第2話 迷信
図書館の大時計
誰かの唯彩の力で宙に浮く大時計。夜勤を初めて経験した司書らは、まず一旦これの威圧感と針の音のデカさに驚く。が、二回目以降は仮眠の邪魔だとぶん殴りたくなる。実際にぶん殴って手を骨折した勇気ある輩もいる。
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「少年、おねぇさんを信じるんだぞ?」
「・・・・ニコチン依存にいいやつはいない」
「そんな迷信信じるなよ。将来楽しみなくなるぞ」
片足軸でよろけながらパンプスを履くと、部屋の中に手を振る。
「じゃあな」
「・・・・ん」
声変わり前特有の高さと濁りのある声が、ぼそりと部屋に残る。
そこは知恵の伽藍地下六階、唯彩警官らの寮だった。
************
「寿々さん。あ、ああああああの・・・」
「ぁ?」
朝一番の、各地で欠伸が伸びる空間に大量の
寿々は分かりきった声の主に、朝の新聞片手、キセルを口に振り返る。
「ああああああの、夜勤、あの本当に・・・・」
「ほい鍵」
「ああああざっっす!!!」
明らかな昨日との機嫌の差に胸を撫で下ろす弟子にほんのり笑うと、寿々はすぐ机に向き直る。
「大時計、うるさくなかったっすか?」
「それみんな言うな。そうでもなかったぞ?」
「えーまじっすか!?俺寝られなすぎて灯りで炙ってやろうと思いましたもん!」
「実に無謀だし寝ようとするな」
「うげっっ・・・き、聞かなかったことに・・・」
「心配するな。六割寝た」
ぐーっと親指を突き出す姿に、本当の
「いやぁ俺もおかげで昨日楽しか――
「寿々。今日の分。あと灰臭い」
「うぃー」
たぶん最後まで口にしていたら殺されていたであろう言葉は、通り過ぎる課長の声にかき消される。
その手で寿々の机にドサリと置かれたのは、資料の山。
「相変わらず大量っすね・・・」
「無能に仕事を任せるだけ無駄だからな!感謝しろ!」
「あざーっす!!」
弟子がこの癖の強い人の弟子でいられる理由はひとえに調子を取るのが上手いから、ということを本人たち以外はとっくに認識していたのであった。
「ね、先輩も今度飲みに行きましょうよ!奢ります!!」
ノリで弟子はそう口にする。
先に否定するが、彼女はこの手の飲み会にバンバン参加しまくるタイプなのです。
「あぁそれな。悪いがしばらく飲みはパス」
「え、も、もしかして夜勤のこと根に・・・」
「違う。早く帰りたい用事ができただけだ」
「え、え?もしかして天才変人寿々さんにカレシ・・・」
「刺すぞボケ」
「舐めた真似すんませんした」
**********
寿々は1つ目の資料に目を通す。
さて、なぜこんなどうでも良い案件に多忙の寿々があてられているのか。
それは、課長しか分からぬこと。
(黙ってこなすだけだな)
資料を鞄に突っ込むと、上着を手に寿々は席を立つ。
「弟子。行くぞ」
「ブッ・・・ゲホゲホッ・・・わ、わっかりましたぁ!!」
どうやら朝のコーヒータイムを満喫中だったらしいと哀れみの目を向けるも、当の本人も慌てて支度をしているので、先に職場である第一課オフィスを出る。
「お前、今鞄に入っていた資料、期限過ぎてなかったか」
「見間違いっす!もう老眼っすか?」
「23だと昨日言ったばかりだが??」
「だとしても見間違いっす!!期限すぎるようなことをあの天才寿々さんの弟子がするわけないっす!!」
「・・・お前、本体がありながら私に見間違いを主張するのはどうかと――
「そうっすよね!!帰ったら仕上げます!!」
「よろしい」
地下螺旋、通称は廃棄螺旋となりつつある、名の通り螺旋状の階段を二人で上る。
第一課のオフィスは地下二階、一階の慌ただしい総務課を横目に地下螺旋と地上を繋ぐ扉まで来ると、寿々は立ち止まる。
「あ、白できちゃった」
「・・・・・・・いけないんっすか?」
「いやはや、お子様には刺激が強い故」
何の話題かは何となく察して相づちを打ったものの、寿々がもそもそと何かを始めようとするので、弟子は全力で目を逸らす。
「こ、こここここここここで着替えないで下さい!!!」
「下だけだよ見えない」
「そういう問題じゃないって言わなきゃ分かりません!?」
「やだぁ弟子よまだお子様だなぁ」
「殴っていいすか!!?」
階段の下にまで、なぜか弟子が移動し師匠の謎の着替えを待つ。
「一応ね、
「ゆうて黒でも変わんないっすよ」
「あらま」
「いいよ」と声を掛けられ、狭い階段下を抜けるとさっきまでの白いタイツを脱ぎ黒いストッキングに着替えた寿々がパンプスを履いている。
「俺の身にもなって下さいよねぇ」
「最近は白が気に入ってんの。ちょっとえっちでしょ」
「そういう時だけ口調変わるのほんとズルいっすよ寿々さん・・・」
悶えるような訴えるようなうめき声を一人漏らす弟子を放って、寿々は扉に暗証番号を打ち込む。
決して、決してここの存在は知られてはいけないから。
「よぉし少年!気合いを入れるべし!顔二日酔いで引きつってんぞ!」
「少年って、ただの5つ下っすよ?」
「それでも年下な限り少年だ!私は声出さないとそろそろ眠気で死にそうだ!なんか面白いこと言え!」
「無理でーす」
(これだから、この人はやめられないんだよな)
人に二日酔いと言いながら目を擦る師匠に、弟子もとい
地上、すなわち図書館と、この廃棄螺旋を繋ぐ扉。
ここが、ある意味2つの世界の狭間。
解錠音の鳴った扉を、二人はくぐった。
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