第1話 天然氷
自らに与えられた天性の才を国家のために使用する機関のことであり、ここに属する警官らはみな、独自に特殊な
組織の拠点はどうやら知恵の伽藍地下にあるようだ。
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図書館の中央に連なる螺旋階段を、ヒールの低いローファーが音を立てた。
その足音は三階の螺旋付近でうずくまる少年の側で止まった。
「ぼく、どうかしたのかな」
少年の耳の直ぐ側でタイトスカートがタイツと擦れる。
少年は膝に蹲る顔をゆっくり持ち上げる。
細い首を傾げる女性からは、薄く灰の香りがした。
「あ、本持ってるね」
少年が何も言わずに女性を見つめていると、彼女は一人で話を進めていた。
女性は少年が膝に抱える本の表紙に触れる。
少年は、その瞬間に輝いた、女性の白い瞳を生涯忘れないだろう。
女性はぼうっと目を光らせた後、細い指で上を指した。
「お母さんは四階で君を探してるよ」
少年ははっと女性を見た。
「どうして分かったの」
思わず声が漏れる。
しかし、女性は、「何故だと思う?」と言うように微笑んだ。
「
少年が小さく叫ぶと、女性は少年の頭を軽く撫で、すっと立ち上がった。
少年の鼻先にこすれた灰髪からは、やはり薄く灰の香りがした。
――――――――――
「
女性は耳に付けた大ぶりのピアスを揺らしながら声に振り返った。
「何が?」
透き通るような美しい声だが、天然水というよりは天然氷。
「実績?年齢?」と直後に付け加えると、質問をした本人は咄嗟に逃げ腰で「ね、年齢っす」と返す。
「そこで一番初めに実績って出るの、やっぱらしいですね・・・」
「歳は、23だけど」
女性は不可思議と言わんばかり眉をひそめた。
「ちなみに私は今日機嫌が悪――
「あ、じゃあ、今日、夜勤代わってもらえませ――
「「・・・・・・・・・・」」
「す、寿々さん、夜勤されたことないから未成年なのかとてっきり。あの、お、俺今晩先輩にバーに誘われてて・・・」
「・・・・・・・チッ」
女性は全力の舌打ちの後、夜勤サボりクソ野郎から、彼の手の中で揺れる鍵を奪い去った。
――――――――
唯彩を持つ者にしか見えるとか見えないという螺旋が、巨大図書館には存在する。
一般の利用者の噂じゃ、この図書館には、本来と別の用途が存在するとかもいう。
閉館後に図書館内をうろつく不審者がいるだとか、国のお偉方がここで夜な夜な集まりをしているとか。
――――――――
日中のスーツからラフなワンピースに着替え、
足下を覆い隠すほど長いワンピースは螺旋を上がっていく寿々の後ろを擦って着いていくように見えた。
閉館、清掃、消灯、全てが済んだ大図書館には灯りはほぼない。
唯一、螺旋を囲うように手すりに灯りが連なる。
図書館司書の夜勤とは即ち、閉館後の何も無い空間にて存在する仕事なのだ。
“知恵の伽藍”と称される、「シーンツァ」の巨大図書館。
地上八階を従える巨大図書館では、無論働く司書の数も段違いだ。
一日かけても館中全てを練り歩くことは出来ないし、本の配置を把握することは至難の業。
知恵の伽藍で働く司書は、国のエリート職の1つと言われていた。
中央の吹き抜け部分に
寿々は咥えていたキセルを手にとり煙を吐きだす。
もう片方の手には淡い炎が浮いている。
が、すぐにキセルを咥え直すと、その手に浮いた炎には水を落とした。
耐熱性の低い寿々の薄い肌は長時間の炎に向いていない。
「やけどした・・・」
水を被った手を払いながらも、足は進める。
これで夜勤の仕事内容が、図書館で秘密裏に飼われている魔生物の飼育なんかなら面白かったものが、夜勤の仕事は本当にただ図書館を歩くだけだ。
寿々はその場に静止した。
しておくべきな気がした。
しておかないと身の危険があるような気もするし、別にそれほどでもないような気もする。
止まっていると、そこに灰の香りが残留し始める。
“それ”は図書館という場で嗅ぎ慣れないであろう香りに鼻をぴくりと動かした。
「私は何故か子供との縁があるらしい」
女性はキセルを口に咥えて手から離すと、“それ”の目の前で服装を正し始めた。
「こんばんは。不愉快な夜だよね。お互い」
決して恐怖心を煽らぬように隠すべき所を隠し羽織っていたローブを“それ”の肩に掛ける。
そこまでやってようやく、出来る最大限の自信を纏った笑顔で微笑みかけた。
「ところで少年、君は透明人間か何かかな?」
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