角が生えた化け物の出現で、自分たちの勝ち目はほぼ霧散むさんしたことを悟っていた。


 伝承にある魔王そのものの姿、この圧倒的な威圧感。人がどうこうできる存在ではない。体は硬直し、心臓は爆発しそうな勢いで脈打つ。


「団長と副団長の仇を討つぞっ……!!」


 兵士たちの中でも特に勇猛な古参兵が叫ぶ。そうだ、我々は引くわけにはいかない。それに団長たちが含まれるとはいえ、やられたのは百騎にも満たないはず。


 たとえ相手が魔王であっても、10,000の軍勢で押しつぶす! 最前線にのこのこと出てきたことを後悔させてやる!!


 ガーサントとロックを消し飛ばした魔法は、魔王が操る数多ある魔法の中でもピンポイントで対象を抹殺できるものだ。

 万が一にも討ち漏らすことがないよう、あえて広域殲滅魔法は使わなかった。


 目標が疾風騎士団の戦力を削ぐことに変わった今、魔王の選択肢は無数にある。それらの手段から、魔王はできるだけ相手が苦しまずに逝けるものを選ぶ。


ライトニング・アロー雷の洗礼!」


 魔王の薄い青色をした角が冷たく発光し、冥界に誘うような深い青へと変わっていく。

 魔王の変化に合わせて、雲一つない晴天に不穏な空気を帯びた黒雲が広がっていく。


 数多あまたの眩い光が戦場を煌々と照らす。そして光たちは獲物を狙う猛獣のように疾風騎士団に降り注ぐ。

 耳をつんざく轟音が獣の咆哮となって兵士たちを喰らっていく。たった一発の魔法で、千騎は命を散らしていく。


リッパ―・サイクロン死の揺り籠!」


 幅50m、高さ100mを超える緑の渦が、疾風騎士団の右翼を蹂躙していく。ガーサントとロックが繰り出した剣技と奇しくも同じ属性の魔法だが、その威力は彼らのものとは桁が違う。


 高速で回転する渦は周囲の者を自らの体に引き寄せ、細切れにする。肉片は渦に吸い込まれ内部で更に分解されていく。

 渦はジグザグと酔っ払いのように蛇行しながら騎兵を馬ごとミンチにしていき、後方にいる歩兵までその歯牙にかける。


バニシング・フレア煉獄鳥!」


 魔王の頭上に人の頭大の火球が灯る。ドクンドクンと胎動する火球は上空に上っていく。次の瞬間、直径数メートルまで一気に成長した火球は瞬きをする度に巨大になる。


 そしてその形も円形から楕円形になり、細胞が分裂するように細かな形を作っていく。やがて翼ができ、頭、胴体、尾が かたどられる。


 燃え盛る炎の翼を含めた横幅が100mを超えるまで成長した時、業火の鳥は疾風騎士団の左翼に向けて急降下を始める。


 大規模な地震を思わせる振動と炎気が戦場を駆け巡る。着弾点に近かった兵士たちは黒い影だけを残し蒸発し、広範囲にわたって金属製の鎧ごと人間を溶かしていった。


 魔王によるたった三発の魔法で10,000いた疾風騎士団の3分の2は壊滅した。

 人間たちに伝わる悪の魔王であればここで高笑いするのだろう。いっそ、そうであった方が楽なのかもしれない。


 彼は己が手で行った虐殺行為を目に焼き付けた後、戦場に背を向ける。ロックたちの剣技は魔王が無効化したため、スカーレットをはじめ紅蓮騎士団に損害は出ていない。


 初めて戦場で魔王の強大な力を目の当たりにし、スカーレットは興奮に打ち震えていた。


 これが我が敬愛なるデモグラシス様の威光! 私がその身を捧げる至高の存在! ああ、このままあなたの胸に飛び込みたい!


「スカーレット、もう一発ほど撃ち込んでおくか?」


 スカーレットは魔王の言葉で冷静さを取り戻す。冷酷な字面とは裏腹に、魔王の言葉には悲しみの感情が色濃く出ていた。


 私は勝手に浮かれてしまった。デモグラシス様は殺生を好まぬお方。本当はこのようなことをされたくはないのだ。


 あれだけのお力を持ちながら、それを私利私欲に使わず、世界平和を目的としてのみ行使してきた。

 そのような崇高な姿勢を含めて、私はこの方に心からお仕えしているのではないか。


「いえ、後は我々にお任せください。デモグラシス様は王城で吉報をお待ちください」

「うむ。それでは後は頼む。投降するものは殺さず解放してやれ」

「はっ!」


 これ以上、デモグラシス様にご負担をかけるわけにはいかない。敵は既に大きく瓦解しており、こちらに被害は軽微に収まるだろう。王はそこまで見越してご自身で力を振るわれたのだ。


「さあ、出番だよ、お前たちっ! 抵抗する奴だけ狙いな、いいねっ!」

「御意ぃぃぃ!!」


 魔王の横を紅蓮騎士団たちが駆けていき、戦場の空気が掻き混ぜられる。

 血の匂いと肉が焼け焦げる匂い、糞尿の匂いまでもが混じった死の空気。


 魔王は疲労を感じていた。魔力の消耗が原因ではない。彼の魔力量にとってあの程度の魔力消費は、コップからこぼれた多少の水滴にすぎない。


 疲労の原因は己の心の弱さにある。大きくため息をついた後、魔王は転移魔法を展開し、その身を闇に潜り込ませた。

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