第3話
思わぬところに来てしまったな……。だが、喜ぶべきポイントが一つある。
額に手を当て、高笑いがこみ上げる。
「くくくっ……。ハハハハハ! いくら勇者と言えど異世界に追いかけてくるのは無理だろう!」
下僕達が惜しくないのかと言われれば勿体ないという気持ちはあるが、勇者の危険性とトレードと考えれば悪くない。それに……。
「たとえ此処がどこであろうと俺は俺だ」
また下僕達も一から集めればいいだろう。どこであろうと、俺は俺としての在り方を示せればそれでいい。
だが、一番重要な問題が差し迫っていた。
「チっ。まずは食糧か」
戦闘による疲労や魔力の消耗で体はエネルギーの補充を訴えていた。
チラリと視線を横にやり、木の根っこに生えるキノコと思しきものを見つめる。
茶色く、傘が開いていないソレはまるで逸物のようにそそり立っている。果たしてアレは食えるのだろうか……せめて匂いだけでも確かめてみるかと思い、鼻を近づけるが反射的に顔をのけぞらせた。
「なんだ⁉この蒸れた足の匂いのような悪臭は」
少しでも食えるかと期待した俺が馬鹿だったと腹いせ混じりにそのキノコを蹴り飛ばす。毒なら魔法で解毒できないことはないが、今の俺に無限と言える魔力は存在しない。初めて見るものが多いこの異世界では、変に食べないほうがいいだろうと結論付ける。できるならば、他の動物が食ってるもの……欲を言えば人型生物が食べてるものが好ましい。
となると、まずは他の人型生物を探さないといけないわけだが……鬱蒼とした山の森の中、空に浮かぶあれが辛うじて周囲を照らしているがどこに進めばいいのかわからない。
はぁ、考えても仕方ない。とりあえず山から下りてみるしかないか。
本来なら空を飛んで、パパっと下りるのがベストだが、何が起こるか分からない現状魔力の消費は抑えておくべきだろう。
面倒くさい……。
鬱蒼と生い茂る、木々をかき分け道なき道を進む。
ふと俺は唯一手元に残った珍妙な剣を見つめる。まったくとんでもないところに連れてきてくれたものだ。
まぁ魔力の消費を抑えたい俺としては現状、魔力を使わないで済む攻撃手段なので蹴り飛ばすという選択肢はないわけだが。
だがこの珍妙な剣に気を取られたのが悪かったのだろう。
気づけば足を踏み外し、傾斜のついた山肌を転がり落ちる。しかし俺の滑落劇はそう長く続かず、ベシッと肉塊を地面にたたきつけたような音と衝撃で止まる。
ったく災難だな……と思い立ち上がりパパっと高貴な服についた泥や汚れを叩き落とす。
「■■■⁉■■■■■■■」
音のした方に目線を向けると、黒い胸当てに部分的な防具。果たしてそれで守っているつもりなのかと聞きたくなるような貧相な装備を身に着けた不潔感漂う三人の人族がこちらを凝視していた。
「□□?」
今度は反対の後ろからか細い声が聞こえ、振り返ると白髪に真紅の瞳を持つ女がこちらを窺うように見つめていた。
見た目からして、かつて下僕にしていたヴァンパイアと同一の種族に見える。
ふむ……なるほど。人族に襲われていたという所か。
なんともまぁ、とんでもない所に放り込んでくれる剣だなコレは。
「□□……?」
あぁ。俺は魔力の消費を抑えるあまり一つの魔法を使うのを忘れていた。
「トランスレート」
「どうかなさいましたか……?」
うむ。これで聞こえるようになった。この魔法は俺の数多の種族の下僕を従えるうえで意思疎通のために重宝した魔法だ。なにより燃費が良い。
「おい! さっさとそこの女を渡せ! さもなくば斬るぞ」
男の野太い声が、耳障りなほど辺りに響く。
まぁあいつらは始末しても問題ないだろう。改めて三人の男どもに向き合う。
右手に握る剣をしっかりと見据える。よくもまぁこんな面倒事に巻き込んでくれたもんだ。魔法を使っても良いが、ここはコイツの力を試させてもらおうか。
「おい。刀をこっちに向けるとは覚悟が出来ているんだろうな? 鬼かなにか知らねぇがここでは力が正義だ」
下品な笑みを浮かべる男は、人数的な優利もあって余裕だと思っているのだろうな。
「良いな。ソレ」
俺も大好きだよ【力こそ正義】という言葉。生憎、勇者を相手にするときは当てはまらんがな。というかこの剣は刀と言うのか。やはりこの地はこの刀と呼ばれる剣にゆかりのある地ということか。
そんなことを考えている間に、三人組は囲い込むように迂回しながらも距離を詰めてくる。この刀という剣の使い方はよくわからんが、まぁなんとかなるだろ。
足に力を籠め地を蹴り、瞬時に距離を詰める。こういう時は先手必勝だ。例え魔法が使えなくとも、勇者には劣るが肉弾戦も俺の十八番だ。
正面の敵を通り抜ける瞬間、敵に流し目を送る。その表情は驚愕で染まっており、目線だけはしっかりと俺のことを見据えていた。まぁ体の動きが伴ってないがな。首元にズプリと刀が食い込む。
「さらばだ」
通り抜けると同時に、首天高く宙を舞う。
ドンッという鈍い音と共に、頭だったものが地面を転がる。
かくいう俺は振り返ることもなく、右手の刀の感触を確かめていた。切れ味がすごいなこれは……。
「ば、化け物!」
男の声で振り返ると、残された二人は逃げようとしていた。
まぁ逃がすつもりはないんだが。
瞬時に距離を詰め、まず一人。
もう一人をと確認すると、逃げれまいと判断したのか女の方へと急いで駆け寄るのが見て取れた。
「チっ。面倒なことを」
俺はすぐさま地を蹴り、男に近づく。
男はあと一歩と言うところで胸から生える刀を見て事切れた。
俺は刀を勢いよく引き抜くと、刀身にベッタリと付いていた血が飛び散り女の顔に掛かる。
刀と言う支えを失った男の体は、ドスンという音と共に地面に横たわった。
さて、邪魔者は消えたことだしこのヴァンパイアの女から情報収集するかと思い、女の顔を見つめる。なんとなくの違和感があり、覗き込むように顔との距離を近づける。
あまりに近づけたすぎたためか、女の顔が赤らむ。
「あ、あの?」
「チっ」
くそ。勘違いした。ヴァンパイアだと思ったこの色白の女は魔力がなく、ただの白くて紅の瞳を持つ人族の女だ。
いっそのこと殺すか? という考えがよぎるが、俺はそれを否定する。例え勘違いだったとしても助けてやった命をまた殺すことは俺の行動を否定することになるからだ。
「おい。そこの人族の女。食料は持っているか?」
助けてやったんだ飯くらいよこせ。だが、女は首を横に振る。
めんどくせぇと思いながら、地面に横たわる骸から荷物を漁る。食料の1つぐらい持ってるだろ。
「これは食えるのか?」
せめて、食えるかどうかぐらいは判断できるだろ。その思いで手に取ったものを女に見せる。
ブンブンと女は首を横に振る。
「じゃあこれは?」
という問答を何度か繰り返して、俺はようやく食えると思われるものの選別に成功した。干した黄ばんだ植物か何かの種だと思われるもの。それを手に取り、口の中に放り込む。ボリボリと口の中で音を立てる。
うん。美味しくはないな。
ふと女に目をやると、女はある一点を指し示す。
男の腰に巻かれている植物の繊維で編み込まれたと思われる謎の紐だ。
まさか……これも食えるというのか?
紐を手繰り寄せて、匂いを嗅いでみる。独特な匂いを醸し出すが本当にこれが食えるのか? 恐る恐る一かけらを切って口に運ぶ。
独特な風味がするが、食えるなコレ。
まぁ全部ここで食うわけにもいかないか。
手早く、荷物を纏めてその場を立つ。女は……まぁ好きにするだろ。
とりあえず道に出れたことだし下僕を探しながら街を目指せばいい。街には入らなくても街の周辺をうろつく人族を襲って食料を奪えばいいしな。
刀を鞘に戻し、月明かりを頼りに道を征く。
こういうのも悪くないな……ある一点を除けば。
後ろからドサリという音に振り返る。
あの女……ついてくるつもりか、見れば足を怪我しているようで血を流している。
まぁどうでもいいと思い、踵を返し道を進む。
だが、せっかく助けてやったというのに、ここで死なれると無駄になるということが腹正しく思えて仕方がない。
気づけば俺は女の前へと戻っていた。
女の足に掌を向ける。
「チっ。ヒール」
僅かながらの魔力を消費し、女の足の傷はみるみるうちに塞がっていった。女はその様子を驚愕の表情で見つめる。
まったく勘違いとは言え、人族の女を救うことになるとはな。
「さらばだ」
「あ、あの……! ありがとうございます神様」
ハッ。人族に神様とあがめられるとはな。
「いいか? 俺の名は魔王アスライル・ガルド・ドラコニアだ」
自己紹介を終えた俺は女の瞳を見て気づく。
こいつ……俺のことを崇めているだと? 自身の根源が目の前の女を下僕として繋がっていることを教えてくれる。
まさか、俺のことを魔王と恐怖の対象と畏怖する人族が、俺のことを崇めるなど露にも思わなかった。
それにこいつは、俺のことを魔王と知らず、神様として崇めた。つまり俺と同じような魔王と言う存在はいないのかもしれん。
この女のおかげで、魔力も少しばかり増えた。これは力を復活する道が見えたかもしれん。俺は思わずほくそ笑む。
「女、名は?」
女はハッとしたように頭を垂れる。
「鶴と申します」
「ツルか……変わった名だな。まぁいいお前は今から俺の物だ」
「はい……アスライル様」
くく。人族も下僕にできるとはな、魔物や魔族の下僕を力で従わせることしかしてこなかったからな思いもしなかった。まぁいい。
この異世界でも俺は俺。魔王として偉容を示すのだ。
魔王様、戦国乱世に転身す。 灰紡流 @highvall
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