魔王は世界平和を所望する ~チートスキルは滅びの力 それでも彼女は殺せない~

黄金米

第一章 愛と死

第1話 魔王デモグラシス二世

「むかーし、むかし、人間は魔族に酷い目に遭わされました。魔族は悪の限りを尽くし、私たちはいつも怯えて暮らしていました。そんな人間を憐れんだ神様は私たちにスキルを与えてくださいました。神のお力を借りた人間は魔族を打ち倒し、平和な世界を作ったのでした」


 20歳前後の女性が10は離れているであろう男の子に、絵本の読み聞かせをしている。


「カレン姉さん、魔族は悪いやつらだね!」

「そうね……」


 カレンと呼ばれた女性は無邪気に笑う弟の頭を優しく撫でる。

 肩より少し短めで内側にはね気味のカレンの金髪は、蝋燭の明かりに照らされキラキラと煌めいている。

 外では闇夜の中、虫たちが控えめな合唱を行なっている。


「神様は僕たちの味方なんだね!」

「そうよ、チャ―ルス」


 カレンは微笑んでいるが、胸の内は複雑な思いが渦巻いていた。

 悪いのは本当に魔族なのかしら……私が習った歴史でも確かに魔族は悪逆非道で忌むべき存在だとされていた。強大な魔力を持ち、身体能力も人間を凌駕する危険な存在。


 だけど、私は魔族から何かをされたことは一度もないし、侵略されたなんて話は聞いたことがない。こんな田舎だから魔族も興味がないだけかもしれないけれど。


 ただ、私は魔族よりも人間のほうが恐ろしい。私の両親とこの子の家族を殺したのはタルギール帝国の人間だ。

 己の欲を満たすため、他人を踏み躙り、大切なものを奪う。人間の方がよほどこの絵本の魔族像が当てはまる。


「さあ、そろそろ寝ましょう」


 カレンは暗い思いを押し込めるように絵本を閉じた。


―――――


 魔族の王都に聳える王城エクリプス。草一つ生えない不毛の大地の至る所から、高温のガスが吹き出している。猛毒からなる紫の池は、一年中黒い雲に覆われた王都に不気味な彩りを添える。


 普通の生物であればものの数分で死んでしまうような環境だが、そこに順応するよう進化した魔族にとってはむしろ居心地が良い。


 尖った岩が剥き出しになった禍々しい外観のエクリプス城の一室に、魔王デモグラシス二世の姿はあった。


 全身は黒の硬い表皮で覆われ、まるで重厚な甲冑を付けているようだ。瞳のない赤い目は鋭く、口と鼻にあたる部分はマスクのような形状になっている。


 体長2.5mの巨体の中でも、頭から大きく突き出た青白い角が特に目に入る。人間よりも多様な進化をしてきた結果、魔族は種族のバリエーションが非常に多い。

 魔王も魔族特有の尖った耳は持つが、他の者とは一線を画した風体をしている。


 魔王は彼の目と同じ真紅のマントを翻しながら席に着く。


「では、会議を始めようか。いくつか議題が上がっていたな。まずは国防からいくか」


 滑らかな茶色の毛をオイルでテカテカに磨きあげた、二足歩行する馬という表現が似合う国防大臣が魔王の言葉に頷く。


「魔王軍の強化を提案いたします。人間側のタルギール帝国が軍拡を進めており、警戒する必要性が高くなっているものと考えます」

「うむ。意図は分かるが、予算はどこから工面するのだ?」

「一時的にでも税率を上げることで対応いたします。我が国の税率は客観的に見ても低く、まだ上げる余地が大きいと存じます」


 人間に近いオーソドックスな見た目で、銀縁の眼鏡をかけた若い財務大臣が肯定の意思を示すよう数回頷くが、魔王は大きく首を横に振る。


「増税は、ならん。国民がよく働き、生活を豊かにすることこそが国の活力を生むと何度も申しておるだろう」


 魔王からは怒りや叱責の念は感じられない。淡々としながらも有無を言わさぬ様子に国防大臣は気圧されながらも、自らの立場をなんとか主張する。


「しかし、それも平穏があってこそでございます。帝国はいずれ平和を乱す恐れがあり、それに対抗するのが我が国の勤めとも存じます」

「そなたの言いたいこと、立場はよく分かっているつもりだ。私も軍の強化それ自体は否定せぬ。だが方法は熟考せねば、な」


 魔王は民の負担増をよしとしないだろうことは大臣たちも理解しており、場は沈黙に包まれる。

 彼はこれまでも大臣や部下たちに「否定するのなら代替案を示せ」と言ってきた。もちろん、魔王自身もそれを実践してきた。


蘇りし軍隊 アンデッド・アーミーを増兵するのはどうだ? 奴らであれば維持コストは低く抑えられるだろう」

「確かに維持コストを抑制しながら、防衛力の強化もできましょう。ただ、生産コストはいかがしますか? ここ数十年、目立った争いもなく、魔族であっても人間であっても死体が大量に手に入る状況ではございませんが……」


 帝国の増長に先んじて軍事面の強化を図るという意図では、生物の死体や魂が原料となるアンデッドは順序が逆になるのも事実だ。


 世界平和を志向する魔王にあっては、こちらから人間を狩りに行くことなどあり得ない選択だろう。


「原料についてはソレミアが何かを発見したと報告があがっておる。まだ詳細は聞いていないゆえ、なんとも言えぬが、まずはその線で検討を進めたく思うがいかがか」

蘇りし軍隊アンデッド・アーミーを統べる軍団長、ソレミア殿が協力して下さるのであれば、異論ございません」


 馬顔の国防大臣は納得した表情で返答し、他の大臣も意義を挟まない。


「よろしい、ソレミアには私から話を通しておく」


 コンコンコンッ!

 扉が勢いよく叩かれる音が部屋に響く。至急の要件だということは明らかだ。

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