第2ゲーム 新入生たちの実力(2)
「本日は、軽いミニゲームから始めようと思います。我がバドミントン部は男女混合ダブルス形式での試合を主にしています。今回はそれに倣っていこうと思います」
「へぇ、ダブルスかぁ」
鷲見の言葉に、隣にいた結城が興味深そうにラケットを回しながら呟く。翡翠は腕を組み、にやりと笑った。
「ダブルスって、実はかなり面白いんだよね。協力しながら戦うから、チームワークが試されるし、相手の動きを読んで連携するのが鍵なんだ」
翡翠の言葉に、周囲の部員たちもざわざわと反応し始める。いおりはその流れに合わせて、自然にラケットを持ち直した。緊張と興奮が入り混じった空気の中で、漆羽が一歩前に出てきた。
「じゃあ、ペア決めはどうするんですか?」
その質問に、鷲見が少し考え込みながら、にこやかに答える。
「今回はランダムで決めます。また今は男女に限らず、経験者と未経験者で組んでいきます。あまり考えすぎず、まずは軽くやってみましょう!」
部員たちが一斉に顔を見合わせ、少しだけ不安そうな表情を浮かべる。いおりは周囲を見渡した。結城が軽く息をつきながら、ラケットを軽く回し始めるのを横目で見た。
「ランダムって……ちょっと緊張するな」
ある生徒が呟くと、周囲からも同じような声が上がった。しかし、鷲見はあくまで柔らかい笑顔で続けた。
「大丈夫です。最初はみんな慣れていないでしょうし、とにかく慣れていきましょう。ペアによっては思わぬ発見があるかもしれませんから」
鷲見の言葉に、部員たちは少し安心したような表情を浮かべ始めた。それでも、いおりはどこかぼんやりと身に入らない様子であった。漆羽とペアになった場合、どんな風に試合が進むのか――そんなことが頭をよぎる。
「じゃあ、ペアを決めますねー!」
鷲見が手を上げると、即座にくじ引きの準備が整った。いおりは少し手をこすり合わせながら、心の中で(漆羽くんとペアになりませんように――)と自分に言い聞かせる。くじ引きが始まり、名前が呼ばれるたびに部員たちは期待と不安が入り混じった表情でペアを確認していった。いおりの番が近づくと、心臓の鼓動が少し早くなった。
「はい、最初のペアは……翡翠さんと、結城くん!」
「お、やった。翡翠さんか」
結城は嬉しそうにラケットを握りしめ、翡翠に向かってにっこりと笑った。
「へたなとこ見せたら、すぐウチが突っ込むからね」
「怖いっすね、翡翠さん。じゃあ俺、優しそうな先輩と組みたかったな〜」
「え、冗談でしょ?ウチがこの部でいっちばん優しいんだから!」
翡翠が軽く肩をすくめて笑うと、部員たちは和やかな空気を楽しんでいるようだった。その後も次々と名前が呼ばれていく中で、いおりは自分の番が来るのを待ちながら、少し心の中で焦りを感じていた。
名前が呼ばれるたびに、どこか気まずさや不安が湧いてきて、他の部員たちがペアを決めていくのを見ながら、いおりは心の中で緊張感を覚えていた。自分の名前が最後の方に呼ばれたらどうしよう、ペアを組む相手はどうなるんだろう、そんな気持ちが頭をよぎる。
「次は……漆羽くんと、小雀さんですね」
鷲見の声が響き、周囲は一瞬の静けさを感じた後、ザワつきが広がった。漆羽の名前が呼ばれると、その周囲の反応は一段と大きくなった。彼の実力や容姿はもちろん、ペアを組むことでのプレッシャーが部員たちに伝わるのも無理はない。漆羽とのペアを望む者もいれば、逆にその重圧に怖じ気づく者もいるだろう。
いおりはその様子を横目で見ながら、何となく気持ちが軽くなったような気がした。漆羽が他の部員とペアを組んだことで、心の中でほっとする自分がいた。あの漆羽とのペアは、どうしても今は自分には重すぎると感じていたからだ。
その後、次々とペアが決まっていき、最後に名前を呼ばれたのは自分だった。
「いおりさん、ペアは新入生の山田さんです」
新入生の顔が少し緊張しているのを感じつつ、いおりは微笑んで手を差し伸べる。
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくね」
その言葉に、いおりは少し安心した。初対面だがとても優しそうな雰囲気を持っていて、すぐに打ち解けることができそうだ。漆羽と組まないことで感じていたプレッシャーから解放された気持ちが、少しだけ穏やかに広がった。
新たなペアとの練習が始まると、いおりはその気持ちを胸に、しっかりと集中していくことを決めた。ペアの少女はやや緊張した様子で、手にしたラケットをいじりながらも、何度か深呼吸してから笑顔を見せた。
「す、すみません、まだ慣れてなくて…」
「大丈夫だよ、最初は誰でもそうだし。ゆっくりやってみよう」
いおりは優しく言うと、彼女は少しだけ安心したように頷いた。その表情が少し和らいだのを見て、いおりは内心でホッとする。自分がこうして誰かをサポートする立場になることも久しぶりだった。
一方、漆羽は隣のコートで、他の部員とともに準備をしている。彼の冷静な雰囲気はいつも通りで、周りの部員たちはどこか彼にどう接して良いか迷っている様子にも見えた。いおりはその姿をちらりと見ながら、少しだけ心の中で引き締める。
(試合はちゃんと勝たなきゃ)
自分に言い聞かせるように、ラケットを握り直した。彼女とのペアで、まずは自分の持ち味を出すことが大切だ。それから、少しでも二人で息を合わせることを目指して、ゲームに臨むつもりだ。
しばらくすると、鷲見がコートに声をかけに来た。
「準備ができたら、いよいよミニゲームを始めます。試合の形式は、3セットマッチで進行します。全員、しっかりとプレイを楽しんでください!」
その言葉を合図に、緊張と興奮が入り混じった雰囲気が一気に高まる。部員たちはそれぞれペアを組んで、試合の準備を整え始めた。
「じゃあ、頑張ろうね」
「うん、頑張りましょう!」
ゲームが始まると、最初は緊張していたペアも、徐々にラリーに慣れ、拙いながらもショットを繰り出すようになった。いおりはその流れに乗って、少しずつ息を合わせていった。初めて組む相手でも、プレイをしていくうちに自然にリズムができてくる。
一方で、漆羽は冷静に自分のプレイを続けていた。視線を交わすこともなく、ただ淡々と試合をこなしている様子だった。ペアの小雀という少女は初心者なのだろう。彼女をフォローしつつも、懇親丁寧にかと言われれば、そうでも無い。いおりはそんな漆羽の姿を目にして、少しだけ自分の気持ちが揺れ動くのを感じていた。この景色は、まるで中学時代のような――そこまで考えて首を振る。過去に囚われないと覚悟を決めたのだ。いい加減、彼に気を取られたくない。
そう、後輩たちの動きを見つつ、ペアの調整を手伝っていた。試合が始まると、体育館には軽快なシャトルの音が響き渡る。それぞれのペアがダブルス形式での試合に挑み、部活全体が活気づいている。その中でも一際目を引いたのは、結城のプレーだった。
「おっ、これは拾えますかね?」
ネット際で絶妙に緩急をつけたショットを放ち、わざと相手の手前ギリギリに落とす。その余裕たっぷりな態度に、相手の男子先輩が苦笑いを浮かべながらシャトルを拾い上げる。
「おい、結城。余裕ぶってミスしたら恥かくぞ?」
「いやいや、先輩。俺、そんなミスしないんで~」
結城は悪びれる様子もなく肩をすくめ、観客席からは笑い声が漏れた。一方で、翡翠は初心者さながら、冷静そのものだった。彼女の大きな利点は、その運動神経と勘の良さだ。結城の奔放なプレーに振り回されながらも、要所要所でカバーに回り、確実にポイントを重ねていく。
「翡翠さん、ナイスリターン!」
「は?今の自分で拾ってよ、結城!」
「いやいや、そこはペアの信頼ってやつでしょ~?」
結城が軽口を叩くたび、翡翠はジト目で彼を睨んだが、その視線にはどこか楽しげな色も混じっていた。
「結城くん、すごい……!」
「あんなに軽々とスマッシュ打てるんだね……」
観戦している女子新入部員たちの間から、そんな囁き声が漏れる。結城はさりげなくシャトルを拾い上げながら、ふっと笑みを浮かべ、さらに観客を意識したような派手なドライブショットを繰り出した。
「ナイスショット!」
「すごい!結城くんって本当に経験者なんだね!」
女子たちの歓声に応えるように、結城は軽く手を挙げてみせる。その動作がまたギャラリーを沸かせ、ますます視線が彼に集中する。
一方、いおりは隣でペアを組む後輩のプレーに集中しながらも、何度か視線を結城の方に向けてしまう自分に気づいて苦笑した。
「結城くん、本当に派手だよね」
「で、ですね……」
試合が進むにつれて、いおりはコンビネーションをどんどん深めていった。少しのコミュニケーションで、すぐにお互いのプレイスタイルを理解し合うことができた。時折彼女が笑顔を見せるたびに、いおりも自然とその笑顔に引き寄せられ、チームワークが強化されていくのを実感した。
そう思いながら試合に集中しているうちに、1セット目が終了した。結果は、自分たちがリードしている形となり、いおりは心の中で少し安堵の気持ちが広がった。
「よし、次もこの調子で頑張ろう」
彼女は満面の笑みを浮かべ、力強くうなずいた。次のセットに向けて、二人の気持ちはさらに高まり、息を合わせて戦う準備が整っていた。
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