第4話 出陣
帝国軍・疾風騎士団、副団長ロック・スティールハートはスキル「全剣技開放」を取得した時、喜びよりも安堵の感情が強かった。
スティールハート家は名門として代々、疾風騎士団を率いてきた。父ガーサントも類まれなる剣の才に恵まれ、誰もが認める団長として慕われている。
そんなガーサントの長男であるロックにかけられる期待が大きいのは当然だった。皆の、そして父の期待に応えるため、彼は幼い頃から必死で鍛錬を積み重ねた。
しかし歳を重ねるに連れ、周囲の期待は諦めへと変わっていった。
剣の腕そのものは決して悪くはない。ただ、いつになってもスキルが発現することはなかった。
5つのスキルを持ち剣豪と称えられる父には及ばずとも、自分も2~3のスキルは得られるものと思っていた。
副団長になれたのは親の七光りだ、弟たちの方がよほど相応しい。そんな声がロック自身にも聞こえるようになって久しかった。
父は何も言わなかったが、弟たちに稽古を付ける際は自分との稽古では見せない熱量を感じ、ロックはそれを直視できなかった。
18歳になってもスキルに開眼しなければ、副団長を辞そう。ロックが人生に諦めかけた時、ついに一つのスキルを取得した。
「全剣技開放」。神は私を見放しはしなかった。敬虔なファピアノ教の信徒でもあるロックは神の慈悲に涙した。
周囲の彼を見る目は一変し、父も大いに喜んでくれた。父が持つ5つの剣技スキルはすぐに扱えるようになり、隊員たちのスキルも吸収していった。
やっと父に本心から認められた。スティールハート家の名誉も守れる。ロックは肩にのしかかった重圧から解放され、これからの活躍に胸躍らせた。
「ほ、報告いたしますっ……! 魔王軍に動きあり……! 紅蓮騎士団が南下の準備に入っているとのことですっ!」
斥候からの一報にロックを含めた兵士たちは動揺を隠せない。団長ガーサントだけが冷静に振る舞う。
「皆、静まれ。して、数は?」
「約5,000と見積もられますっ……!」
「5,000、か。帝都を脅かすほどではないが、放っておくほど軽い数でもない、な」
「何が目的でしょう? 父上」
この上ないスキルを手に入れたとはいえ、実戦経験のないロックに魔王軍の意図までは掴めない。
「こちらの動きを察知しての威力偵察、か。前線を押し上げ、帝都攻略の前線基地を確保するつもりかもしれぬ。後者の場合、絶対に阻止せねばならん」
「では、我らも動きましょう!」
「うむ。こちらは10,000で迎え撃つ。魔王め、中途半端に軍を動かしたことを後悔させてやろう」
ガーサントの命で一斉に兵士たちが準備に取り掛かる。ここ数十年、大きな戦争はなく、ロックを含めこれが実戦の初陣となる兵士は多い。
緊張と興奮が渦巻き、この場の気温が上昇したように感じられる。
「ロック、お前にも出てもらうぞ。実戦に勝る経験はない。『全剣技開放』を更に高め、この戦いでわしの跡継ぎだと改めて皆に知らしめよ」
「はいっ! 父上のご期待、必ずや応えてみせます!」
ロックを突き動かすのは恐怖ではなく使命感であり、神が与えし最強のスキルをもって魔王軍を撃退することへの高揚感だった。
―――――
深みのある青が徐々に白みを帯び、地平線が焼けていく。紅蓮騎士団の緋色の甲冑が、日の出の光を乱反射させる。
5,000騎が一糸乱れぬ隊列で「女王」からの命を今か今かと待つ。
訓練では被っていなかった兜を手に、スカーレットが先頭に立つ。2m近くある彼女の体を悠々と背に乗せる馬は1トンはあるだろう。
光さえも吸い込んでしまうかのような漆黒の馬体。たてがみと尻尾はメラメラと燃える炎で形作られている。人間は彼女と愛馬を前にしただけで、一歩も動けなくなるに違いない。
「豚どもっ、出陣だっ!」
「おおおおお!!」
大地を震わす5,000の鳴動。紅蓮騎士団の出陣を魔王は一人、
私の出番は一瞬だ。狙うはS級スキル持ちの副団長ロック・スティールハート。一撃をもって奴を排除し、疾風騎士団に大打撃を与え、侵攻の手を止めさせる。
密偵からの情報ではロックはまだ18歳。今回が初陣だという。前途ある若者の目の前には死が待つ。
「これは、おとぎ話の悪の魔王そのものだな」
魔王は自嘲と共に呟く。世界平和を標ぼうしておきながら、やることは死と破壊。何も否定できない。
しかしそれでも、信じる道のため、この手を汚そうではないか。
魔王国から南、帝国から北に位置するバイアリー平原。高い木もなく、数キロに渡り見晴らしのよい草原が広がる。
進軍したり砦を築こうとすれば、お互いにすぐ察知できる。その環境が緩衝地帯として最適な役割を果たしている。
普段は平穏そのものの平原に騎馬たちの駆ける音が轟く。小動物たちは跳ねる大地に怯え身を隠す。
北から出た5,000の紅蓮騎士団と、南から出た10,000の疾風騎士団は同時に互いの姿を目視した。
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