第1ゲーム 影との再会(3)
結城は他の新入生とペアを組んで、実際にシャトルを回し始めた。いおりはそれを遠くから見守り、目を細めながら観察を続けた。結城が組んだのは、少し緊張気味の男子新入生だった。二人がラリーを始めると、結城の動きがすぐに目立ち始めた。シャトルを打つ度に、結城のラケットさばきが正確で、速い。その動きがまるで流れるようで、無駄が一切ない。
「おおっ、すご……」
思わず声が漏れてしまった。結城の動きがあまりにも自然で、強く、速く、そして洗練されている。相手がシャトルをうまく返せずに少し後ろに下がると、結城はその隙間を見逃さず、軽くスマッシュを決めた。
「おっと」
結城はシャトルが相手のラケットに軽く当たったのを見て、「ごめん、ちょっと強すぎた」と声をかけていた。その様子に、いおりは少しだけ安心した。彼は空気を読んでプレーしているようだ。ラリーが続く中、結城は他の新入生に合わせて、リズムを崩さずに進行していた。それでも、その一貫した技術と冷静な動きが、周囲に微妙な緊張感をもたらしているように感じた。
「結城くん、普通に上手いよな……」
翡翠が横でぽつりと呟いた。
「でも、なんだろう……」
「何?」
「……ん、なんでもない」
翡翠は言葉を濁した。珍しい様子に、いおりがじっと彼女の横顔を見つめるも、なにやら険しい顔を結城に向けるのみで、その口が開かれることは無かった。その違和感が明確な形を取る前に、ラリーが終了した。相手の新入生が息を吐き、ラケットを降ろすと、結城はすぐに近づき、軽く肩を叩いた。
「ナイスラリー! いい感じだったよ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
新入生は緊張を解くように笑顔を見せたが、その頬は少し紅潮し、疲れがにじんでいた。結城は汗ひとつかくことなく、軽くシャトルを拾い上げた。そんな彼を見ながら、翡翠が再びいおりに耳打ちした。
「ねね、もう既に今年豊作じゃない? ――マジでインターハイ、行けちゃう?」
「まあ、既にそんな雰囲気あるよね……」
いおりが疲れたように答えながらも、結城が新入生たちと交わすやり取りは確かに雰囲気を良くしているように感じた。その奥では、試合をせず指導に徹している漆羽の姿が見える。いおりは漠然とその光景を見守っていた。
漆羽は、意図的に目立たないように動いているように見えるが、確実にその存在感を発揮していた。彼がいれば、他の新入生たちは自然に引き締まり、緊張感が漂う。そして、その静かなリーダーシップに、いおりは心の中で感心せざるを得なかった。
「あの二人、なんかそれぞれに違う魅力があるよね」
翡翠が続けた。
「結城くんは……なんだろ、気さくで、おおらかって感じかな? でも個人的にウチは……いや、それより漆羽くん!めっちゃ礼儀正しいし、なにより堅実じゃん!もーマジでタイプ。狙っちゃおっかな」
「何言ってんのあかり……てか、マジでそれ、誤解だから」
「ん?なんか言った?」
「いや」
いおりは少し間を置いて、ふと視線を結城に向けた。彼は新入生に囲まれ、和やかに雑談している。既に打ち解けているようだった。大して漆羽は、話しかけられても一言二言返すのみで、結城たちの輪に入ろうとはしなかった。
その様子を見ながら、いおりは無意識のうちに眉を寄せた。あんな調子で、きちんとみんなをまとめていけるのだろうか……と心配が頭をよぎる。だが、心配し過ぎだと自分自身を呆れる声も脳内に響く。
(ま、見守るってのも大事だし)
やがて、鷲見が大きな声で「今日はここまでにしましょう!」と宣言し、部活の初日は終了を迎えた。荷物をまとめながら、いおりは周囲の様子をちらりと見渡した。新入生たちは緊張しながらも笑顔を見せ、先輩たちとの距離を少しずつ縮めているように見えた。
その時、鷲見が満面の笑みでいおりたちの元にやってきた。
「みんな、今日はお疲れさまでした! 新入生も本当にいい感じだし、この調子でいけば、きっとインターハイにも行けますね」
鷲見の目は輝き、まるで夢に向かう少年のような無邪気さがあった。いおりはその様子を見て、思わずため息をつきながら言った。
「えー、そんな簡単に行けるわけないですってば」
「何を言ってるんですか白羽さん。言葉というのは無責任でも、形になったら実を結ぶものですよ。いい意味でも、悪い意味でも。だから、すぐそう言うのはやめなさい」
「はーい、お母さん」
「こんな子を育てた覚えはありません」
「育てられた覚えもね!?」
とはいえいおり自身、鷲見の熱意に触れて、内心で「やっぱりなんかこの人、ちょっと可愛いかも」と思ってしまった自分がいた。その感情に戸惑いを隠しきれず、そっけなく振る舞う自分を翡翠がじっと見ているのに気づく。
「な、なに?」
「いや、別に。ただ、いおりがそうやって素直じゃないの、見てて面白いなって思って」
「別に素直じゃないとかじゃなくて、普通に現実的な話!」
いおりが必死に否定するも、翡翠はクスクスと笑いながら肩をすくめた。
「はいはい、そういうことにしておくよ。でもさ、いおりが調子戻ってよかったよ」
「え?」
いおりは思わず反応し、翡翠を見つめた。翡翠は微笑みながら言葉を続ける。
「いや、だってさ。さっきなんか、すごく落ち込んでたじゃん。……あのイケメン後輩となんかあったのかと思っちゃって。いおりって全然自分のこと話さないから」
いおりは一瞬、その言葉に驚いたが、すぐにどう返すべきか分からず、少し照れくさくなった。それを見ていた翡翠は、さらに笑顔を深くした。
「何かあったら、いつでも言ってね。私たち、仲間だから」
その言葉に、いおりの胸は少し温かくなった。無頓智で大雑把な自覚のあるいおりだが、翡翠のように素直に言葉をかけてくれる存在がいることに、少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「ありがとう」
いおりは小さな声で言い、さらに顔をそむけた。恥ずかしさを隠すために、荷物を肩にかけ直す。
翡翠の言葉に、いおりはふっと視線を落として頷く。だが、心の中では漆羽の姿がまだ離れず、無意識にそのことを考えている自分がいた。
鷲見は新入生たちに向けて、軽く手を振りながら声をかけた。
「今日の体験入部、どうでしたか。 みんな、楽しんでくれたみたいで良かったです」
新入生たちは一斉に頷きながら、「楽しかったです!」と答えた。その純粋な反応に、鷲見の顔がさらにほころぶ。
「じゃあ、ぜひこれからも一緒に頑張りましょう。 わからないことがあれば、遠慮せず聞いてください」
その一言が、新入生たちの間に安心感を生み出しているように感じられた。いおりはそんな鷲見の様子を横目で見ながら、漆羽の顔が浮かんだ瞬間、自然と口元にわずかな微笑みを浮かべていた。
「……いい副主将なのかもね、楓さん」
小さく呟いたいおりの声に、翡翠がまたしてもクスクスと笑った。
「いおりも素直になれば?」
「はいはい、黙ってて」
練習が終わる頃には、新入生たちの表情はすっかり明るくなっていた。数人が「入部してみたい」と話しているのを見て、鷲見は小さくガッツポーズを決める。
「白羽さん、翡翠さん、今日は助かりました。特に白羽さん、新入生とのコミュニケーションがよかったですよ」
「お、楓ちゃんに褒められるなんて珍しい!」
「だから、その呼び方はやめなさいってば!」
体育館に笑い声が響き、いおりは軽く手を振りながら部室へ向かう。その背中に、鷲見は大声でいった。
「今日の鍵閉めは白羽さんが担当ですからね!」
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