第3話 紅蓮騎士団
魔王の心配をよそに、スカーレットの一撃を受けた兵士は剣を支えになんとかその場に立っていた。
「よく耐えた! 貴様はいい豚だ!」
「あ……あり、がたき……幸せっ……!」
ガシャンと兵士は崩れ落ちる。待機していた妖術師が慌てて回復魔法をかける。
「さあ、次にご褒美が欲しいのはどの豚だいっ!」
「私が!」
「いや、私だ!」
「女王様の愛のムチは渡さぬ!」
目の前で仲間が瀕死になったのを見ても、兵士たちは我先にとスカーレットからのシゴキを懇願する。
異様な光景を見せつけられた魔王だったが、こいつらはこういう連中だったなと思い直す。
紅蓮騎士団の騎馬による屈指の突撃力はスカーレット自体の力ももちろんあるが、彼女を「女王」と崇め命を投げ出すことを一切躊躇しない屈強な兵士たちがその力の源泉でもある。
「スカーレット」
魔王はスカーレットの後ろ姿に語りかける。
「その
先ほどまで暴れ狂っていた長い黒髪はさらさらとしなやかに、振り向くスカーレットに合わせてふわりと優雅に風を切る。
闇を好む魔族は肌が白い個体が多いが、彼女は人間で言うと少し日に焼けたような肌をしている。
切れ長の目は、甲冑と同じ緋色の瞳との相乗効果で彼女の強い意志を表している。
身長2.5mはある魔王と並ぶと小さく見えるが、2m弱という身長は魔族の女性の中ではひと際大きい。
装備が軽装なため様々な場所の露出が大きく、その巨体に相応しいサイズの胸部や臀部が嫌でも目立つ。
210歳という若さで師団長まで駆け上がった、戦闘のエリート、それがスカーレット・テースト。
先ほどまで部下を罵っていた態度は一変し、恋する少女のようなはにかんだ笑顔を見せながら魔王に飛びつく。
魔王がそれとなくかわすと一瞬しょんぼりした表情を見せる。
「スカーレット、今日はねぎらいに来たのではない。S級スキル持ち、チーターが出現した」
彼女の目から甘えの色が瞬時に消え、鋭さを宿す。
「我々の出番ということですね」
「察しが良くて助かる。標的はタルギール帝国の疾風騎士団、副団長ロック・スティールハートだ。『全剣技開放』を取得している」
「全剣技ということはアンデッド特効や防御力無視の剣技も使えますね。他の師団では分が悪い……剣に慣れ、機動力のある我々が最適とのご判断かと」
スカーレットの分析は間違ってはいない。しかし本当に危険なのは「神の剣技」に手が届く可能性だ。
軍団長にすら秘匿しているが、300年前の
「敵はまだスキルに目覚めて間もないゆえ、それを使いこなせるかは疑問ではあるが、念には念をな」
「承知つかまつりました、すぐに出撃の準備をいたします」
部下に命令を発しようとするスカーレットを魔王は遮る。
「紅蓮騎士団の使命は陽動だ。本命をおびき出し、私が確実に排除する。このことはお前と部隊長だけに留めておけ」
魔王軍の主力の一つである紅蓮騎士団を囮に使うなどとは、人間側はまず思うまい。誇り高き騎士団に陽動を命じることは、魔王としても忍びないものがあるが。
当のスカーレットに反感の色は一切なく、真っすぐに魔王を見詰め返す。
「はっ。我が敬愛なるデモグラシス様のご采配、しかと承ります」
「そなたの忠義に感謝する」
口元がマスク状になっており魔王の感情は見た目では図りかねるが、スカーレットには彼が微笑んでいるように見えた。
ああ、なんて素敵な笑顔。貴方のためならばどんな死地にも喜んで赴きましょう。
「疾風騎士団が相手、それに副団長を引っ張り出すには……兵は5,000ほどが最適かと考えます」
「よろしい。なまじ規模が大きいと帝国全体をつつくことになる。かといって寡兵では獲物は首を出さないだろう。準備はどれほどかかる?」
「本日中に出陣できます」
「そんなに早くできるのか?」
スカーレットを疑うわけではなないが、5,000の兵を当日中に動かすというのは無茶な話だ。
「ここにいる豚共には常日頃から『できない』という言葉は禁じていますので」
先ほどのシゴキを見るに、確かに彼女が今日出ると言えば、そうするのだろう。魔王は少しだけ兵たちが気の毒になるが、彼らが望んでいることでもあるので難しい。
「出陣は明日の日の出とともに行う。我が軍に動きがあると密偵からあえて情報を流し、バイアリー平原を狩場とする」
「我が国と帝国の間の緩衝地帯でございますね」
「ああ。人間側の村などを巻き込むのは本位ではない」
S級スキル持ちは最優先で排除すべきだ。しかしだからといって無差別な殺戮がしたいわけではない。人間側の被害もできるだけ少なくしたい。世界平和のため、魔王にできるギリギリの判断だった。
そんな心の内をスカーレットは理解しているのだろう、「承知しました!」とだけ言い残し、部隊に命令を出しに立ち去る。
出来るならば誰も殺めたくはない。人間にも愛する者や守るべきものがあるだろう。
魔族と人間の友好。私はユーナと共に見た夢を叶えられる日は来るのか。私のやっていることは本当に世界平和に繋がっているのか?
しかし世界を崩壊させかねないS級チートスキルを野放しにするわけにはいかない。憎むべきはチーターではなく、人間を通じて世界を掌握しようとする悪意に満ちた神だ。
父と、そしてユーナの
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