第2話 チーター

「入れ」

 魔王が命じると赤茶色の肌をした学者風の魔族が息を切らしてなだれ込んでくる。


「失礼いたしますっ……! スキル調査隊から重要な報告がありましたため、一刻も早く王に知らせるべきと参りました……!」

「その様子からして、只事ではないな?」


 その場にいた全員の思いを魔王が代弁する。


「タルギール帝国の疾風騎士団、副団長ロック・スティールハートがスキル『全剣技開放』を得たとの報告が……!」

「『全剣技』と申したか?」

「は、はいっ、騎士団の近くに放った密偵によると、既に複数の剣技を使いこなしていると……」


 通常ではあり得ない報告だ。剣技系スキルは威力増加、属性付与、特殊効果付与など個別に効果が決まっており、一つの剣技を習得するだけで多くの鍛錬を必要とする。

 二つの剣技系スキルが使えれば人間としては熟練者、三つ以上であれば達人として扱われる。


「我が調査隊が申すなら間違いはないのであろう。S級チートスキルだ」

「な、なんですとっ……!」

「なんということだ……」


 魔王が発した「S級チートスキル」という単語を受け、知力も経験も兼ね備えた大臣たちすら大きな動揺を見せる。

 ただ一人、冷静に見える魔王でさえ、何十年かぶりの驚きを自覚していた。


 人間のみに与えられる特殊能力「スキル」に本来等級は存在しない。魔族が判別、管理しやすいようにA~Dのランクを勝手に付けているにすぎない。

 D級は取るに足らないスキルであり、C級は平凡、B級は警戒が必要、A級保持者には専属の監視を付け常に厳重警戒体制を敷いている。


 そして100年に一人現れるかどうかというS級には古の言葉から取った「チートスキル」と名付け、最優先で排除すべき対象としている。


 人間であっても命を奪うような真似はしたくはない。しかし300年前のあの惨劇、たった一人のチーターによって魔族も人間も多くの命が奪われた大災厄アルマ・ゲドンを再び引き起こすわけにはいかない。


 しかも今回のチーターが疾風騎士団の副団長というのも厄介だ。かの騎士団はタルギール帝国軍の主力の一つであり、我々魔族はもちろんのこと、人間が住む周辺諸国への侵攻の動きすら見せていた。

 国防大臣の懸念が最悪の形で顕在化してしまったか……魔王は意を決する。


「デモグラシス二世の名をもって、ロック・スティールハートをチーター認定し、非常警報を発令する! 私は前線の紅蓮騎士団を率いて出陣する!」


 ガタンと席を立つ魔王に、しわしわの緑色の肌をした年老いた内務大臣がかすれた声で言う。


「王のお考えは分かった上で、あえて申し上げますが、デモグラシス様自ら行くことはないのではありませんか?」


 内務大臣は先代魔王も支えてきた重鎮で、魔王が子どもの頃から面倒をみていた。


「アスフォード卿よ、私を心配してくれているのは感謝する。しかし、S級チートスキル持ちは最優先、全力で潰さねばならん。紅蓮騎士団や皆を信用していないのではないぞ。万が一、チーターに実戦での経験値を与えてしまい成長されれば、世界が崩壊しかねん。経験が浅い内に、魔王軍の全力、つまりは私の力を持って芽を摘むのだ!」

「そこまで正論をおっしゃられては、何も言い返せません。武運をお祈りいたします」


「ご武運を!」


 内務大臣に続き、全大臣が魔王にこうべ を垂れる。


「我は世界平和を所望する! そのためにはこの手を血に染めようぞ!」


 魔王が転移魔法を唱えると空間が歪み、黒い霧のような空間が浮かび上がる。

 漆黒の体と黒い霧が混じり、溶け合うように魔王の体は消えていった。


―――――


 魔王軍四大軍団の一つ、紅蓮騎士団は対タルギール帝国の最前線に陣取っている。転移魔法により突然現れた魔王に気づいた兵士は体が硬直している。


「スカーレットはどこに?」

「は、はいっ、スカーレット様は訓練場にいらっしゃいますっ!」

「そうか、訓練場はたしか……あちらだったな?」


 魔王が指さす方角を一瞥して、兵士は大きく頷く。


「私はスカーレットに火急の話があるゆえ、直接行こう」

「しょ、承知いたしましたっ!」


 直立不動で敬礼をする兵士の横を通り扉を開ける。訓練場の近くまで来ると、剣が交わる金属音と女性の罵声が聞こえてくる。


「そんなことで、誇り高き紅蓮騎士団員が務まると思っているのかっ、この豚めっ!」

「スカーレット様! 私は豚であります! まだまだやれる豚です!」

「よく言った! 褒美にこれをくれてやるっ」


 スカーレットが掲げた剣に青い炎が絡まっていき、周囲の空気までを焦がしていくかのように燃え盛る。

 肩や胸部、腰回りなど最低限の部位しか覆っていない緋色の甲冑が、青い炎と呼応してそれぞれに輝きを放つ。腰まである黒髪が、彼女の闘気を表すように大きく広がる。


「煉獄剣っ!」


スカーレットが剣を振るうと剣に宿った炎が塊となって、豚と呼ばれた兵士へと飛んでいく。


「ぐはあぁっ……!」


 火球が兵士に着弾する。爆発音と共に、苦しみもがく断末魔のような叫びが訓練場にこだまする。

 あれ、死んでないか? 魔王は見てはいけないものを見てしまった感覚に襲われた。

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