第5話 子供たち

シーンツァの街

中心は伽藍初め主要機関の揃う星樂街

(中央都市 in the 星樂街 ここに王宮・伽藍がある)

首都という単語に値するのはこの星樂街で、周りにはいくつも別の街(市にあたる)があります。

柚葉さんの住処は中央都市のお隣、田舎よりの地方です。


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「じいさん、いつもの」

「私はいつからジジイになったんじゃ。なんだ、今日は早いじゃないか」

「早上がり」

「そうかい。ま、色々あるもんじゃな」

「あ、じいさん、やっぱり二人分」

「なんじゃお前、まさか男でも」

「そのまさかだったらどうする?」

「多少喜ぶな」

「盛大に祝えよ」


寿々は屋台のじいさんから袋を2つ受け取ると、軽く手を振った。

堅苦しい表情とは裏腹に、街での彼女は人当たりの良い若者という印象だ。


彼女の仕事が知恵の伽藍での司書だということも街の皆は知っているからこそ、職場の鎮座する一等地星樂街にではなく、市内の辺境を住処に選ぶ理由を知りたがる。

職場付近に寮があるとも聞いたが、そことは半々の頻度で自宅にも帰っているようだ。


深夜にクマを作って帰ってきては、彼女の帰りを待つように深夜まで営業を続ける店に何度も礼を言いながら弁当を買っていく。


「十分に金もあるはずなのにな」


彼女御用達となりつつある弁当屋のじいさんは、ここらじゃ早々見ないスーツ姿で足早に歩く後ろ姿に、ボソリと呟いた。


「寿々さんですか?」


バイトの若者が話に入ってくる。


「あぁ」

「不思議ですね。知恵の伽藍なんて、勤めようと思って叶う場所じゃない」

「そんなやつが田舎の弁当ねぇ」


弁当の入った袋を肘に引っかけながらも、彼女は鞄から書類を引っ張りだす。

軽食として持ち歩いているらしい、近くの屋台のビスケットをかじりながら、眉間に皺を寄せる。

かと思えばスマホを取り出してスタスタと何かを打ち込み、ほんの僅かな笑顔を浮かべる。


「まぁ、あんな優秀なやつでも、精一杯生きてるんだろ」


じいさんはすっと店内に戻る。


その言葉には彼女への信頼と心配が同量に詰められていた。


**********


寿々は静かな住宅街の一角で立ち止まった。

目の前からこちらに向かって走る小さな影が見えると、硬かった表情を正反対のそれに直す。


さーん!!」


物陰からこちらを伺っていたようで、パッと飛びだしてきたかと思えば、すぐに寿々の腰当たりに抱きつく。


「今日はどうして早かったんですか?」

「後輩が気を使ってくれたんだよ。若菜わかな、みんなちゃんと起きてご飯食べた?」

「はい!しっかり!」


しっかりした態度だが、その割に小さな身長の少女は、寿々を見上げながらにっこりと笑った。


「私、ちゃんと遊ばずに柚葉ゆずはさんの帰り待ってたんです!」


褒めてと言わんばかりに寿々を見上げるその頬を、寿々はそっと撫でた。


「そう。偉いね~」


軽く褒め言葉をかけるだけで、少女は嬉しそうに目を細める。


若菜と呼ばれた少女に手を引かれながら、寿々もとい、柚葉は大きな一軒家に入っていった。



*********


ログハウスのような見た目の立派な家からは、外にいても沢山の笑い声が聞こえる。


若菜が扉を開くと、中はより多くの笑い声に溢れていた。


「柚葉さん!」

「柚葉ねぇさん!」


口々に寿々とは別物の名前が呼ばれる。

しかし、寿々はその声に笑顔で応える。


呼び主は全て寿々よりも小さな子たちだった。

先ほどの小さな若菜が年上だと思い知らされるほどに、明らかな子供。


「良い子にしていた?」


柚葉は晴れやかな空という画角にある新緑の芽のよう。

柚葉の問いに、子供たちは頷きながら背後を見た。


「千草にぃちゃんが手伝ってくれた!」

柚葉に群がる子供らがきゃっきゃと声をあげると、視線の先の少年は照れくさそうに顔を逸らした。


「ありがとう」


柚葉は視線が合うかと首を傾けながらその少年に微笑む。


「かぁさん忙しいのに、家帰ってまで世話させらんない」

「あー!千草にぃまた柚葉ねぇちゃんのことかぁさんって呼んでるー!!」


柚葉を除いた最年長の16歳。

寿々と年齢は同じ23歳の柚葉を母と呼ぶには物理的に無理のある年齢差だ。


「かぁさんはかぁさんだ」

千草と呼ばれた少年は子供たちの釘刺しにそっぽを向く。


「じゃあ私もお母さんって呼ぶ!」

「それはダメかな-」

別の少女の宣言を柚葉はやんわりと断る。


「柚葉ねぇさんがダメって言ってるんだ。ここの約束だぞ!千草にぃ!」

「ふふふ。次からね」

子供たちが千草に突っかかるため、柚葉も宥める側に回る。



「ねぇさん、千草とお話あるんだ。若菜。みんなと二階で

「遊んでおきます!!」

強く頷きながら指示を先読みする。

必死で願いを叶えようとしてくれる真摯な若菜を柚葉は優しく撫でた。


「若菜ねぇちゃんずるいー!」

「ならみんなも真面目にするのよ!」


若菜が子供たちを先導し二階の遊び場に連れて行ってくれる。

空気を読める年齢の子が増えると楽は楽だが、なんだかやりづらさも感じてしまう。

即ち子供は苦手というこった。


子供たちの声が二階に消えたところで、柚葉はくすりと笑った。

「若菜はおませさんだね」

「かぁさん、今日はいつまでいる?」

「次から直すんじゃなかったっけ?」


この話題が開口一番にくることを避けるために別の話題を取り出したのだが、千草は構わず顔を近づけてきた。


「うーん。今日は千草に頼みたいことがあってね」

一旦こちらも話題を避けて自分の本題を切り出した。


「部屋、新しく1つ、やっぱり2つ、用意できるかな」


その言葉の意味は二人の間では共通認識だ。


「また子供増やすの?」

「拾っちゃったんだ」


何に怒っているのか、不機嫌そうに千草は眉をひそめる。

が、しばし悩んだような姿勢を見せる。

彼にとって柚葉の願いを叶えることは、自分の命と同等の価値があるらしい。

しかし、意外にもすぐに表情を戻す。


「かぁさんが減る。無理」

「減る、というと・・・?」

「かぁさんが取られる。かぁさんは俺だけのかぁさん」


この通りだ。


「千草~。君いくつになったの?」


柚葉は眉尻を下げる。


「16」

「もう少しで誕生日じゃなかった?」

「・・・・かぁさんが俺の誕生日覚えてくれてる」

「忘れてるわけないでしょ?」


千草は顔に輝きを灯す。

母が自分に興味を向ける行為に喜びを感じるらしい。

16歳少年の思考と行動ではない。

母親への異常な執着。

繰り返すのであれば、柚葉は物理的に千草の本当の母親ではない。


「じゃあどうすれば千草は私のお願い聞いてくれるかな?」

「・・・・膝枕」

「・・・・・・・・・・・仕方なし」


*********



柚葉はソファに座る自らの太股に夢を預ける少年を見下ろした。

少年は頬を薔薇色に高揚させ、嬉しそうに目をつむる。


「千草。じゃあ部屋2つ、お願いね?」

「・・・・・」


柚葉はようやくと言いたそうに、でもその感情を声にはこもらせずにお願いする。

しかし、千草は適当に置かれていた柚葉の手をつかみ、自分の頭の上に置いた。


「・・・・・はぁ」

呆れてもいるが仕方ない、と愛しさも混じらせながら、柚葉は少年の希望に応える。


ゆっくりと頭を何度か撫でてやると、ようやく少年も頷いた。


「困ったことない?」

「かぁさんが家にいない」

「二日に1回来てるよ。ご飯ちゃんと足りてる?」

「かぁさんの手料理食べたい」

「それは・・・・また検討する・・・」


自分から尋ねておいて柚葉は視線を逸らす。

手料理たるものに才が欠けていることは黙っておこう。



「千草。まだここにいる?」

最後に、柚葉はゆっくりと尋ねた。


ソファで丸まっていた千草は呆然と柚葉を見上げた。

この話題ももう何度か繰り返しているが、そのたびに都合良く忘れているのか、初耳のようなリアクションを取られる。


千草はしばらく柚葉の顔を見つめ、そして寝転んだまま座る柚葉を抱きしめた。


16歳の少年の腕力なんて、とうに20いくつの女性を越している。

腹部を締め付けられ柚葉は若干声が漏れるが、千草は気にしない。


力も所も構わずどんどん力を強める。

頭も押しつけているがちょうど柚葉の乳房に当たる。

普通の16歳少年なら思春期で恥ずかしがるものだろうに、その視点でも千草は何かに欠けている。


「そう。うんうん。分かった。ごめんね。考え無しに言っちゃった」

切れる息を振り絞りながら頭を撫でると、ようやく腕を外してくれた。


「俺、ちゃんとかしこくしてるから。新しい子もちゃんと面倒見る。だからかぁさんとずっと暮らす」

「それはまた一緒に考えようか。大変だと思うけど、みんなと部屋のこと、よろしくね」

なんとか納得を得られたようで、深く頷く千草に内心で安堵を持つ。



二階からは時折子供たちの笑い声が聞こえる。

階段の物陰からは、若菜がじっと二人の様子をのぞき見していた。

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錫の寿々に鈴はない  有衣見千華 @sen__16

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