第3話 忘れられた神殿
忘れられた神殿
「シーンツァ」辺境に位置する寂れた神殿。
かつてここには栄光の王国があったと言われているが、古い文献をいくら漁っても、ここに関する記述は一切見つからない。
現在は立ち入り禁止区域となっている。外からは天に手を伸ばす女神像だけが見えるそう。
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「その本なら2つ先の本棚に続きがあるよ」
「本当?ありがとう!」
「いいえ」
女性はいつもの氷のような声ではなく、柔らかい水のような声で子供に笑いかける。
胸元に数冊の本を抱え、ジャケットに伽藍司書の象徴である銀バッジを付ける女性に、児童書コーナーを訪ねていた子供達は次々に話しかける。
「返却場所は図書館の一階。行くとすぐに分かるよ」
「読み聞かせ?ごめんね。お姉さん忙しいんだ」
「迷子?少し待ってね。――うん。階段近くで君を探してる人がいる。この先だよ」
時折、エメラルドと菫色の瞳を光らせながら、全ての子供の問題にアドバイスをする。
「じゃあ行こうか」
最後に長い髪をこちらに靡かせて、司書であり、そして唯彩警察に属する女性は振り向いた。
「う、ういっす」
知恵の伽藍の司書は、唯彩警察の表の顔なのである。
*********
「いっそのこと転送先を伽藍の裏庭にでもすればいいのでは?」
「実にまっとうな意見だと思うよ。課長に意見書を提出するといい」
「そんな勇気はないっす」
「奇遇だな。私もだよ」
「オフィス喫煙はゴリ押したのに?」
図書館二階の児童書エリアの裏口から外へ出る。
この手間を考えるなら、廃棄螺旋からの館内ランダム転送を一環して裏庭に移せば良いものを、何故かそうはならない。
司書と唯彩警察を絶対にイコールにさせてはいけないためだが、それにしても面倒が勝つ。
各階に裏口が用意されているため、そこから連なる階段から裏庭に降りる。
中々にスリルを味わえる設備の古さの階段を、寿々は資料をめくりながら歩いた。
「落ちますよ」
「なら君は今日の残業が深夜になってもいいのか?」
「仕事進めましょう。今日はどこっすか?」
柳の忠告はラケットですぐに跳ね返された。
「未納税骨董屋ー」
「もうその語呂がいかにもっすね」
「とはいえ星樂街に店を構えている。稼ぎは確かなものだぞ」
「それが詐称なんっすよねぇ」
「間を取り持てば金を貰えるかも知れない」
「仕事やる気あります?」
やけに笑顔で、指で作った輪っかを向けてくるので今度は柳がラケットを持つ。
「まぁそれは冗談だが、骨董屋だ。厄介な店主に間違いはないぞ。さっさと
寿々は高いヒールを裏庭に草に降り立たせて柳を振り返った。
その言葉に、柳は緊張した面持ちで頷く。
「必ず」
*********
「邪魔する」
意外にも洒落た趣味の店頭をしばらく眺めた後、寿々は店の中に踏み込んだ。
「いらっしゃい」
まさか来客が唯彩警察だとは思うまい店主も、柔らかな声で二人を迎える。
まだ二人の姿は見えていないようだ。
「店主殿。つかぬ事を伺うが」
「おや、お客さん探しもんでも・・・」
店主は店内を見向きもせずズカズカとカウンターに近づいた女性に、まだ温かい様子を見せた。
「強いて言うなら探し物もあるが、それよりこれだ」
スーツ姿の女性は店主の顔スレスレに一枚の種類を突き出した。
「ち、近」
「読め」
段々と不機嫌な様子を見せる女性に、店主も探るような目線を向けた。
不意に店内を駆け回る子供も視界に入るが、こちらの方が厄介と判断。
「何です?えー、唯彩警察から、きょ、強制執行の逮捕状!?」
店主は思わず椅子から立ち上がる。
女性を見下ろすと、不意に胸元で輝く金のバッジが目に入る。
ずっと警戒の対象には入っていた。
しかし、存在自体が本当のものか疑われるその組織。
どこからともなく表れ、証拠だけを突きつけて不純物を取り払うという。
圧倒的な「唯彩」を持つ警官で構成された恐怖の対象。
「お、お前・・・!その見た目で唯彩警察の警官とでも!」
「そこまで言わんでもいいだろ」
「い、いやし、しかしお嬢さん。こちらとしても立場はある。営業時間内に突然押しかけて」
唐突にはボロを出すかと思われたがいかにもな反応を見せる店主に、女性は鼻で笑った。
しかし自信に満ちた様子と裏腹に、中々証拠を突き出そうとしない。
紙を突きつけたきり、ぼーっと店内を見渡している。
「店主。ここは何を売っているんだ?」
「え?こ、骨董品ですが・・・」
(仕入れ先を暴いて問い詰めるつもりか)
店主は固唾を呑む。
硬い表情の割にラフな雰囲気を纏っているのは、こちらの気を緩めてボロを出させる気か。
「悪くない趣味だな。嫌いではない」
「そ、それはどうも」
(今度は同情を煽って付け入る気か・・・)
未だ店の天井に吊り下げている動物の模型に感嘆の声を漏らす唯彩警察を前に、店主は一瞬視線に一枚の“紙”を入れた。
店主は慌てていなかった。
どれだけ探っても、もうここに証拠は残っていない。
このお嬢がどんな人でも、もうあの紙がなき物だ。手遅れ。
こちらの勝ちは確実だ。
(こいつの様子から見て確たる証拠はまだ潜めている気・・・。何の根拠で乗り込んできたか知らないが、時間をかけるならこちらは営業妨害で訴えることが出来る・・・)
あっさりと勝機を象り、店主は内心ほくそ笑んだ。
「あれ、いくらで売っているんだ?」
不意に唯彩警察は店頭に飾っている仏像を指さした。
手を掛けて仕入れた仏像で、歴史はあるが希少価値に欠けているとかで、闇市で安く売られていたものだ。
「あ、あちらなら15万ロムで販売しておりますが」
要はぼったくりである。
「安いな。貰え――グへッ!あぁぁー・・・」
おかしな趣味の唯彩警察の台詞は途中で本人の愚声に区切られた。
「この馬鹿っ。おいじいさん。これ、探しもんじゃないか?」
店主のここまでの余裕は、突然現れた長身の青年に絶たれることとなった。
「だ、誰だっ!今、ここにはこの娘とガキしかいなかったはずだ!音もなく入ったとでも!?」
店主は突然目の前に現れた青年を突っぱねる。
「さぁな。どうだと思う?」
しかし答えを口にせず、青年は探し物と言いながら掲げた紙を、後ろに転げた娘に渡す。
はっと嫌な予感がよぎり、店主は店の中を見渡した。
「子供がいない・・・!」
店の出入り口はカウンターより後ろの裏口を除けば正面入り口の1つだけ。
しかも正面には客の出入りが確実に分かるよう大音量のベルを付けている。
出入りを見逃すはずはない。
つまり、あの子供はまだ店を出ていない。
「貴様!まさかお前も唯彩警察っ!」
「唯彩『
店主の気づきに答えたのは、青年により一度地面に倒れていた娘だった。
「本来は唯彩警察に向かない唯彩でね。弟子入りを何人にも断られていたんだ。しかし活かし方は私にあったということだ。どうだ?厄介だろう?」
娘は得意げに胸を張る。
しかし、店主に焦る理由は何らない。
「しかし、お仲間が増えたところで変わるまい。証拠をご提示下さらないのであれば、こちらは商業協会に営業妨害で訴えさせて頂きますぞ」
「えーあの仏像、是非買わせて
「寿々さん・・・?本題本題」
「おおこれは失敬」
コントを見せられているのか。
店主は彼らのたどたどしさに最早笑いが零れる。
結局は、闇の番人と名高い唯彩警察もこんな程度ということか。
「では、お引き取り
「店主。こちらに見覚えは?」
二人の言葉が重なった。
しかし、先に止まったのは店主だ。
先ほどより十分な距離を保って、娘が一枚の小さな紙をこちらに掲げた。
「・・・何です?」
遠目ながら、先頭に書かれた文字を読み、店主の背筋が凍る。
「〇☓年収入報告、及びシーンツァ銀行に去年預け入れられた2つの口座の金額を比べたものだ。
この口座の主は別で登録されているが、どちらもあなたの詐称で間違いないな?」
代わりに読み上げたのは娘。
内容にぐしゃっと顔を歪めると、娘は
「是非このまま中央都市を練り歩いてくるといい。そしてお仲間一人一人に忠告してくるんだな。お前達の寿命は今日限りだ、と」
先ほどまでの呑気な印象とは正反対に、まるでこちらをたぶらかすかのように妖艶な笑みで目を光らせた。
「な、なぜこれを!そもそも!その紙には既に情報が書いていなかったはずだ!何故だ!!」
店主はもう抵抗は諦めたようで投げやりに叫んだ。
「そーれは内緒だよ。柳緑と違って私のは唯彩の中でもランクが違うんだよ。キョンシーくん」
「だ、誰が死人だ!!」
娘は店主の額に貼り付けた紙をふぅっと吹いた息で揺らすと、コロコロと笑った。
「柳緑が出来るのは容姿を詐称して隠蔽されたはずの書類を探すだけ。私が言いたいこと、分かる?」
「き、貴様!!!」
「ま、まぁまぁ」と青年に引き剥がされ、娘は茶化すのをやめた。
「ところで店主。あの仏像やっぱりもら
「やらん!!!」
「残念だな」
「寿々さんやっぱり趣味変っすよねー」
なんて既に気の抜けきった会話を唯彩警察はしている。
先ほどまでの、最早妖怪のような妖しい笑み。
唯彩には詳しくない。
そもそも一般市民に唯彩持ちはいないし、雲の上の存在だ。
「妖怪だな・・・」
「そうだよ~。誰しもが強いわけじゃないけどね」
娘はまた笑うが、隣の青年は既にどこかへ電話を繋いでいた。
(サツか)
彼女らは唯彩警察と名乗ったが、彼らは普通の警察とはまた違う。
まさか、死ぬまでに唯彩警察を拝むこととなるとは思わなかった。
ふっと店主の肩から力が抜ける。
「なぁ娘」
「仏像売る気になったか」
「別にそれは構わないが」
もうここの売り物も全て警察に捕られるんだ。たとえ変人であれ欲している者がいるならそこに渡る方がいいだろう。
「聞いたか少年。やはり私は交渉術に長けているのだ」
「また別の交渉術な気がしますけどね」
胸を張る娘に、青年は眉尻を下げる。
「なぁ娘」
「店主!仏像のついでにあそこの欠けた白像も
「話させてくれないか?」
店主は声色を和らげた。
諦めて椅子に座り直す店主に、娘も黙って体を向けた。
「お前は、『忘れられた神殿』を知っているか」
「じいさん、よくそれを知っているな」
驚いた口調だがさしてその様子も見せず娘は話に乗っかる。
「今だから言うが、お前が今欲した白い欠けた像はあそこから盗ってきたものだ」
「!」
娘は今度こそ驚きを顔に出した。
その反応に店主は少し笑う。
「何だ。私の予想していたのとは違うのか」
「私は関係ない」
何を指したか娘は分かっているようで、じっと自らの手を見つめる。
「しかし、この老体があんな遠方から岩の塊を持ってくることが出来ると思うか?」
「骨折を覚悟するか、何かしら雇うかだが・・・」
娘も話の芯を察したようで、そこで黙り込む。
「骨折を覚悟はしなかったし、何か雇うにしても共犯がそこまでの覚悟を持てる確信はないだろう?」
「そうだな。世の中そんな勇気を抱いた若者はいない」
それだけ、『忘れられた神殿』の禁止区域という認識が強いということだ。
「寿々さん!中央警察到着しましたよ!」
いつの間にか店の外に出ていた青年が、ガラガラと扉を開けながら声を掛ける。
しかし、娘はそれに手をヒラヒラとするだけで、動こうとも声をかけようともしない。
「まぁ、仕入れ先は後で警察に一つ一つ吐いてくれればそれでいいんだが・・・」
「私はこのことについてだけは、話さないつもりだ」
「あぁ、それが懸命だろうな」
本来またも犯罪にあたる行為を、娘は軽く容認した。
「じいさんはあそこをどこまで知っているんだ」
「話してもいいが、生憎そこまでの時間はなさそうだ」
じいさんが店の外に視線をやりながら否定すると、「そうだな・・・」と娘も頷く。
「聞きたいことがあれば、簡潔に答える」
顎に手を当て、そして1つの問いを決めた。
「女神の手記は、本当にあるのか」
店主は大きく瞳を開いた。
「その言葉が出るとはな」
「私だってこれでも知識を必要とする
「やはりな」
「その頭脳をもっと他に活かす場があっただろうに」
娘は初めて店主に哀れみの目を向けた。
「老体に無理を言うな」
じいさんは軽く手でその哀れみを遮ると、カウンターに肘をつき声を殺した。
「前提として、私はあの場に足を踏み入れたことは一度しかない」
「それ以降は何かしら怪人がいたという解釈でいいな」
娘の確認にじいさんは頷く。
そこまで待ち、しびれを切らしたか警察が店の扉から怒号と共に中に踏み入ってきた。
「観念しろ!一般人を人質に取るつもりか!?」
「じいさん!」
「待て」
店主はそれを合図とするように、カウンターの下から1つの書物を取り出し、そして寿々のスーツに押しつけた。
「持っていけ」
店主は声を鋭くし、寿々に書物を持たせた。
「お前の探し物だ。怪人の正体は行けば分かる。他にも似た手記は見つかるし、押収されるであろう品の中にも、あの場にまつわるものはある」
「ジジイ!」
どうして呼び方が雑になったのかは置いておいて、店主は自らカウンターを出た。
すぐに警官がそれを取り囲み手錠を掛ける。
「私は最後に良い縁に恵まれたようだ。娘。お前に託そう」
じいさんは最後に何かを確信したように頷いた。
寿々はスーツの内ポケットに仕舞った手記を改めて見る。
ボロ切れのような布で作られた表紙と明らかに腐敗した紙で作られた薄い書物。
表紙には確かに古語で『ホーミノウの手記』と記載されていた。
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