第4話 年上として
教会
シーンツァの子供たちが通う。学校のようなもの。
一定の年齢に達した全ての子供たちが通うが、教会には種類がある。
唯彩に卓越した才能がある子供や、勉学、スポーツ、芸術、その他才能を伸ばすための種類。
公式ではないが、やはり大人からすれば教会にもランクがあるとかないとか。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
「寿々さん、よく犯人たちに感情移入してますよね」
「ぁ?」
じいさんを警察に引き渡し、二人は星樂街を歩いていた。
仕事が一段落し、キセルにライターを近づける寿々は柳を見上げた。
「感ほう移にゅじゃにゃい」(感情移入じゃない)
「そんな気はするっすけど、さらっと犯人追い詰めている割には、その後じっくり話し込んでるなーって」
「ほうはな」(そうだな)
ゆっくりと煙を吐き出す。
「少年。私が朝言ったことを覚えているか?」
「え、えー、白が最近好き・・・?」
「それも言ったが」
はっと鼻で笑いながら視線を街のどこかに向けると、おもむろに書類の束を取り出す。
「悪いが急用に急用が重なった。今日の件、適当に片付けておいて」
「エッ」
差し出される大量の書類に柳は身を引く。
恐らく、まだ調査の済んでいないものもある。
が、彼女の発言通りなら今日の分を処理するだけ。
「残ったのは・・・」
「他の連中にばらまいてくれるなら嬉しいが、別にそれは明日以降でもいい」
「俺未提出の書類もあるのに・・・」なんて呟きながら柳はオロオロと書類を受け取る。
断る余地&理由&対抗する勇気なし。
(こりゃ今日は泊まり混み徹夜だなぁ・・・)
酒買って帰ろう、と書類を鞄に突っ込む。
それをじっと見つめると、寿々は一言問いかけた。
「少年」
「はい・・・・・」
「私と仕事をするのは嫌でないか?」
ボソリといつものトーンのまま語られたそれに、柳は沈黙と共に表情を固めた。
自らの先輩であり師匠である寿々は、冷徹な人に見えて繊細な心を持っている女性だ。
唯彩警察なんて聞くだけで闇の深い場所に属しているが、正直、彼女に似合うのは警官より司書だろうと度々思う。
自分が彼女に弟子入りを懇願した際も、唯彩の乏しい自分を軽く受け入れてくれた。
「な、なぜそうなるんですか」
心当たりがないわけはないが、彼女が何をきっかけに今それを心配するのだろう。
「世間でいうこれは、気まずいにあたるのではないかと思ってな」
「まさか・・・・そんなはずあるわけないっす!!」
咄嗟に首を振る。
その様子を変わらぬ表情で見ると、ほぅっと灰を吐き出した。
煙をゆらゆらと出すキセルの先をぼぅっと見つめ、ちょうど一年前の春を思い出した。
********
唯彩警官は独り立ちして一人前と認められると、弟子を一人持ち育てる。
新春は、優秀な新卒の争奪戦になるわけだが、無論寿々も独り立ちをして初の新春により、弟子募集を掲げた。
どうやら唯彩警察外の唯彩界隈でも寿々の名は既に有名だったらしく、また唯彩警官としても既に圧倒的に有利な唯彩を持つ寿々に師事したいと考えていた新卒は多くいたが、そのどれもが寿々本人に突っぱねられていた。
やはりここでも高嶺の存在なのだと、その拒否に新卒らは頷くしかない状況を作られていた。
そんな中のある日、寿々は一人職場の廊下を歩いていた。
肩に担ぐプラカードには、適当に記された『弟子募集中』の文字。
実に似合わないという言葉が適切なその姿も、もう見慣れたもの。
確実に何人もの新卒が彼女に志願したというのに、彼女は新年度から二月たっても弟子を決めていなかった。
(高い理想は自らの才能を腐らせる、か)
師に送られた言葉を頭の中で繰り返す。
「あ、あの!!」
「ん?」
肩に生徒募集を担いだまま振り返ると、社会人デビューしたてを体現したような初々しさの好青年が立っていた。
「寿々先輩!あの、つ、つ、・・・」
「?」
眉をひそめる。
弟子にして下さい、学ばせて下さい、ご教授下さい、その手の言葉は何度も聞いてきたが一体・・・?
社会人デビューは何かを口にしようと、開けては閉じを繰り返す。
そのうち顔を真っ赤にし、呼吸が浅くなっている。
「おいおい少年。突然の週五出勤に疲れたか?体調悪いなら適当にブッチして帰れよ――
「付き合って下さい!!!!!」
「・・・・・・は?」
社会人デビューの視線はまっすぐに寿々を見つめている。
対して、寿々も呆然と社会人デビューを見つめ返す。
「ひ、一目惚れっす!クールに仕事こなす姿も、歓迎会で酒飲んでデレる姿も、そのままイケメンの後輩口説いて代金払わせようとしてるのも、全部に惚れました!!付き合って下さい!!!」
確実に1つ余計だったが、さっきよりもはっきり大声が廊下に響いた。
寿々が今から振り返っても、この時の感情を一言では表しづらい。
勿論、生徒を選ぶ身として新卒入隊員の顔名前は覚えてはいるが、コミュニケーション能力の欠如により、本領を発揮出来るのはせいぜい酒の席くらいだ。
もしや歓迎会で会話した経験があったのやもしれないが、酒癖が悪いと自覚している寿々にとって、酒の席での出来事を日中覚えていようなんて無理な話だ。
そんなことで気を紛らわせていた寿々だったが、当然その誘いへの答えは決まっている。
しかし、次に口から出た言葉は傍からは意外なものだった。
「す、す、すっ、すまんが、私もよく知らないやつといきなり交際するというのはだな・・・」
何でお前がそんな反応、とツッコみたくなるほどに顔を赤くして、寿々は弁明した。
当然と言えば当然のその返事に、社会人デビューは明らかに落胆した。
(そ、そうっすよね・・・俺みたいな新人の年下、先輩みたいな高嶺の花の目に留まるわけ)
なんて風に返されるかと寿々は対応に悩む。
この手の話題には確実に疎い寿々に、こんな時の対処法に知識があるはずもなかった。
――――が、寿々が今この社会人デビューと仕事を共にする理由はここにあった。
「お、俺!!絶対先輩に見合う男になります!ざ、雑用でも下僕でもいいっす!先輩に学ばせて下さい!!」
「――――」
(私はこれを求めていたのか)
弟子志願の新卒は沢山来た。
その中には、オーラだけでこの少年より優秀なやつもいたし、明らかに優位な唯彩を持つ者もいた。
なんならイケメンもいた。
しかし、その全てを寿々は突っぱねている。
それは何故か。
「少年。体力とメンタルに自信は」
「え、あ、あります!鍛えてます!」
「それは体力に限った話だろ」
寿々はプラカードの裏でふっと笑った。
(まぁいい。軽い博打だが、楽しそうじゃないか)
「いいだろう社会人デビューよ。私が君の面倒を見てやろう」
「え、そ、それって、弟子にしてくれるんすか!?」
「そうとも」
寿々が満足そうに頷くと、社会人デビューはぱっと顔を明るくさせた。
しかし、すぐ何かに気づき、そっと問いかけてくる。
「け、けど・・・」
「なんだ少年。心配することはない。君がどれだけの無能でも必ず――
「社会人デビューって、なんすか?」
「――――――っっスーーー・・・この話、なかったことにしようか」
「泣いていいっすか!?」
********
「そんなこともあったな少年」
「俺いつまで少年なんすか」
カッカと笑う寿々に、柳は冷静に問う。
「いくつだっけ?」
「18っす」
「なら少年だ」
不服そうな顔に、寿々は笑いかけた。
「私より年下ならそれはもう少年だ。私は少年少女を守る義務がある。年上としてな」
「か、寿々さん・・・!かっけぇです!!」
「そうだろうそうだろう!崇めよ!!」
ある意味、寿々の変人っぷりについていけるのは柳だけだっただろう。
まさにある意味、そして実に非情な、運命の出会いである。
─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘─┘
今回の文中に「新卒」という単語を使用していますが、ただこの世界の教会を卒業したてなだけです。リアル世界のいわゆる新卒と混同されないように一応。
強がりに見えて寿々さんはかなり恥ずかしがり屋なので、自分の醜態を他人に晒したくないタイプです。彼女に変顔をさせるには酒場でかかる代金を生涯払い続けるくらいしないと拝めません。
がどうやらそんなガードのかてぇ寿々さんが変顔を晒せる方々もこちらの世界いるそうです。
みんなで23歳女性の部屋を覗く不審者になりましょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます